こんにちは。マスコットのビギナー君です。
さて、みなさん! ついに8月がやって来ました!
高校野球とプールとお盆と……とにかく最も暑い季節です。
高校野球といえば僕は高校時代、甲子園を目指して血の滲むような特訓を続けていました。まああの軍隊気質が肌に合わなくて三日で辞めてしまったのですが……。
僕は自由を愛する男となり、「ゴミ拾い部」に入部しました。ゴミ拾い部は日々学校の近くのゴミを拾う部活です。
僕は必死に努力し、ものすごい速さでゴミを拾えるようになりました。その辺のカラスやネズミよりも速く、です。
そのうち拾うゴミがなくなってしまったので、自分で捨てるようになりました。家からいろんなゴミをこっそり持って行って、それを落とすのです。しかし! 地面に着地する直前にトングで挟んで拾いました。
僕の努力を顧問のヨシダ先生は評価してくれ、県外にある道場に紹介してくれました。そこの師匠にさらに厳しく鍛えられ(パキスタン出身の師匠でした)、僕はついに全国大会に出場することになったのです!
全国大会の会場は兵庫県西宮市の甲子園球場近くの公園でした。ゴミ拾い競争をしたり、鉄棒ぶら下がり競争をしたり、人々にゴミのように扱われたり(罵詈雑言を浴びせられる。これは忍耐力のテスト)、トングをいかに美しく扱えるか競ったり……三日間各県の代表たちは闘いました。そして! なんと! 僕は日本一の栄冠を掴んだのです!
もちろんマイナー競技ですが、嬉しいことに変わりはありません。あのとき培った友情は、その後も長く続きました。いまだに三重県代表のタグチ君とは親交があります。彼はアフリカに行ってゴミ拾いを続けているそうです。北海道のニシ君もまた、帯広でゴミを拾い続けています。
「お前が社会のゴミになったら俺が拾ってやるからな」というのが我々の合言葉でした。
実は某県代表のイシバシ君は道を踏み外し、詐欺や薬物使用で捕まってしまったのですが、そのときに我々は差し入れをしました。出所後はリハビリ施設に通う費用をカンパしました(彼は泣いて喜んでいた)。
ということで、みなさん、青春の思い出を大事にしてください。たとえ注目されていなかったとしても、問題はありません。どれだけ情熱を注げたかが大事なのです!
もちろん熱中症には気をつけて。あの頃はここまで暑くなかったからな……。ということで、お元気で!
さて、ついに8月がやって来ました。8月は私にとっては一年の中心です。最も暑い季節。高い空と白い雲。蝉の声……。私は田舎に住んでいましたが、終戦のときのことをよく覚えています。私はいっぱしの軍国少年で(そのような教育を受けたからです)日本は最後には勝つんだと確信していました。だから玉音放送を聴いて(聴いただけでは何のことか理解できなかったのですが)、その後大人に「負けたんだ」と知らされたときの無力感ときたら……。自然と涙が溢れ出てきました。そして混乱した戦後……。
これまでとはまったく違ったことが教えられるようになったわけですが、私はそれなりに楽しんでその変化を受け入れていました。欧米の音楽や映画や本もすぐに好きになりました。そして成長し、東京に出て行ったのです。あのゴミゴミとした、魅力的な東京に……。
いろんな仕事をしました。クラブで働いたり、自動車部品工場で働いたり、あるいはタクシー運転手をしたりしました。狭い道でこすったり、飛び出してきた自転車のおじさんを轢いたり、突然エンジンから煙が出てきたり、日々アクシデントの連続でしたが……。
そういえばあの頃こんなことがありました。50前後の、スーツを着たサラリーマン風の男が乗り込んできました。彼は急いでいる風でした。車内では腕組みをし、貧乏ゆすりをしていました。しかし、事故の影響で道が渋滞していたのです。
彼は明らかにイライラしていて、突然「もう降りる!」と言い出しました。私は謝りました。と、突然表情が変わり、「君、もしかして〜県の出身か?」と訊きました。おそらくは私の僅かなアクセントの違いを聞き取ったのだと思います。私は県名を言いました。
「どの村だ?」と彼は言いました。
私は村の名前を言いました。彼は驚いていました。まさに同じ村の出身者だったのです! 彼は降りるのをやめ、自分の幼少期の話をしました。彼の話す川や神社やお墓や学校や……それらの光景は私にも馴染みがあるものでした。自転車で村中の道を走り尽くしていたからです。
彼は軍隊にいたときの話もしてくれました。中国大陸に行ったこと。始めは食糧もふんだんにあったこと。敵を殺したこと。しかし次第に情勢が悪くなっていったこと。上官の命令で一般市民を殺したこと(「スパイ疑惑だった。でも誰がスパイかなんて分かるわけないんだ。だから片っ端から殺した」)。逃げていく日本人たちを無視して進んだこと。結局ソ連軍に捕まり、シベリアに送られたこと。そこでの酷い生活。仲間が次々に死んでいったこと。寒さ。虫。赤痢。暴力……。
「そうだ、あのお地蔵さんはまだあそこにあるか?」と彼は思い出したように訊きました。私はどのお地蔵さんかすぐに分かりました。
「あの、Y字路のですよね? 小学生の頃よく頭を撫でていました」
「そうそう、それのことだ。あれがさ、なぜかよく夢に出てくるんだ。生きていて、呼吸をしているんだ。でも何もしゃべらない。ただ大きな目でね、じっと俺を見つめている。まわりには誰もいなくてさ……風の音だけが聞こえている。そういう夢だ。俺は何かを言いたいんだが、言葉が見つからない。しばらくそのまま時間が過ぎていく。ものすごく穏やかな時間だ。そして……目が覚める」
やがて目的地に着き、彼は料金を払いました。私が要求したよりもかなり多くの額でした。「お釣りは要らないよ」
「ありがとうございます」と私は言いました。
実はそのお地蔵さんはのちに私の夢にも出てきました。首がなくなっているのですが、誰かがその切断面に五円玉を置いているのです。私はその五円を拾い上げ、真ん中の穴から向こうを覗きます。そして……はっと目が覚める。
そこから見えた光景を私は言葉で説明することはできません。それは常に動いているものだったからです。そして……理解し難いものだった。あるいは私はそこにあったものをなんとか説明するために今生きているのかもしれない。それが可能かどうかは……これからの私の努力次第ですが。
そのような役に立たない記憶が私の中にはたくさんあります。もっとも役に立たなくても私には構いません。それがそこにあるというだけで、私は温かい気持ちになることができますから(あるいは役に立っているのか? それは……)。
それでは、みなさん。暑いですが、もうちょっとの辛抱です。この世の不思議を、私と一緒に探求しようじゃありませんか! ということで、また。お元気で。

