東京→名古屋→松本→東京の旅 【ロードバイク:計822km】

山梨県笛吹市、笛吹川。5月2日、17時58分。

さて、ゴールデンウィークです。まとまった休みを頂けたので、遠くに行くことにする。いや、行かなくたっていいのだけれど、なんだか身体がモゾモゾしてきて、夜も眠れなくなってきてしまったのだ。こういうときにはロードバイクだ! ……ということで、1月の始め以来久しぶりに乗ることにする。

問題は後輪のケーシング(繊維)が見えていること(要するに摩耗している)、そしてブレーキシューが減りまくっていることである。まったく、面倒臭いな……と思いながらも、急遽Amazonで購入。ネットで調べながらなんとか交換した(この辺はまだまだ初心者です。はい……)。

しかし実際に乗ってみて、これをしなかったらと思うと……ちょっとゾッとする。今回は3日目以降が雨予報だったので、ブレーキが効かないというのは危険過ぎるだろ、とさすがの僕も判断したのであります。手入れが面倒臭いから普段は乗らないで川沿いをランニングばかりしているのですが、たまに乗る場合にはこういうこともしっかりやらなければならない。まあ自分の身を守るためではあるのですが……。

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名古屋に行こうと思ったのは往復するのに丁度いい距離だと思ったからです。2025年の2月に実家(宮城県栗原市)と八王子を往復した際は、合計954kmでした(5日間。死ぬかと思った……)。あのときは2度徹夜して走って、極寒の中、眠気と闘いながら(そして身体中の痛みと闘いながら)なんとか完走したのでした。帰った直後は「2度とこんなことやるか」と思うのですが……なぜか時間が経つとまた乗りたくなってくる。去年の年末と今年のお正月にまた実家にロードバイクで帰ったのですが、その際は輪行も入れながら、ほどほどの距離に留めておいたのでした(行き:245km、帰り:207km)。そのときもそれなりに楽しかったのだけれど(寒いことは寒かった……)もっと長い距離行けるんじゃないか? という悪魔の囁きが聞こえてきて、それに乗ってしまった、という次第であります。まったく。

ということでいつものようにお金をかけたくないので、おにぎり等補給食を持っていくことにする(当然重くなる)。そういえば冬にしか乗ったことがないので、冬用のサイクルウェアしか持っていない。仕方ない、買うか……ということで、半袖のジャージと、膝上までのたけ のビブパンツを買った。ついでに今までのよりも性能がいいはずのサイコン(Bryton Rider 550)も買った。ガーミンとか欲しいけど、そんなお金は僕にはない。心配なのはやはり雨と夜の峠の下りで、どれくらい防寒を考えればいいのか分からない。さすがに氷点下の柳沢峠よりはマシだろう、とは思うのだけれど(あのときは本当に寒かった……)。

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結局いろいろ調べた結果、テムレスというゴム手袋が有能だと分かり、購入。そして防水シューズカバー(自転車用のやつ)も完璧とは言えないながらもないよりはマシ、ということだったので、それも買った。しかしこれらは届くのが出発日当日になってしまい、結局テムレスは近くのホームセンターで購入(帰ったときに玄関前に届いていました……)。シューズカバーはまあなくても死なないだろう、ということでなし。心配し過ぎるとキリがないからもう行こう、ということで、4月29日の朝、7時20分に出発した。

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予定のルート。ほぼこの通りに行ったけれど、静岡市に入るあたりで通行止めがあり、山の方に迂回した。

ちなみに予定としては4/29から4/30は寝ずに漕ぎ続け、名古屋、そしてゲストハウスを予約した香嵐こうらん 渓けい (愛知県豊田市)へ。ここに17時までには着きたい(計400kmほどの予定)。そして一泊したあとに5/1は松本へ(186kmの予定)。できれば午前3時くらいまでにはネットカフェに着きたい。そこで一泊し(何時間いるかは疲労度による)、5/2は一路東京に帰る(238kmの予定)。僕の脚だとおそらくは5/3の早朝までには帰れるのではないか……というのが頭の中で考えていたことでした。まあかなりキツい。それは分かっている。距離からすると(予定では824km)去年の2月に走った954kmには及ばないけれど、今回は獲得標高が全然違う。名古屋へ行く途中に箱根を登るし、そこから香嵐渓へも登りだ。松本へも登り。松本から国道20号を帰る際には4つ峠を登ることになる(その中で最大の笹子ささご 峠はトンネルを通れば回避できるのだけれど、どうしても登ってみたかった。トンネルが自転車には危険だ、という評判もあるし……)。国道4号を北上して帰省する際には大した峠はない。まあ栃木・福島の県境くらいか。あとは基本的には平坦か、なだらかな登り。国道6号を帰ってきたときにはさらに起伏は少なかった。まああの距離の長さには閉口させられたけど(コーヒーを飲みまくってなんとか意識を保っていた。そしてお尻が痛かった……)、登りによる疲労というのは少なかった気がする。ということで、今回、新たな挑戦である。

