こんにちは。マスコットのビギナー君です。
さて、みなさん! ついに四月になりました。ピッカピッカの新年度というわけです。いやったあ! ホッホー!
え? どうしてそんなに喜んでいるのか、だって?
いやあ、それは僕が生きていることを奇跡だと感じているからですよ。だから新しい年度を迎えることができる、というのはもう望外にハッピーなわけで。
え? どうして「生きている」のは当たり前なのに、「奇跡」とか言っているのか、だって?
いや、あなたの言っていることは分かります。生きて、毎日つまらないルーティーンをこなしているとですね、一日一日の新鮮さ・素晴らしさが理解できなくなってくるんです。それはまあ仕方のないことです。
でもね、僕はある不思議な経験をしたんです。この間寒い雨の降る日にですね、川沿いの道を全力ダッシュしていたところ(トレーニングの一環です)、ある老婆に呼び止められたのです。彼女は百歳にはなろうかというシワシワのお婆さんでしたが、目が純粋で、生き生きとしていました。杖を突きながら歩いていたのですが、その杖の先端を僕に向けたのです。
「おい! ふんどし!」と彼女は言いました(僕は人が少ないのをいいことに、ふんどし一丁で走っていたのです)。
「はい?」といくぶん怯えながら僕は言いました。
「フォームがなっておらん。よく見ておけ」。そう言うと彼女は僕に杖を渡し、お手本のフォームを見せてくれました。背筋がピンと伸びて、足の回転はまるでミニ四駆のモーターのように速く、頭の位置はまったく動きませんでした。彼女はそのまま三百メートルほど走り、そしてまた同じスピードで戻ってきました。
僕は驚いて口をあんぐりと開けていましたよ。そのとき! なんと一羽のヒヨドリがやって来て、僕の口の中に入ったのです! 僕は驚きのあまり固まってしまいました。こんな奇跡が……? と。
もちろん鳥を食べてしまうわけにはいかないので、そのままじっとしていました。ヒヨドリは少しモゾモゾと動いていたあとで、「じゃあね」という感じで鳴きながら去っていきました。僕は涙を流していましたよ。このスーパーお婆ちゃん。そしてヒヨドリ。その温かみ……。まるで世界全体●● が僕のために存在しているみたいでした。
「ほら、返しておくれ」とお婆ちゃんは言っていました。僕は杖を返しました。杖を持つと、彼女は途端に元のヨボヨボに戻ってしまいました。
「生きるというのは不思議ですね」と僕は言いました。
「そうじゃ。不思議じゃ。だから走れ! 考えるな! 走れ!」
僕は言われた通り——そして見せてもらった通り——完璧なフォームでダッシュしました。そのまま海に突っ込んで、慌てて岸に戻ってきたのですが、そのときには雨はもうやんでいたのです。虹が出ていました。僕はその日から世界を愛そうと決めたのです。
というわけでみなさん。すべては奇跡です。だからハッピーな新年度を、ハッピーに祝いましょう。祝い方が分からない方は僕に連絡してくれれば1時間15,000円で教えてあげます。今ならキャンペーン価格で、14,998円です。もちろん税抜きで、このほかに交通費と昼食・夕食・翌日の朝食代までいただきますが。
それでは! お元気で!

さて、ついに四月になりましたね。お花見の季節です。いやあ、待ちに待った、という感じですな。私は昔からお花見というのが大好きなのです。一日のうち98%くらいはお花見のことを考えています。あとの2%は税金のことを考えています。いやあ、それでよく今まで生きてこられましたね。ハッハ。
しかしまあ桜というものは綺麗なんですが、じゃあ一年中咲いていたらもっと良かったのかというと……たぶん違うんですな。この時期にしか咲かないから美しいのであって、きっと年中咲いていたらそのありがたみが理解できなかったような気がするのです。
そういう意味ではかつて会った「不死の男」を思い出します。彼はソ連が開発した薬を飲んで、不死になったのですが、あまりにもつまらないので、日本にやって来たのです。モスクワから東にランニングしてウラジオストクまで来て、そこからクロールで泳いで日本海を渡ったそうです。佐渡島で一杯酒を飲んで、新潟へ。そこからまた走って私の住む街までやって来た、というわけです。しかもその間ほとんど食事は取らなかった、眠りさえしなかった、というのです。
「それはすごいですね。うらや ましい」
「全然、羨ましくなんかないよ」と彼は言いました(彼は暇なので、あらゆる言語を通信教育で習得したのでした)。「俺は68歳になるけど、見た目は35歳のままだ。細胞が老化を止めたからだよ。食べ物は食べなくてもいいし、車にぶつかられても死なないし、眠くもならない。最初はどれだけ素晴らしいんだろう、と思っていたけど……いやあ、毎日毎日が苦痛で仕方がない」
「でもどうしてそんなに?」と私は(まだ若かった私は)訊きました。
「きっと死がないと時間が価値を失ってしまうからだろうな」と彼は言いました。「昔は自然が好きだった。花を見たら綺麗だな、と思うし、木を見ても素敵だな、と思う。でも今はどうでもいい。女を見たって綺麗だとは思わない。楽しいことがあるかと思って、モスクワから走ってきたが……やはりダメだ。クマもオオカミもやっつけてしまった。私は……どうしたら……」
そのとき私は地元の神社に伝わるある言い伝えを思い出したのでした。「あ、そういえば! うちの近くの神社の境内けいだい で、桜の咲いているときにですね、ほうれん草を両手に持ち、プチトマトを口の中に入れて、ふんどし一丁で踊り狂った不届き者は、一瞬で地獄に落ちる、と言い伝えられているんです。やってみませんか?」
「それがいい!」と彼は言って、桜の下に直行しました。私も付いていってみると、彼はスーパーで買ったほうれん草を両手に持ち、プチトマトをいくつも口に入れて、ふんどし一丁で踊り狂っていました。それはもう周囲の花見客が恐ろしくて逃げ出すほどでした。突然風が止まり、かと思うと雲が発生し、雷が落ちました。ゴロゴロ、と鳴ったかと思うと、彼に直撃したのです!
彼は死んだように動きを止めていたのですが、私がつつくと目を覚ましました。「は! お婆ちゃんとボルシチを食べている夢を見ていた。俺は……どうなったんだ?」
「髪の毛が焦げて全部なくなっています」とぼくは言いました。「ほうれん草も焦げている。でもあなたは……死んでいない」
彼は立ち上がりました。そして自分の身体を確認しています。「いや、きっと元に戻ったぞ! そういう感じがする。普通の人なら死ぬところだけど、俺の場合は〈不死〉から〈常人〉に戻ったんだ! いやあ、ありがとう。あ! 桜が綺麗だなあ。酒を飲もう! 酒を!」
ということでめでたく彼は死を取り戻すことができ、そして世界を愛することができたのでした(私も一緒にふんどし一丁で踊り狂いました)。めでたしめでたし。
 

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