日付変更線と10月31日との会話

『日付変更線と10月31日との会話』

 

やあ、久しぶりだね

ちょうど一年ぶりくらいかな

君に会えてうれしいよ

なにしろ君とは話が合うからな

俺としてはもっとしょっちゅう会いたいんだけどね

どうもこればっかりは仕方ないよな

 

そういえばさ

先月9月30日が

君によろしくって言ってたよ

なあおい

彼女君に気がありそうだったぜ

カレンダーの裏側にいると

自然と愛着が湧くのかな

 

それはそうと

君も大変だよな

毎年毎年変な衣装を着た人たちばっかり見るんだから

え? もう慣れた?

まあそうだろうな

君はそういう奴だもんな

俺には海しか見えないけどな

 

よく聞かれるよ

ずっとそんなところにいて退屈じゃないのかって

でもずっと前からここにいるからさ

そんなこと自分でもよく分からないよ

 

ときどきどっちがつま先で

どっちが頭なのか分からなくなる

まあどっちにしろ寒いんだけどさ

 

ところでこの前

不思議な光景を見たよ

7月14日と15日の間に

ほんの少しだけ隙間が見えたんだ

そう、一秒もなかったと思うね

ほんの一瞬の出来事だった

 

彼らは例によって

互いにぴたりと寄り添っていたんだが

一瞬だけ隙間が空いた

俺はそこから何か別のものを見た

14日でも15日でもないものだ

 

そこは何かごにょごにょしていて

黒く渦巻いていた

でも不吉な感じはしなかった

なんでかっていうと

そこに俺は一人の男の顔を見たからだ

 

それはたぶん俺自身の顔だった

もちろん俺は自分の顔を見たことがないから

つまり自分がそう思っている顔ってことだ

 

でもそれは紛れもなく俺自身の顔だった

ハンサムというわけでもないが

まあさほど悪くもない

え? それで彼は何をしていたかって?

それが俺にもよく分からないんだ

ただこちらをじっと見つめて

むっつりと黙り込んでいた

なにしろ一瞬の出来事だったからさ

俺の方にも声をかける暇はなかった

 

今思えば何か言ってやれればよかったと思うよ

やあ、気分はどうだい? とかね

でもやがてそいつは消えていった

その黒いごにょごにょの中に、だ

最後まで表情は変わらなかった

ただまっすぐこちらを見つめていた

 

あれ以来隙間が空いたことはない

君たちはみんなぴたりと寄り添っていて

前の一日が終わると

すかさず次の一日が始まる

そしてハワイの夕日と共に

どこかに去っていく

 

なあ

あれ以来ずっと気になっていたんだ

つまりあの隙間を見て以来だ

俺が見ているものは

本当に俺が見ている通りなのかってね

君はどう思う?

君の見ているものは

本当に君が見ている通りのものなのだろうか?

 

まあいいや

こういうことを言っていると

ややこしい奴だと思われるからな

この間8月20日に言われたんだ

君はくよくよ考えすぎると

 

でも仕方ないよな

考える以外することがないんだからさ

 

ああ、ほら

そんなことを言っているうちに

もう11月1日がやって来た

君の背中にぴたりとくっついている

今日も隙間は空かないだろう

もちろんそれはそれで構わないんだけどね

 

じゃあ、また来年会おうじゃないか

俺はたぶんそのときもここにいる

だってほかに行くところもないしな

 

君と握手をしたいんだが

俺が動くとハワイの日付が変わってしまう

こんな姿勢でいると

腰が痛くなってしまうよ

 

うん、さようなら

9月30日には何て言っておく?

オーケー、分かったよ

君もなかなかやるね

さすがだよ

じゃあ、これでお別れだ

今度こそ本当にさよなら

 

ところでさ

最後に一つだけ訊きたいんだが

君は本当に去年と同じ君なのだろうか?

 

2017年11月1日(水曜日)自宅にて

 

 

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

4件のコメント

  1. 村山亮様

    はやかわと申します。
    某小説サイトであなたの「月」を読んだのがきっかけですが、僕は今でもそれをプリントアウトして時々読み返してします。
    僕も六年ほど小説を書いていますし、いろいろなサイトに投稿していますが、村山様の作品は僕の一番のお気に入りです。正直なところプロの作品よりも好きかもしれず、少し影響すら受けています。
    僕はきっと村山様がプロになるのだろうな、とかこの人プロなの?とか日本人じゃなくて外国の人なのかな?(なんとなく文体が)など考えたりしたのですが、実際のところどうなのか知りたかったりします。
    Amazonの「接続詞の森」も最近Kindleで読んでみました。やはり描写がよくて、すごくこの人は小説についてわかっているんだなと思いました。
    本作ですが、読んでいてなんだか不思議な話だなーと思いました。自分の中のお気に入りはやはり「月」なのでそちらにコメントすべきだったかもしれませんが、一番新しい投稿ということで本作にコメントさせていただきました。