「東京スタート」とは言っても、神奈川寄りなので、きちんと日本橋スタートにする人たちに比べればちょっと近い(日本橋スタートにする、という選択肢もあったけれど、脚が持つか心配だったので、今回はなし)。そういえば本当は午前6時には出発するぞ、と思っていたのだけれど、なんだかんだやっていて7時20分になってしまった(これはいつものこと)。最近夜更かし気味で、その癖が抜けず、結局3時間くらいしか寝ていない……。梅干しのおにぎりをサドルバッグに詰め込んで、出発。すぐに川崎に入り、横浜市を抜ける。この辺は箱根駅伝ルートを走ったときと同じコースだ。あのときのことを思い出す(あのときは八王子スタートだった)。国道1号を進むのだけれど、戸塚駅の少し手前で迂回する(自転車侵入禁止なので)。少し進んでまた1号に復帰。この辺はやはり交通量が多い。その後海沿いの道を走る。一度休憩を入れて、小田原へ。

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小田原城。4月29日、午前11時35分。

そういえばこのとき気付いたのだけれど、今回の旅程はお城めぐりといえばお城めぐりっぽい。小田原城→岡崎城→名古屋城→松本城……と。岡崎城については通るまで忘れていた(ごめんなさい……)。甲府城跡もあるけれど、そこまで行って写真を撮る元気はなかった。まあ前に行ったことあるし……(ごめんなさい)。

と、いうことで、出発。小田原の街並みは結構好きです。川崎・横浜という都会を抜けて、その後藤沢・ ヶ崎と海沿いの道を高速で飛ばす車たちの横を走り抜けてここまで来ると、なんだかホッとする。でもホッとしている場合ではない。これから箱根を登るのだ! 嫌だなあ。でも仕方ない。ということで進んでいく。

もっとも前回登った箱根駅伝コースではなく、三枚橋を渡って神奈川県道732号を進む。なぜか? 理由は分かりません(笑)。どうしてかルートを作ったときにこっちを選択していた。たぶん箱根駅伝ルートよりも短いから自動で選択されたのだと思います。結果これで良かったと思う。かなりキツくて、当然何度も足を着いた(もうプライドはない。生きて目的地に着ければ、それで100点という考えである)。車の邪魔にならないように、極力端の方を走る。途中スペースがあるとそこで休む。おにぎりを食べていると、何人かの若いローディー(ロードバイク乗り)たちが追い越していった。みんな頑張れ。僕は僕のペースでちんたら進む。

正直なかなかキツくて(自転車の練習を普段していないから当然といえば当然なのだが)、ここでこんなにへばっていて本当に名古屋に辿り着けるのか? と心配になってくる。というか予定では明日の夕方までに名古屋からさらに山の方に登って、香嵐渓まで行かなくてはならないのだ! 休みたいけどあまり休み過ぎると間に合わなくなりそうで怖い。あし ノ湖にようやく着いて、すぐに出発する。全身汗だくである。

ここから先はようやく初めて進む道(732号も初めてだったけど、まあ芦ノ湖には前にも来たことあったし)。国道1号を下って、静岡県に入る。そういえば下る途中で鹿を見た。

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美味おい しそうに草を食べていました。筋肉の盛り上がり方が素晴らしい……。

そして静岡へ。平坦になると走りやすい。ただ街中はよく信号で足止めされる。まあ仕方ないか……。それはそれとして、突然道が渋滞し出し、交通誘導員さんに止められる(たしか一時的に1号を外れて、県道396号を進んでいたときのこと)。「この先通行止めです!」と言われる。自転車もダメだそう。別の車のドライバーさんが話をしているのを聞いたのだけれど、どうもバイパスにコンクリート片が落ちてきたとのこと。いやはや。そこで山道の方に迂回する。「こっちは進めますよ」と初老の(最初とは別の)誘導員さんが教えてくれる。ただその先がどこにつながっているのかは知らないみたい。Googleマップで確認すると……なんとか行けそう。ただし、ちょっとした峠を登る必要がある。さっき箱根を登ってきたばかりなのにな……と思いながらも、まあこれも旅の醍醐味か、と気を取り直して進む。古い建物が集まった街並みが見られたりして、それなりに楽しかったです。高いところから見る太平洋も綺麗だったし。なんとか先に進み、このあたりならもう合流できるだろう、と目星を付けて、1号を目指す。案の定そこはもう大丈夫で、そこから先は予定通りのルートを進むことができた。ああよかった……。

