秘密

そのことに気付いたのは夜のことだった。布団に入ってさあ眠ろうと思った瞬間に、それはどこからともなくやって来た。始め僕はそれを上手く飲み込むことができなかった。あまりにも突拍子もない考えのように思えたからだ。でも時間が経つ...

ミューズ(詩神)

その日僕は詩を書いてみることにした。詩を書くなんて生まれて初めてのことだ。いや、全く初めてというわけでもないな。子供の頃夏休みの宿題で書かされたことがあった。でもあれは先生から書けと言われて無理矢理書いたものだった。今僕...

郵便受け

その日の夜八時頃、仕事から帰ってマンションの入り口にある郵便受けを開けると、中に二つの眼球が浮かんでいた。正確にはきちんと開けたわけではなくて、ただ中身が入っているかどうか投入口から簡単に確認しただけだったのだが。僕はそ...

その朝僕は月面で目を覚ました。辺りは暗く、頭上では数えきれないほどの星々がきれいに輝いている。僕は始めのうちものごとの展開に付いて行くことができない。昨日の夜眠りに着いた時はちゃんと自分の部屋にいた。急に眠たくなって、い...

標識

僕の家の前には「40」と書かれた道路標識があった。もちろん制限速度四十キロ以下という意味なのだが、この標識は他の標識とは違ってほとんどの場合律儀に守られた。というのもその道路は完全に直角に折れ曲がっていて、四十キロ以上出...

贈り物

僕はその年の四月、就職を機に上京して来たのだが、そこでいささか奇妙な出来事に遭遇することになった。その出来事は今では、僕自身の深いところにある何かとしっかり結びついてしまって、どうしても記憶から離れなくなってしまっている...

カメラ

ある日火星人がやって来て、僕をカメラに収めてもいいかと尋ねた。僕は火星人というのは八本足のタコみたいな生き物だと思っていたので、彼が我々とほとんど同じ見た目なのを見て驚いた。「良いですよ」と僕は答えた。「僕なんかでよけれ...

眼鏡

散歩をしている途中で眼鏡を拾った。何ということはないごく普通の眼鏡だ。特におしゃれというわけではないし、かといって時代遅れというわけでもない。いつもだったらそんなもの気にも留とめなかったろう。でもその時僕はひどく疲れてい...

少年と蛇

彼は孤児だった。誰も彼を助けてはくれないし、彼の方も誰かを助けようとは思わなかった。彼はもう十二歳にはなっていたはずだが、栄養が足りなかったせいで見た目には九歳くらいにしか見えなかった。彼は市場の売り物を盗んだり、ゴミを...

水分を摂ること

それは仕事を辞めてすぐの頃だった。僕は大学を卒業したあと大手の銀行に勤めたのだが、一年で仕事を辞めてしまった。銀行そのものに問題があったわけではない。給料も良かった。しかし僕はそこにどのような未来をも見い出すことができな...