    1. はやかわ様。コメントを頂きまして、どうもありがとうございます。

      『月』という作品をお読みになったということですが、あれを投稿したのはもうずいぶん前のことで、自分でももうほとんど忘れかけていました。まさかプリントアウトしてくださるとは!以前音読してくださる、という方からコメントを頂いたのですが、それですら驚きだったのに、なんというか、ここまでくると僕としては嬉しいと同時に、恐縮さえしてしまいます。御迷惑をおかけしていなければいいのですが・・・。
       最近はこちらのサイトに投稿するよりも、もう少し長めのものを書いて、各地の新人賞に応募することの方がメインになっていました。だから日々書き続けてはいたのですが、どうも更新の方がおろそかになってしまって申しわけありません。しかしあなたのようなファン――といっていいのかどうか分かりませんが――からのコメントを頂くと、僕としてもずいぶん励みになります(少なくとも今この瞬間は元気になりました)。この疲弊した精神にもう一度鞭〈むち〉を与えて、「頑張ろう」という気になってきます。

       ちなみに僕が外国人か、という話ですが、それはある意味では本当です。気持ちとしてはよりユニバーサルな、「宇宙人」とさえいえるかもしれません(実際に僕の父親は、僕のことをよく宇宙人だと言っていました)。でも出自だけに限っていえば、単なる生粋〈きっすい〉の東北人に過ぎません。生まれてから24まで、ずっと宮城県で暮らしていました(今は東京ですが)。自分の使っている言葉が本当に標準語なのか、ときどき迷ってしまうほどです。でもやはり心の中には、日本的な自明性から離れたい、という気持ちを常に持っています。だからそのように言って頂くと、やはり嬉しいものではあります。

       僕もそろそろ本当のプロになりたいのですが、その兆候が見えないかと地平線に目を凝らしてみても、仄〈ほの〉見えるのは飛んでくる数羽のカラスの姿だけです。明るい太陽はいつまで経っても浮かんでこない。僕はカラスと戯〈たわむ〉れながら、いつか「そのとき」がくるのをただじっと待ち続けているだけです。しかしまったく希望がない、というわけでもありません。なんとか日々書き続けながら、少しずつ成長していっている気はするし、この先に何かが起こる、という予感があるからです。それにあなたのような、わざわざ得体の知れない相手に対して、好意的なコメントを寄せてくれる方もいます。ときどき書きながら居眠りはしていますが、これからも辛抱強く、コツコツと書き続けたいとは思っています。
       どうもありがとうございました。

  2. 村山様 ご返信ありがとうございます。
    生まれは東北なのですね。てっきり欧米から日本にやってきた留学生とかそういうたぐいの方なのかなと思っていました。特に文体がそんな感じがしますね。きっと英語とか得意なのかと思いました。
    外国文学に興味があり、日本的な自明性から離れたいということですごく僕と共感できるなと思いました。
    個人的には村上春樹がすごく僕は好きです。そして村山様の文体も内容もお気に入りです。
    僕自身もプロを目指していて、暇さえあれば小説を書きながら文学賞にぽつぽつ応募している状況です。
    中々毎日たくさんの量を書いていくというのは僕には少し難しいようです。
    僕自身も「宇宙人」じゃないかと自分のことを思ったことがありますが、あなたの「宇宙人」の定義と僕の「宇宙人」の定義は違うかもしれませんし、もしかしたら同じなのではないかと期待もしています。
    あくまで個人的ですが、村山様がプロになるのを待ち望んでいるとともに、僕自身もプロになりお会いできればなんて思ったりもしています。
    これからも作品を拝見させていただこうと思います。
    よろしくお願いします。

    1.  僕としては、日本的なものから離れながら、なお否応なく残るものに興味があります。そこには表面的なものを越えた、何か普遍的なものがあるはずだからです。でもまあそういう理屈はいいとして、まずきちんとした現物を提供しなければなりませんね。
       いずれ宇宙人同士、プロの作家になってお会いできればいいですね。しかしそれまでは、まず日々辛抱強く(これが大事)書き続けなければなりません。それでは。本業に戻ります。

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