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デカい貨物線。GLOBAL HOSPITALITY号。静岡県富士市。16時31分。
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そういえば静岡の東側ではずっと富士山に見つめられている感じでちょっと不思議だった。まあ住んでいる人にとっては当たり前の光景なのだろうけど……。

そして日が暮れる。私は寝ずに漕いでいく……誰が何と言おうとも……。たぶんちょっと感覚がおかしいのだろうけど、僕はこの感じが好きだ。みんなが寝静まっている深夜に、ひたすらペダルを漕いで進んでいく。夜の海の中を泳ぐ魚のように……。

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そして愛知県に入る。愛知に来るのは……いつ以来だろう? たぶん17年ぶりくらい。

雨も降っていないし、寒過ぎもしない。なかなか快適に進んでいく。膝もまだ痛くない。お尻も大丈夫だけど、後が怖いので、浮かせられるところでは極力サドルから浮かせる。岡崎市のあたりで(たしか、だけど)朝が来る。東の空が白んで、街を照らし始める。この瞬間はいつ味わっても素晴らしい、と思う。でも脚は止めない。そして岡崎城。

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岡崎城。午前6時31分。

あれ? 岡崎城の城主って誰だったんだっけ……と考えながら走る。今川義元と徳川家康がなんか関係していたような……。おけ 狭間はざま って誰が勝って誰が負けたんだっけ? 日本史で大学入試を受けたはずなのにもうほとんど覚えていない。

まあいいか、と思いながら現代の街を進む。雲が出てきて、空模様が怪しい。でもここまで来ちゃったのだから進むしかない。知立ちりゅう 市、豊明とよあけ 市、と来てついに名古屋だ! 夢にまで見た名古屋(というのは嘘である。ごめんなさい)。中日ドラゴンズの地元! 味噌煮込みうどんとひつまぶしの発祥の地(かどうかは正確には分からない。少なくとも僕はそう思い込んでいた)! まあとにかくようやく名古屋市に辿り着いたわけだ。ここで写真を撮る。

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名古屋市。午前7時44分。

ここまで336kmほど漕いできているから当然疲れている。でも淡々と前に進む。誰かが来て祝ってくれるわけでもないし。時折コンビニに行ってトイレを借り、補給食を買って食べる。だんだん胃がもたれてくる。口内炎もたくさんできる(これが痛い……)。胃薬を飲んで、曇天どんてん の名古屋を進んでいく。道路が広く、仙台をさらに広くした感じかなあ、という印象を受ける。そして名古屋駅。

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名古屋駅。午前9時57分。

その後名古屋城へ。どうもルート設定時にミスをしていたみたいで、遠回りをしてしまう。そのせいでちょっと消耗。さらに悪いことに名古屋駅前でツルッと滑って転倒。その頃には雨が降っていた。いやあ、危ない危ない。歩道をゆっくり走っているときだったから無事だったけれど、もっと気を付けなくちゃな、と反省した。そのときに三〇代後半くらいのお兄さんが助けてくれた。どうもありがとうございます。これからは気を付けます。はい……。

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名古屋城。午前10時24分。
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香嵐渓へのルート。予定では49.2km。猿投さなげ グリーンロードを通る。

さて、名古屋城に着いたはいいものの、今日のゴールはここではない。さらに50kmほど東に向かった(登った)先の香嵐こうらん 渓けい である。どうも秋の紅葉が有名らしい。宮城県民にとっての鳴子みたいなものかな、と勝手に変換する。いや、仙台からの距離的には秋保あきう ・作並か……。いずれにせよ山の上にあるのだから登ることになる。そして雨。強くはないけれど、しとしとと降り続けている。しばらくそのまま走っていたのだけれど、ふとスマホが壊れる! と気付き、慌ててポリ袋を被せる。その上でスマホホルダーに設置したのだけれど、意外に画面が見にくい。いやはや。サイコンでもルートは出ているのだけれど、「自転車モード」でルートを設定してしまったせいで、細かい曲がり道がいくつもある。こうなるといざその場所に差し掛かったときにどの道を取ればいいのか判断しづら い。それでもなんとか慎重に進んでいき、ようやく猿投さなげ グリーンロードに入った。ここからはかなり先まで一本道である。しかし自転車通行可の歩道は何度も迂回させられ、そのたびに間違った道に入っちゃったりして、これはこれでストレスフルだった。ちなみに車は有料らしく、その料金所の脇を自転車が通り抜けられる小さなスペースが空いている。ここを軽いギアでクルクル回しながら進んでいく。なんだか変な気分だなあ、と思いながら(そういえば僕はよく夢で高速道路の本線をママチャリで走っている。だいたい東京・仙台間の東北自動車道だけれど)。

