夢を見た。こんな夢だった。私はたった一人で森の中を歩いている。深い深い森だ。木々がぎっしりと、僅(わず)かな隙間だけを残して生えていて、私はその「僅かな隙間」を縫うように進んでいく。キノコが生えている。攻撃的な棘(とげ)...

魂を売ること

そのコンビニでは魂を売っていた。小さな瓶に入っていて、青く光り輝いていた。隅の方の棚に置かれていたのだけれど、値段シールが何枚も重ねて貼られていた。おそらくはそれだけの回数、値下げしたのだと思う。今は税込で50円だった。...

空白の男

私は名前と顔と、記憶をも失ってしまった。いや、正確に言えばそれらのものは——少なくとも「顔」と「記憶」の一部は——きちんと存在してはいるのだが、私の本来のものではないのだ。私には本能的にそれが分かる。 ある朝起きたとき私...

忘却装置

「忘却装置」というものがあると便利だよな、と私は常々思ってきた。 「忘却装置」というのは要するに、都合の良い記憶を――つまり覚えていると都合の悪い記憶、という意味だが――ピンポイントで消せる装置のことである。たとえばあな...

モロヘイヤ夫人

「モ、モロヘイヤ夫人!」と僕は言った。彼女に会うのは実に30年ぶりのことだった。当時僕はまだ生後六ヶ月くらいの小さな赤ん坊だったのだが、彼女はペースト状にしたモロヘイヤを無理矢理(ミルクに混ぜて、だが)僕に飲ませようとし...

梅雨寒刑事

「やあ、私は梅雨(つゆ)寒(ざむ)刑事(デカ)だ。お察しの通り」とその男は言った。がっしりした体格の、五十前後の男だった。警視庁の制服を着ていたが・・・僕にはどうしても彼が本物の警察官には見えなかった。というのも・・・あ...

二・二六サンタ

「ああ寒い!」とサンタクロースは言った。「一体なんでよりによってこんな日に、こんな場所で座礁(ざしょう)してしまうんだろうな・・・。きっと地球温暖化のせいだろう。そのせいで時の氷河が溶け出して、わけの分からないところにニ...

台風さん

 この間台風が家にやって来た。23号だということだった。秋で、気持ちの良い風が吹いていた。たしかに西の空にどんよりとした雲がかかりかけてはいたが、まだ雨の気配はない。それは日曜日の午後3時のことだった。僕は部屋で一人でド...

早口言葉の国

「かえるピョピョピョピョ・・・三(み)ピョピョピョコ・・・。ねえ、お母さんこれって難しいね」 「そうだね。もっと頑張って言えるようになろうね」  という親子の会話を聞いた。勤務先の駐車場でのことだ。少年は四歳くらいで、お...