愛、上を(あいうえお)

「あいつどこに行ったんだ?」と〈あ〉が訊いた。


「一体いつまで行っているつもりかな?」と〈い〉が言った。


「うん。たしかにそうだ。無責任だよ」と〈う〉が言った。


「ええと……。でもそんなに悪い人じゃないよね?」と〈え〉が言った。


「俺んとこには一度も来たことないぜ」と〈お〉が言った。


「母ちゃんに訊いてみれば?」と〈か〉が言った。


「きっと知っているよ」と〈き〉が言った。


「苦しいときこそ身内の助けをってね」と〈く〉が言った。


「結構頼りになるしな」と〈け〉が言った。


「子供のときからお世話になったよな」と〈こ〉が言った。


「最愛の子供ってね」と〈さ〉が言った。


「しかしだね、ちょっと窮屈になることがある」と〈し〉が言った。


「酸っぱい顔したりしてさ」と〈す〉が言った。


「戦争の話も」と〈せ〉が言った。


「そういうこともあったけどさ」と〈そ〉が言った。「やっぱり母親じゃないか?」


「たまには顔を見せたら?」と〈た〉が言った。


「血が繋がっているんだものね」と〈ち〉が言った。


「ついでに父ちゃんにも挨拶してくれば」と〈つ〉が言った。


てめえこの野郎、のこのこ帰って来やがって、って言われるかもね」と〈て〉が言った。


「当然の報いさ」と〈と〉が言った。


「何がそんなに憎いんだろうね?」と〈な〉が言った。


「人間のさがさ」と〈に〉が言った。


「ぬるま湯に浸かっているのがいけないのさ」と〈ぬ〉が言った。


「ネットで調べてみたら? 親子関係改善の方法ってさ」と〈ね〉が言った。


「ノンノン。そんなのじゃ駄目さ。ちゃんと自分の頭を使わないとね」と〈の〉が言った。


「歯が痛いなあ、最近」と〈は〉が言った。


「ヒリヒリするよね。なんか」と〈ひ〉が言った。


「ふうふう吹いてみれば?」と〈ふ〉が言った。


をこいたら治るさ。ハッハ」と〈へ〉が言った。


「ほほう。それはなかなか斬新な治し方だね」と〈ほ〉が言った。


「まあまあ。本題に戻ろうじゃないか? あいつはどこに行ったんだ?」と〈ま〉が言った。


「見失ってしまったみたいだ」と〈み〉が言った。


「村の方じゃないかな?」と〈む〉が言った。


「目ん玉よく凝らせば見えるって」と〈め〉が言った。


「もう! 本当にらちかない」と〈も〉が言った。


「野郎。トンズラしやがって」と〈や〉が言った。


「夕闇に紛れたね。きっと」と〈ゆ〉が言った。


「よおぉく考えてごらん? 君たちは誰を探しているんだい? そもそもそれは…人なのか?」と〈よ〉が言った。


雷光らいこうのごとく」と〈ら〉が言った。


りんとしたたたずまいで」と〈り〉が言った。


「ルビーのように」と〈る〉が言った。


「令和の時代に」と〈れ〉が言った。


朗々ろうろうと、声高らかに」と〈ろ〉が言った。


「我らは歌う。神の歌」と〈わ〉が言った。


「を」と〈を〉が言った。


「ん? なんか変なものが落ちているぞ」と〈ん〉が言った。


じゃないよな?」と〈が〉が言った。


義歯ぎしでもない」と〈ぎ〉が言った。


「グロテスクでもないな」と〈ぐ〉が言った。


「げ! これって奴のじゃないか?」と〈げ〉が言った。


「ゴーストたちに訊いてみよう」と〈ご〉が言った。


「ザ・キング・オブ・ゴーストよ。こちらに来なさい」と〈ざ〉が言った。


じいさんみたいだな」と〈じ〉がつぶやいた。


「ずっとここにいるからね」と〈ず〉がそっと言う。


「全然怖くないな」と〈ぜ〉が傲慢にも言う。