雨以外の問題はサドルバッグである。おにぎりはもう食べちゃっていたけれど、極力リュックを軽くするために、重いものをそこに入れていた。そしたら! である。知らぬ間に上の部分の生地が破れていた! いやあ、まいったなあ、と思いながら、なんとか持ってきていたベルクロ(2本)で補強する。うん、これならなんとかなるかも、と思う。ベルクロ、持ってきていてよかった……。

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赤丸部分が破れたため、青丸のベルクロで補強した(サドルレールに通してある)。

転んだり、バッグが壊れたり、雨が降ってきたりと、なんだか落ち込むようなことが続いているけれど、脚だけは動かし続けている。猿投グリーンロードの歩道はトラップのようで、勢いのまま下っていくと りたくないのに一般道に りちゃったりしている。そのたびに戻って正規のルートを進む。やがて力石ちからいし ICで一般道(国道153号)に合流する。ここまで来ればもうちょっとだ、と自分を鼓舞しながら進む。地図で見たときには、山奥でさぞ辺鄙へんぴ なところなのだろうなと思っていたのだけれど、意外にそうでもない。お店とかもあるし、家も結構いっぱいあるし、小学生たちが集団下校していた(人数は少なかったけれど)。市役所の支所も警察署もある。なんだか不思議な感じ。

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豊田市枝下町。14時40分。この少し先で、猿投グリーンロードは終わる。

と、いうことで到着。夕食は出ないので(キッチンを借りられる)、スーパーでいろいろと買い込む。すごく腹が減っているのでなんでも食べられそう(でも胃もたれを起こしている)。スーパーの駐輪場のそばにベンチがあって、高校生のカップルがおしゃべりをしていたのだけれど、彼らを横目に僕はどうやってこの大量の食料を運ぼうか、と考えている。今思えば事情を説明して、ゲストハウスに荷物を置いてから戻ってくればよかったのだ。頭がそこまで回らなかった。無理矢理リュックやサドルバッグやフレームバッグに詰め込んで、入り切らない分——レジ袋に入っている——はカラビナを使ってリュックからぶら下げる。さらにその上から雨天用リュックカバーを取り付け、不恰好なカメみたいになって、残りの1kmちょっとの道のりを進む。すでに400km以上走っている。眠気も襲ってきている。しかしなんとか頑張る。そして……ゴール!(走行距離:406.22km、経過時間:32時間51分) まだ全体の行程の半分ほどだけど、そのことについては考えないことにする。ゲストハウスに行き、説明を受け、まずシャワーを浴びて(露天風呂もあった! 温泉ではないけど)、洗濯をさせてもらう。そのあと少し寝て、キッチンで食事を作る。とはいってもほぼレンジで温められるものばかりである。こんなものばかり食っていたらどんどん不健康になりそうだな、と思いながらも食べる。途中でどうしても炭酸が飲みたくなって(普段は無糖の炭酸水を箱で買っているのだけれど)外に出る。自販機を探して歩く。しばらく行って……あった! 無糖じゃないけど、仕方ない。スコールとコカ・コーラ。なぜかは知らないけれど、炭酸を飲むと少し落ち着く。そのあと歯を磨いて……寝た。そうそう、充電も忘れずに。サイコンに、ライトに、スマホに、モバイルバッテリーに……。

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16時23分にゴールした。でも明らかに地図上に表示された走行ルートが変だ(しかも走行時間もおかしい。時速193kmで移動したことになっている!)。実際はちゃんと名古屋を通って、香嵐渓に行きました。走行距離はほぼ合っている。たぶん登坂高度も合っているのではないかと期待したい……。

