昼間に眠るといつも嫌な夢を見る。僕は昼食のあと、ソファでうとうとしていた。その日感じた眠気は圧倒的なものだった。僕は読んでいた本を床に落とし、目をつぶって夢の世界に入った。まるで何かが――何なのかは分からない――僕の身体を掴んで、そのままそちらの世界に引きずり込んだみたいだった。
僕は自分のソファの上で眠っていた。でもそれが夢であることは分かっていた。しかし夜に見る夢とは違っている。夜の夢では僕はそれが夢であることに気付いていない。でも今はそれが夢であることを知っている。
ふと目を開けると、膝に小さな人間が載っていた。それは僕の掌と同じくらいの背丈をした男で、きちんとした身なりをしていた。上下黒いスーツに黒い帽子。ステッキまで突いている。見た目では四十代半ばくらいに見える。彼は僕が目を覚ましたのを見ると(もちろん本当は覚めていない)こう言った。
「やあ、やっと起きましたか」
「どうも」と僕は言った。僕はそれが夢だと知っていたから、そんな小さな人間を見ても特に驚いたりはしなかった。
「私は今日、用があってあなたをここに呼んだんです」と彼は言った。
「本当に?」と僕は言った。そして身体を動かそうとした。でもピクリともしない。まるで金縛りにあったみたいに。
「あなたは今レム睡眠にいるのです。意識は起きているが、身体はまだ眠っている」
僕は頷いた。というか頷こうとした。今かろうじて動くのは、口と、目だけだ。
「まあ焦る必要はありません」と彼は言った。「そのうちちゃんと目覚めますから」
僕はじっと彼のことを見つめていた。彼は一体何のために僕をここに呼んだのだろう?
「それはですね」と彼は言った。「あなたにあるお願いがあったからです」
「お願い?」と僕は言った。「どんな?」
「私を殺してほしいのです」と彼は平然とした顔で言った。
僕は驚いて言った。「殺す? 一体なぜ?」
「あなたは最近、よく嫌な夢を見るでしょう」と男は言った。「昼間にうとうとと眠って、そして現実と夢との狭間に落ち込むのです。完全にどちらかの側にいればさほど問題はありません。でもその中間地点というのは、人間がもっとも無防備になるところなのです。そして私が住んでいるのが、まさにその中間地点です。そこには私と、黒い人間が住んでいます。彼らは普段は闇に身を潜めているのですが、近くにふらふらと迷い込んできた人間を見ると、途端に近寄ってちょっかいを出すのです。私はなんとかそれをやめさせようとしたのですが、それは難しいことでした」
「でもそれがどうしてあなたを殺すことにつながるんです?」と僕は訊いた。
「それはですね」と彼は言った。「私が彼らと取引をしたからです。私は紳士です。とにかくそういうことになっています。私が彼らにそんなことはやめるように、と言うと、彼らはこう主張しました。『俺たちはとにかく退屈なんだ。だからこそあの間抜けをカモにしているのさ。もしそれと匹敵するくらい面白いものが見られたら、それをやめてもいいぜ』と。そこで私は、最も紳士がやらないようなことを披露しなければなりませんでした。口に出すのもおぞましいことをです。でも私はあなたを守るために、必死でそれをやり遂げました。彼らはそれを見て、腹を抱えて笑っていました。『もうこれで百年くらいは満腹だよ』と彼らは言いました。私は、身に屈辱を覚えながらも、再び紳士としての生活に戻ったのです」
彼はそこで一度帽子を取り、ぽりぽりと頭を掻いた。しゃべり方はとても若々しいのだが、頭髪の方はそうでもないようだった。
「でも私にはもう誇りというものが残っていませんでした。あのときすべての品位を投げ出してしまったのです。私は死のうと思いました。でもこの世界では自殺することは許されていません。だからあなたを呼び出したのです。いいですか。私は後悔していません。ずいぶん長く生きてきましたが、それなりに楽しいものでした。ただ、最後に自分が守った人に看取られて、この世を去りたいだけなのです」
「それで僕はどうすればいいんです? 何かをしようにも、身体が全然動かない」
「ちょっと念じてくれさえすればいいんです。品位を持たない者に生きる価値はない、と」
「まあそれくらいなら」と僕は言い、頭の中で念じた。品位を持たない者に生きる価値はない、と。
「それでいい」と静かな声で彼は言った。
そのすぐあとに突然目が覚めた。そこは現実のソファの上で、現実の僕の部屋だった。眠り込む前とはほんのちょっとだけ違っているようにも見える。でもそれも単なる気のせいかもしれない。窓から差し込む日の光の中に、細かいホコリが浮いていた。よく目を凝らすとその一つ一つがダンスを踊っているようにも見える。誰のためでもない、孤独なダンスだ。僕はぼんやりとそれを眺めていた。そしてふと彼は一体何をしたんだろうな、と思った。最も紳士的でないこと。でもそのこともやがて、ほかの多くの夢と同じように忘れてしまった。記憶のその部分には、何の役にも立たない雑多な思考が取って代わった。僕の中に残っているのは、一つの言葉だけだった。
品位を持たない者に、生きる価値はない。
誰かがどこかで、大声で笑っていた。
また読ませていただきました。
かなり路線としてはいいところにすすんでいると思います。
つまりプロの作品に近いものを描こうとしています。
あえてですが「黒い人間」の部分をなくしてもいいのかなと思いました。
頑張ってください!
はやかわ様。コメントありがとうございます。
「黒い人間」はどうしても出てきてしまったものです。彼は――彼らは――僕の中に住んでいるのです。
といって、どうも言い訳ばかりで申し訳ないです。とにかく読んでくださってどうもありがとうございます。実はこの小さい紳士のことは結構気に入っているのですが・・・。
これからも頑張ります。