「ゾッとするって感じはないね。たしかに」と〈ぞ〉が普通に言う。


「だってあんなにヨボヨボだもんな」と〈だ〉が言う。


だってあるかも」と〈ぢ〉が言った。


「ヅラかもね」と〈づ〉が言った。


「でんと構えてらあ」と〈で〉が言った。


「どっちかというと、好々こうこうという感じだけどね」と〈ど〉が言った。


ばあさんではないね。たしかに」と〈ば〉が言った。


「びっくりして腰を抜かしたりして」と〈び〉が言った。


「ぶっ飛びそうだぜ、俺は」と〈ぶ〉が言った。


「ベロ突き出して、何をしてんだ? 君は?」と〈べ〉が言った。


「暴走し始めるなよ? え?」と〈ぼ〉が釘を刺した。


「パッと見、幽霊には見えないけどなあ」と〈ぱ〉が言った。


「ぴっちりした服を着ているからじゃないかなあ」と〈び〉が言った。


「プッ。あ、いや、いけね。おならしちゃった」と〈ぷ〉が言った。


「ぺんぺん草をんでさ、彼に捧げようよ」と〈ぺ〉が言った。


「ポイントはどこにある? その話の?」と〈ぽ〉が言った。


「ああ、いや、みんな。悪かった。帰ってきたみたいだ。ほら」と〈あ〉が言った。


「いや、よく見ろよ。違う人だ。あれは別人だぜ」と〈い〉が言った。


「うん。たしかにそうだ。俺たちはまだ待たなくちゃならない。奴が帰ってくるのを」と〈う〉が言った。


「え? じゃああの爺さんはどうすんの?」と〈え〉が言った。


「おい、聞こえたらまずいだろ。キング・オブ・ゴーストだぞ」と〈お〉が言った。


「かなりまずいことになりそうですね」と〈か〉が言った。


「きっと殺されるよ」と〈き〉が言った。


「苦しんで苦しんで……終わりだ!」と〈く〉が言った。


「結構じゃないか! 俺は死にたいんだ」と〈け〉が言った。


「この後に及んで……」と〈こ〉が言った。


「さあさあ。みなさん。彼が話し始めましたよ。聞きましょう」と〈さ〉が言った。


「死の世界について、俺は知りたいな」と〈し〉が言った。


「するとなんだ、君はもうこの世に用はないってんだな?」と〈す〉が訊いた。


「せっかく生まれてきたのにね……」と〈せ〉が言った。


「そういうわけじゃないんだよな。きっと」と〈そ〉が言った。


「たらればの話だけどさ。俺たちが生まれていなかったらどうなっているんだろうね? 世の中は?」と〈た〉が言った。


「血で血を洗う戦争さ」と〈ち〉が言った。


「つうかそれ、現実に起こってんじゃん」と〈つ〉が言った。


「てめえ、やるのか?」と〈て〉が言った。


「ところでさ、あの爺さん、ガタガタ震えているぜ?」と〈と〉が言った。


「何を食ったんだろうね?」と〈な〉が言った。


「人間だよ。きっと」と〈に〉が言った。


った跡があるぜ。ほら、口の脇に!」と〈ぬ〉が言った。


「猫を食べたわけじゃなさそうだな」と〈ね〉が言った。


「ノストラダムスの予言にこういうのがありましたね」と〈の〉が言った。


「歯磨きをしないと口が裂けますよってね」と〈は〉が冗談めかして言った。


「ヒントは何かないかな?」と〈ひ〉が言った。


「二つあるよ」と〈ふ〉が言った。「一つは彼の顔。もう一つは…彼の頭」


「へえ。俺は分かったぜ」と〈へ〉が言った。


「本当に!」と〈ほ〉が言った。


「マイゴッド!」と〈ま〉が言った。


「見てよ、あれ」と〈み〉が言った。


「無理だ。見れない……」と〈む〉が言った。


「目が潰れる……」と〈め〉が言った。


諸刃もろはつるぎというやつか」と〈も〉が言った。