始めはなかなか寝付けなかったけれど(そういえばドミトリー〈4人部屋〉を予約したのに、僕一人だけだった。なんという幸運!)2時間ほど経って、ストンと眠りに落ちた。やはり睡眠は大事なんだな、と実感する。まだまだ足りない気がするけれど、8時過ぎに目を覚ました。さあ、今日は松本まで行くんだぞ、と思う。階段を下りるときに足がプルプル震えている。これで本当に行けるのかな、と心配になるけれど、まあ心配ばかりしていても仕方がない。朝食の予約をしていたので、一階に食べに行く。

ゲストハウスのオーナーの女性の方はとても面白い方で、いろんな話を聞かせてもらう。コーヒーを飲みに来られた地元の方ともちょっとおしゃべりをする。愛知県の方言ってパッとは思いつかないのだけれど、聞いているとイントネーションなんかが全然違う。聞くと「三河弁」というそうだ。名古屋弁とはまた違うらしいけど外部の人間にはもちろんよく分からない。いずれにせよこういう人と人との交流が僕の心を温めてくれる。これだけでも来て良かったな、と感じる。ちなみに朝食は食材にこだわっているそうで、たとえば味噌なんかは自家製だということだった(とても優しい味がした)。

10時にチェックアウトして、外でいろいろと準備しているうちにあっという間に30分経ってしまう。昨日スーパーで買った食料を食べ切れなくて、リュックにパンパンに詰め込んで持っていくことになる。カップ焼きそばなんか買っちゃったせいで、すごく嵩張かさば る(時間がなくて食べられなかった……)。でもなんとか工夫して無理矢理入れる。サドルバッグはベルクロで補強しているとはいえ、あまり重いものは入れたくない。走っているときに落ちたりしたら結構怖い。ということでリュックが重くなり、肩と腰の負担が増すことになる。

ネットで調べてみると、長距離を走る人でも荷物を減らしたり、うまくバイクパッキングをしたりして、何も背負わないで乗っている人が結構いる。僕もあれを目指すべきなんだろうな、と思う。でも今はこれを背負っていくしかない。着替えとか雨具とか、いろいろ入っているし……。

そう、雨である。断続的に小雨が降り続いているけれど、これが強くならないことを願いつつ、進む。スマホにはポリ袋を被せてある。リュックにはレインカバーを付けた。身体は……まあそこまで寒くないし、登っていると暑いし、濡れても大丈夫っしょ、と甘い考えで登っていく。

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豊田市富岡町、10時51分。国道153号沿い。しょう 観音かんのん 菩薩ぼさつ 像(たぶん)。

なぜかポツンと立っている観音様のそばを通っていく。軽いギアでクルクルと。昨日の疲れは残っているけれど、まだ大丈夫。雨も弱い。案外すぐに長野県に入ってしまう。県境を越えるといつだって嬉しい。

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長野県根羽ねば 村。14時39分。この先に「ネバーランド」という道の駅っぽいものがあったのだけれど、結局寄らなかった。

その後さらに登り続け、治部じぶさか 峠、寒原さむはら 峠を越える。ここまではよかったのだけれど、急に雨が強くなってくる。ゴロゴロと鳴り出す。え? 今のは? と思う。当然雷様である。雷のことまでは考えていなかったな、と思いながら進む。とりあえずすでに濡れてしまっているから、飯田まで一気に下ってしまおう、と決意する。ここで着替えたところで、すぐにまた濡れてしまうはずだ。一応持ってきていたゴアテックスのレインウェア(ノースフェイスのやつ)を着るけれど……雨がさらに強くなってくる。本当にバケツをひっくり返したような感じ。これはヤバい、と思い始める。実は僕のレインウェアはもはや古過ぎて(計算すると16年前に買ってもらったものだった!)水をかなり吸い込んでしまう。今まではせいぜい小雨のときくらいしか使っていなかったのだ。いやあ、まずいなあ、と思いながら、下る。びしょ濡れの身体が風にさらされて、恐ろしく寒い。プラス、フェンダーを付けていないせいで、前輪が跳ね飛ばした水が下半身にかかる。下りはどうしてもスピードが出てしまって、ずっとブレーキを握り続けているのだけれど、だんだん握力がなくなってくる。サングラスをかけているのだけれど(そのときはクリアレンズ)すごい勢いで雨粒が当たるため、視界がすこぶる悪い。後ろに点滅するライト(キャットアイ)を付けているから、車からは見えると思うのだけれど、こんな状態で路肩ギリギリに寄ることはできない。かといってわだち を走るとかなりの量の水を踏む。いやあ、死ぬかと思った……。ちょっとした雨宿りできる場所を見つけて一時的に逃げ込んだけれど、さて……どうしよう?

