こんにちは。マスコットのビギナー君です。
さて、みなさん! ようやく10月がやって来ました! 僕が世界で一番好きな10月が、です!
え? どうして世界で一番好きなのかって……。グフフフフ、それには秘密があるのです。だから教えられない……と言いたいところですが、今日だけ特別に教えてあげましょう。
僕が子供の頃、故郷の村にはある掟(おきて) がありました。それは神社の奥にある洞窟には何があっても入ってはいけない、というものでした。でもそう言われると入りたくなるのが人間の性(さが) でしてね……。小学校4年生だった僕は誕生日の前日にそこに入ったのです(それは10月のことでした)。どうして誕生日の前日だったのか、というと……特に理由はありません。あるいは明日誕生日だ、という期待でいささかハイになっており、いつもより勇気が出たのかもしれません。実は同級生を何人か誘ったのですが、彼らはビビリで、祟(たた) りを恐れて付いてきてくれませんでした。だからその秋の夕暮れに、僕は一人で洞窟の中に入ることにしたのです。
家から懐中電灯と、食パンを持っていきました。懐中電灯を点け、中に入ると、ヒヤッとした風が吹いてきました。コウモリの羽ばたく音も聞こえます。かなり怖かったのですが中に入っていきました。意外に深く、だんだん入り口の光が見えなくなっていきます。と、そのとき! さらに奥の真っ暗な場所から声が聞こえてきたのです。
「おい、おい、坊主! ほら、こっちだ、こっちに来な」と。
ものすごく怖かったのですが、男ですからビビっているわけにはいきません。僕はそこに近づいていったのです。
実はその場所は少し曲がったところにあり、本当に何も見えませんでした。不思議なことに、その一画だけ懐中電灯の光も吸収してしまうのです。まるで闇の塊(かたまり) がうずくまっているような感じでした。ブルっと僕は身震いをしました。
「おお、よく来てくれた。俺は腹が減っている。その食パンをよこせ」とその誰かは言いました。
「嫌だよ」と生意気だった僕は言います。「これは僕のだから」
「まあまあ、そう言うなって。よく来てくれた。俺はすごく孤独なんだ。なあ、それをくれたらいいことを教えてやるぞ? ほら、ちょっとでもいいから……」
だんだんかわいそうになってきたので、僕はその人に食パンを投げ与えました。闇のところです。するとヒュッという風のような音がして、食パンは消えてしまいました。
「うん、美味い。いやあ、久しぶりだ。おお! 力がみなぎってきたぞ!」
「あなたは……誰なの?」と僕は言います。
「俺は……鬼だ」とそれは言いました。
「鬼?」と僕は驚いて言います。
「そうだ」とそれは言いました。「昔々、若かった頃にだいぶ悪いことをしてな、ここに封印されてしまったんだ。いやあ、食パンってすごく美味いな。昔はそんなものなかったから」
「へえ」と僕は言います。
「なあ、俺は弱っちまったけど、もし人の体を借りられたら、その中で暴れることができる。ほんの一時間くらいでいいんだが、体を貸してくれないか?」
「嫌だよ、そんなの」と僕は言いました。「きっと騙して乗っ取る気なんだ」
「まさか!」と鬼は言いました。「昔は悪かったが、今はそれほどでもないんだよ。そうだな……うん、もし貸してくれたら、度胸がなくてできなかったことを代わりにやってあげられる。どうだ? それは? 一時間で返すからさ」
「でも僕はビビリじゃないよ」と僕は言いました。「今日だってここに入ってきたし」
「そうだな。でも何か一つくらいあるだろ? 怖くてできないことが」
「それは……」と僕は迷って言いました。実は好きだった女の子にラブレターを渡したかったけれど、渡せずに悶々としていたのです。「実は……ユキちゃんに手紙を……」
「ホウホウ! それだ!」と鬼は言いました。「それをやってやる。手紙は書いてあるか?」
「あるよ」と僕は言いました。「机の引き出しの奥の方に隠してある。国語辞典の中にさ。本当にやってくれる?」
「もちろん」と鬼は言いました。
それで……僕はその取引に乗ってしまったのです! いやあ若気の至りというべきか。鬼に言われたように目をつぶると、僕は闇にヒュッと吸い込まれました。そしてそこで温かい海の中にいる夢を見ていました。魚たちが優雅に泳ぎ、クラゲがディスコミュージックに合わせて踊り……とあっという間に一時間が過ぎていました。またヒュッという音が聞こえると、僕は元の身体に戻っていました。
「いやあ、やってきたぜ」と鬼が闇の中で言っていました。僕は自分の身体の動きを確認していましたが、問題はなさそうでした。
「もう一時間経ったんだね?」
「そうさ」と鬼は言っていました。「ちゃんとユキちゃんの家に行って、『ユキちゃんいますか!』と叫んで、本人の手に渡してきたよ。まんざらでもなさそうだったぜ」
「本当にそんなことを?」
「ハッハ。男ってのは度胸がなきゃあ。ついでに二、三、やりたいこともやってきたが」
「ふうん。じゃあ、僕は帰るよ。もう日も暮れているだろうし」
「気をつけろよ。その辺、ゴツゴツしているから」
「ありがとう、鬼さん」
ということで僕は家に帰ってきたのでした。家に帰ると、家族が変な目で見てきました。聞くと、僕は一時間の間にいろんな「良いこと」をやっていたそうなのです! 腰の悪いおばあちゃんのために米を運んだり、迷子を助けてやったり、脱走した牛を連れ帰ってきたり、用水路の掃除をしたり、家のヤカンをピカピカに磨いたり……悪いことは一つもしていなかったみたいなのです。そしてそのおかげで翌日の誕生日ケーキはいつもの二倍の大きさになっていました。プレゼントも二倍もらえたのです! ユキちゃんとの関係は……まあご想像にお任せするとして、僕にとってはすごく良い経験になりました。
実は翌年その洞窟に行くと、もう鬼はいなくなっていました。「いなくなった」のか、本当は元からいなかったのか、あるいは神様に解放されたのか……。何があったのかは分かりませんが、僕はあの日を境に、ちょっとだけ人間として前に進んだのです。
ということで、皆様、秋には勇気を出しましょう(くれぐれも悪いことにはそれを使わないように)。それでは、お元気で!

