歩くこと

そのとき僕はずいぶん長く街を歩き回っていた。季節は冬で、これからさらに寒くなろうとしていた。僕はコートのポケットに両手を突っ込み、マフラーに顎あごをうずめて、黙々と歩き続けていた。どこか目的地があったわけではない。ただそ...

啓示 3

『啓示 2』の続き   『啓示の物語』(肉付け版)   (便宜的に、これから死ぬ方の青年を「X」、それを見届ける方の男を「A」と呼ぶことにする。ちなみにどうして彼が「X」なのかというと、「その方が『B...

啓示 2

『啓示 1』の続き   彼はそこで突然話をやめ、何か飲みものはいらないか、と訊いてきた。僕はそんなことよりも早く話の続きが聞きたかったのだが、それでも確かに喉が渇いていた。なんでもいい、と僕は言った。 &nbs...

啓示 1

「俺は今日の午後9時28分に死ぬ」と彼は言った。   彼はわざわざ僕の職場に電話をかけてきてそう言ったのだ。俺は今日の午後9時28分に死ぬ、と。僕が仕事中携帯の電源を切っているのを知っていて、わざわざ会社にまで...

護符 2

『護符 1』の続き   彼らは具体的な計画を立てることにした。まずなんとかして青年を「解体する」必要がある。しかしそれはすぐに、この場でできることじゃない。だってそんなことをしたら彼は実際に死んでしまう可能性が...

護符 1

日曜日、彼の正餐せいさんは午後3時に始まる。もちろんいつもそんな時間に食事を取るわけではない。普段の正餐せいさんは午後7時とか、7時半とか、まあそれくらいだ。なぜ日曜日に限って午後3時なのかというと、それは夜に大事な用が...

白昼夢

昼間に眠るといつも嫌な夢を見る。僕は昼食のあと、ソファでうとうとしていた。その日感じた眠気は圧倒的なものだった。僕は読んでいた本を床に落とし、目をつぶって夢の世界に入った。まるで何かが――何なのかは分からない――僕の身体...

死について 2

『死について 1』の続き   会社で仕事をしている間にも、僕は彼のことを考え続けていた。果たして本当に彼の言った通りなのだろうか? 彼の右腕は、実際にほかの誰かのものと取り換えられていたのだろうか? もちろん常...

死について 1

「さっきまで死のことを考えていた」と彼は言った。僕は何も言わず、ただその続きを待っていた。電話越しに聞こえる彼の側がわの沈黙は、なぜかひどく重たく感じられた。   「実を言うと今日一日ずっとそのことを考えていた...

ワニ

朝起きると私はワニになっていた。といっても姿形すがたかたちがワニになったわけではない。あくまで意識がワニになったということだ。もちろん今このように回想できていることからして、100パーセント完全なワニになったというわけで...