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治部坂峠。16時37分。この時点では雨はまだギリギリ大丈夫だった……。

そのときにはもうブルブル震えている。乾いている予備の服はリュックにあるけれど(リュックも結構濡れていた。カバーを付けていたのに……)、今着替えたところで、またすぐに濡れてしまう。雨が止むのを待つ手もあったけれど、予報によればしばらく止みそうにない。しかも時間が経てば日が暮れてより視界は悪くなるだろう……ということで、一気に下ってしまうことにする。飯田市の街に出て、目についたコンビニでレインウェアを買う。そうするしかあるまい、と思う。この時点で松本まで本当に行けるのかかなり心配になってくる。

とにかく両手でブレーキを握りながら(替えたばかりのブレーキシューがどんどん減っていく……。でも命の方が大事だ。もちろん)、可能な限りスピードを抑えて下っていく。真冬の峠下りよりはマシだけど、濡れた身体が冷やされるというのもこれはこれで辛い。なんでこんなことやっているんだろうな、と思う。でもまずは生きて飯田まで辿り着かなきゃ……。

ということでなんとか飯田市に入る。大学の頃の同級生に飯田出身の男の子がいたな、と思い出すけれど、彼の連絡先は知らない(名前も忘れてしまった)。とにかく目に付いたコンビニに入って、安いレインコートを買う。ブルブル震えながら列で待っている僕を見て、レジのおばちゃんは動揺したのか、前の人のスキャンでミスをしていた(その人がまたいっぱい買っていたんだ……)。僕が来るとレインコートの外袋を外してくれる。「お手洗いをお借りしてもいいですか?」と訊くと、女性用の広い方を使ってくださいと言ってくれる。なんだかそういうちょっとした親切が身に染みる……。どうもかたじけな いです。はい……。

そこで濡れたリュックの中の乾いた衣服に着替え(濡れるのを見越してほとんどジップロックみたいな袋に入れていた)、買った透明なレインコートを上に着る。それで少しはホッとする。シューズカバーはAmazonで届くのが一日遅かったためになし。ビショビショのままである。でもまあ、それ以外は乾いている。16年前に買ってもらったノースフェイスのズボンの方も穿く。まあないよりはマシだろう(上の方はすでにビショビショだった)。ここまで来るとようやくホッとする。補給食を買って、お礼を言って、出発する(プラス、テムレスも着けた。中に軍手を着けて二重にした。濡れないし寒くなかった。ブレーキも握りやすい)。

峠を下ると雨も弱くなっている。やっぱりあの天気の急変は峠だからこそ、だったんだな、と実感する。ここからは小雨の中を進む。松本まで緩い登りが続くけれど、そんなにキツくはない。だんだん暖まってくる。さっきまでの震えが嘘のようだ。いやはや。こんなにしょっちゅう〈暑い→寒い→暑い〉を繰り返していたら身体に悪いよな、と思う。でも漕ぎやすくなったことは事実なので、どんどん進んでいく。

そして日が暮れ、深夜になってようやく松本に到着した。

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松本駅。5月2日、午前2時32分。
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松本城。午前2時44分。

松本という都市にはなぜか心惹かれるものがあった。サイトウ・キネン・フェスティバル松本(現「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」)。松本山雅FC。松本城(それくらいしか知らない……)。いずれにせよ八王子に住んでいるときに、猛スピードで通り過ぎていく「あずさ」を見て、ああ、この電車はこれから松本まで行くんだな、とよく想像を膨らませていた。その松本。駅の周辺は結構栄えていて(深夜だったけれど)なんとなく仙台っぽいな、と感じる(まあ僕からすればほとんどすべての地方都市は仙台っぽいのですが……)。でも少し離れるとすぐに田園風景が始まる。なかなか素敵な場所です。松本駅と松本城で写真を撮って、すぐに快活クラブ(ネットカフェ)へ。鍵付き個室は空いていなかったので、ブース席へ。それでも金庫とかもあったし、そんなに問題なさそう。シャワーを浴び、洗濯をして、アイマスクと耳栓をして、寝た。アイマスクは少し湿っていた……。慣れない環境でそんなにぐっすりとは寝られなかったけれど、まあ3時間くらいだろうか。なんとか少しは寝ることができた。濡れた衣服も洗濯して乾燥機にかけた。うん、悪くない。そして近くのコンビニで買った食料を胃に詰め込む。当然、胃もたれはひどくなっている。まあ仕方ない。だって食べないと動けないもんな……。