さて、ついに10月がやって来ました! 食欲の秋! 読書の秋! スポーツの秋!
私の子供時代について話しますと、実はスポーツはそれほどでもなかったのです。セパタクローに一番興味があったのですが、私の中学校にはセパタクロー部がなく、あったのはクリケット部だけでした。クリケットも楽しいといえば楽しかったのですが……私としてはどうしてもセパタクローの方に興味を引かれてしまい、なかなか上達しないまま三年が過ぎてしまったのです。
では何に情熱を注いでいたのかというと、読書です。毎日毎日本を読んでいました。子供向けのものも、大人向けのものも、ノンフィクションも、小説も片っ端から読んでいました。国語の成績はさっぱりだったのですが、読むことはやはり好きだったのです。
実は田舎の村に同じように読書の虫がいました。坊主頭の小柄な少年で(まあ私も坊主でしたが)、瓶底メガネをかけていました(まあ私も瓶底メガネでしたが)。我々はライバルであり、同志でもありました。中学校二年のときに、トルストイの『戦争と平和』について熱く語ったものです。彼は読書感想文がすごく得意だったのですが、私は嫌いでした。というのも暗に教師が期待している文章を書かなければ評価されなかったからです。分かりやすい教訓を引き出したり、とか……。私は反抗的な生徒だったので、どうしてもそういった「体制」に迎合した文章を書くことができませんでした。私の感想文はどちらかといえばシュールレアリステックな形を取り、ときに日本語のルールを逸脱していました。たとえば新しい記号を開発したり、新しいひらがなを開発したりしました。あるいは感想を述べているときに、突然別人格が現れて、宇宙の秘密について滔々(とうとう) と演説を始める、というような……。当然点数はひどいものでした。あるときなど職員室に呼ばれ、心理テストを受けさせられました。どうも精神的な病気だと思われていたみたいです。しかし私のほかの教科の成績はよかったので、放免されました。私はあるとき彼のことを責めました。「君はあまりにも体制迎合的だ」と。
彼は笑いながら言いました。「こんなのはフリだよ。本心じゃない。僕はね、本心を自分だけのノートに書き連ねているんだ。感想文は賞をもらうための手段にすぎない」
「へえ」と私は驚いて言いました。私自身は読むことに興味はあったものの、当時は書くことにはさほど興味を持っていなかったのです。しかしその日から「本心ノート」をつけるようになりました。同級生や、教師や、親の悪口も含まれていましたが……。
その彼も後(のち) に自衛隊に入り、遠くの基地に配属されてしまいました。私はといえば高校を出て都会の大学に行き、人生の目的を求めてさまよっていました。28のときに、久しぶりに故郷に帰り、押し入れの奥からその「本心ノート」を見つけました。びっくりして読んでみると、そこにはすごく自由な文章が書き連ねられていました。それはその当時の私の最も欠けていた心持ちでした。そうか、これでいいんだ、と私は思います。周囲のことなんか考えずに、自分の自由のことだけを考えていればいいんだ、と。なんだか閉ざされていた部屋の窓を、突然開け放したような気持ちでした。新鮮な風が入り込んできます。
私は当時勤めていた会社を辞め、作家を目指すことになりました……。
〈中略〉そして老人になり、空き家になった実家を整理しに行ったところ、道を歩いている同じようなツルッパゲの老人に会いました。一目で彼だと分かりました。私たちは笑いながら抱擁を交わしました。これまでにあったことを話しました。彼は自衛隊を辞めたあと、世界各地を旅していたそうです。その後貿易会社に勤め、定年後は油絵を始めたそうです。スマホでその画像も見せてもらいましたが、いやあ、かなりシュールレアリステックでした。個展を開くのが夢なんだと言っていました。70を越えたじいさんが、ですよ。私は大いに刺激を受けました。彼は私が言ったという不思議な一言を覚えていました(私自身は忘れていたのですが)。
「僕はねえ、君、風になりたいんだよ。風に」と私は言ったらしいのです。当時は意味が分からなかったけれど、今なら分かる、と彼は言っていました。俺も今は風になりたい、と。
ということで皆様、思い出を大切に。それは近くにあるときには価値が分からなくても、時間が経つと不思議な光を放ったりするのです(放たないときもありますが、まあとにかく)。その光は心を温めてくれます。ということで、お元気で。また。

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