「焼かれるみたいだ」と〈や〉が息も絶え絶えになって言った。


「友人たちによろしく」と〈ゆ〉が言った。


「よっぽどのことがない限り、こんなことは……」と〈よ〉が言った。


「ライオンのごとく」と〈ら〉が言った。


凛々りりしく」と〈り〉が言った。


「ルンルンと」と〈る〉が言った。


「レッサーパンダを撫でる」と〈れ〉が言った。


「ロッシーニのように」と〈ろ〉が言った。


「私たちはうたう。真実」と〈わ〉が言った。


「を」と〈を〉が言った。


「ん? やっぱり変だぜ。この爺さん、偽物だ! 俺たち騙されていたんだよ」と〈ん〉が言った。「奴は俺たちを見ている。俺たちをさ、都合よく使っているんだよ。ほら、そこで!」


「画面越しにね」と〈が〉が言った。


「ギシギシ歯を鳴らしながらね」と〈ぎ〉が言った。


「グロテスクかもしれないな。それは」と〈ぐ〉が言った。


「現行犯逮捕ってわけか」と〈げ〉が言った。


「傲慢にもほどがあるね」と〈ご〉が言った。


「ザ・キング・オブ・ゴースト! あなたは本当に?」と〈ざ〉が諦めきれずに言った。


「ジロジロ見たって駄目さ。ただの人形だったんだよ」と〈じ〉が言った。


「ズルしてたってわけか」と〈ず〉が言った。


「絶対そうだね」と〈ぜ〉が言った。


「ゾッとするな。そう思うと」と〈ぞ〉が言った。


「大丈夫だよ。でも」と〈だ〉が言った。


を持っているかな? 奴は?」と〈ぢ〉は言った。


「ヅラかもね、もしかしたら」と〈づ〉は言った。


「で、どうしたらいいのかね? 私たちは?」と〈で〉は言った。


「どうでもいいよ。どうせ全部無駄さ」と〈ど〉が言った。


「馬鹿なこと言うなよ。元気出せって」と〈ば〉が言った。


「ビー・ストロング! ボーイ!」と〈び〉が言った。


「ぶっ放せ!」と〈ぶ〉が言った。


「別に、人生全部終わりってわけでもないしね」と〈べ〉が言った。


「呆然と立ち尽くすってほどでもないな。たしかに」と〈ぼ〉が言った。


「パパさんに相談しよう」と〈ぱ〉が言った。


「ぴいぴい泣いている場合じゃないね」と〈ぴ〉が言った。


「プッ。あ、失礼、おならしちゃった」と〈ぷ〉が言った。


「ページをれば新しい世界が広がる。ほら!」と〈ぺ〉が言った。


「ポイントはだね。俺たちがみんな協力すればさ、新しいものを生み出せるってことなんだ」と〈ぽ〉が明るい声で言った。


「あいつがそんなこと許すかな?」と〈あ〉が言った。


「いろいろと難癖つけてきそうだね」と〈い〉が言った。


「うんざりするよな」と〈う〉が言った。


「え? じゃあ何もやらないの?」と〈え〉が言った。


「おい、それじゃあ話にならないよ」と〈お〉が言った。


「神様に相談してみよう」と〈か〉が言った。


「君の言うことは……」と〈き〉が言った。


「苦し紛れだね」と〈く〉が言った。


「決して実用的ではない」と〈け〉が言った。


「こうなったら勇気を出して親父のところに行こうぜ」と〈こ〉が言った。


「さあ、そろそろ時間だ」と〈さ〉が言った。


「死が近い」と〈し〉が言った。


「すべては有限だ」と〈す〉が言った。


「世界を愛そう……」と〈せ〉が言った。

(以下永遠に続く……)

 

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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