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今度はなんとかログを取れた。カロリーはもっと消費している気がする。荷物が重いからなあ……。

そしてまた出発。午前10時50分に快活クラブを出る。この日は気持ちよく晴れていた。予報を見るに、東京に戻るまで雨は降らなそうだ。いやあ、よかった。眠いけど、お尻も痛いけど、お日様の下で気持ちよく進んでいく。左膝は結構痛い。だから立ち漕ぎはほどほどにしなければならない。昨日震えていたのが嘘のように、すごく暑い。水分をこまめに補給する。坂道では迷いなくギアを軽いものに落とす。とにかく生きて帰れば100点だ、と自分に言い聞かせながら……。

基本的に国道20号を帰っていくのだけれど、合わせて4つ峠を登る(そして下る)必要がある。塩尻峠、富士見峠、笹子ささご 峠、大垂水おおたるみ 峠。600km以上走ってきた脚でこれらの峠を登るのは結構辛い。でも帰って自分のベッドでぐっすり寝るんだ! と自分に言い聞かせて、進む。ゴールデンウィークということもあってか、ほかのローディーやバイク乗りたちの姿が目に付いた。

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塩尻峠。5月2日、12時25分。
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富士見峠。14時53分。
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山梨県笛吹市、笛吹川。17時58分。素晴らしい夕暮れ。

甲府、笛吹、甲州……と来て、帰りの最大の難所、笹子峠である。もちろんここには「新笹子トンネル」というのがあって、そこを通れば山を登らずに済む。車は普通そっちを進む。しかし●●● 、である。ロードバイクには非常に危険だとのもっぱらの噂。プラス、せっかくここまで来たのだから登ってみたい。そういえば1年半くらい前に一度ここを登る計画を立てたことがあったのだけれど、そのときは冬季閉鎖中で、仕方なく青梅街道の柳沢峠の方を通ったのだった(あれもかなりキツかったけれど……)。今回はもちろん閉鎖していない。もう日はとっくに暮れてしまっているけれど……なんとか行ってみようじゃないか、と思う。

しかし暗い。ふもと のあたりまではまだ人家とかガソリンスタンドとかあって、ああ、意外と人住んでるんじゃん、とか思っていたのだけれど、あるポイントから完全に人気ひとけ がなくなる。本当に●●● 、人っ子一人いないのだ! これは正直かなり怖かった。時刻は午後8時くらいだったと思うのだけれど、街灯なんかないから自分のライトだけを頼りに進むしかない。枝が落ちていたり、路面が凸凹でこぼこ しているところがあって、そこはかなり気を付けて進む。しかしいずれにせよ静かだ。人なんかいるわけない、と思っているとなぜかラジオの音が聞こえたような気になってくる(たぶん幻聴)。カサッという音がする。鳥か何かだとは思うのだけれど……。車はみんなトンネルの方に行くから一台も来ない。いやあ……なかなか不気味だった。本当に異界の中に入っていくみたいな。昼間だったらこんな風には感じないはずなんだけどなあ……。

恐ろしく不気味で、脚が疲れているのに、ちょっとしか休まなかった。とにかく進み続ける。怖いから黒澤明の映画『一番美しく』でヒロインが歌っていた『元寇げんこう 』の歌詞を口ずさむ(ちなみにこのヒロイン役の矢口陽子はのちに黒澤監督と結婚している)。

四百しひゃく 余州よすう をこぞ る 十万余騎よき の敵、国難ここに見る 弘安四年夏の頃」

軍歌『元寇』 作詞・作曲:永井建子

問題は一番の前半しか覚えていないことで、その部分を繰り返し歌う。どうして軍歌なんかを? と思う人もいるかもしれないけれど、あの映画を観るとこのメロディーが頭に染み付いてしまう(ヒロインが徹夜でこの歌を歌いながらどこかにあるはずの未修正のレンズを探し続けるシーンがある)。

とにかく、お化けも熊も鹿もほかの「何か」も来ないでくれ、と願いながら、クルクルペダルを回していく。こんなところでパンクなんかしてられねえぞ、と思う。本当は峠の頂上で食べようと思って、この手前のコンビニで補給食を多めに買っていたのだけれど、とてもそんな気分にはなれない。サイコンを見ながらあと何キロ、あと何キロ、とそればかり考えていた。あたりは暗闇で、ちょっとしたものが人の顔に見えたりする。人間の想像力って不思議だな、とつくづく思う。でもそういえばあるポイントでふと上を見ると、お月様が(満月にちょっと足りないお月様が)僕を見下ろしていた。飛行機の光も見えた。それを見ると心底ホッとした。ああ、文明はちゃんと存在していたんだ、と。なんとかその光を励みに進み、ようやく頂上に着いた、と思ったらトンネルである。しかも明かりが一切ない。夜だから先は真っ暗で、本当に冥界への入り口みたいに見える。でも進むしかない。ということで、進んだ。いやはや。怖かったな……。

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笹子隧道ずいどう。通り抜けたあとに大月側から撮った。夜に見るとおっかない……。

そしてここから下りである。登りでかなり汗をかいているから、本当ならここできちんと重ね着をしなければならない。それくらい夜の峠下りは冷える。それはよく分かっていたのだけれど、写真を撮っていたら横の斜面からカサカサッという結構大きな音が聞こえた。「誰だ?」と言ったけれど、もちろん返事はない。熊かも。猿かも。鹿かも。鳥かも……。熊だったら嫌だな、と思う。ガサガサとリュックから上着を取り出しているときに襲われたりして……。闇の中にいるとなんだか心細くなってくる。ということでまずは下ってしまおう、と決める。人家があるようなところまで行けば、少しは安全だろう。そして……下る。やはり寒い。太い木の枝がたくさん落ちている。気を付けなければ……。長い。暗い。寒い。しひゃくーよすうをこーぞる、じゅうまんよきのてきー……。

 

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これを見たとき本当にホッとした。21時09分。大月市。

そして自販機の明かりが見えてくる。いやあ、よかった。文明のもと に帰ってきた。ここで乾いた服に着替え、さらに厚着する。レッグカバーも着ける。撥水機能に問題のあるゴアテックスのレインウェアも、防寒着としてなら使える(快活クラブで乾かしておいた)。あとはおお 垂水たるみ 峠だけだ!

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ここから大垂水峠まではほぼ下り。そういえば今回ハンドルのバーエンド(右側)に小さなバックミラーを取り付けた。いちいち角度を調整するのが面倒だけれど(立てかけたときとか、自分の膝が当たったりしてしょっちゅう動く)、これがあれば後ろに車が来ているかどうかすぐに分かる。特に下りのときは重宝した。いちいち首を曲げなくても確認できるというのは大きい(もちろん補助として使うべきなのですが)。僕はかなり後続車に気を使って走っていて、もし誰かが来たら極力左に寄る。そしてスピードを落として先に行かせていたのだけれど、これを誰もいないときにやろうとすると、今度はパンクの危険性が高まる。なにしろ路肩にはいろんな障害物やらへこ みやらがたくさんあるからだ。だから誰もいないときにはそんなに寄りたくはない。ということでミラーが結構役に立った。もちろん死角に車が入り込んでしまう場合もあるので、過信は禁物ですが……。

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お尻はすごく痛い。膝も痛い。首と肩と腰も痛い。眠気覚ましのためにコーヒーをガブガブ飲んだので、胃がひどくもたれている……。でももうちょっとだ、と自分を鼓舞して、ようやく大垂水峠にやって来る。軽いギアでクルクル回す。サドルに座っているとお尻がすごく痛い。でも立ち漕ぎすると左膝がズキズキと痛む。これはもう「お尻の痛み」と友達になるしかあるまい、と思って進む。もし元気なときに「お尻の痛み」が勘違いして部屋に来たりしたら困っちゃうよな、と変な想像をする。一人でふふふと笑う。「あの、こんにちは」とお尻の痛みは言った。
「え? どうして来たの?」と僕は言う。
「え? ほら、僕ら友達だって……」
「あれはあのシチュエーションにおいては君と友達になるしかなかったってことだよ。元気なときには用はない」
「でも……ほら、ケーキ買ってきたんだけど。一緒にオセロやろうって言ったじゃない?」
「あのときは頭がどうかしていたんだよ。寝不足だったし……」
「ひどい! こうやって僕はいつも嫌われるんだ!」
なんだかお尻の痛みが気の毒になってきちゃったな……と思いながら進む。追い越していったり、向かいからやって来る車たちはこんな時間にこいつは何をやっているんだ? と思っていただろうな、と思う。でも仕方ない。自分で決めたことだから、やり切るしかない。クルクルと、回せ……。

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ということで東京都。9年近く住んだ八王子市へ。奥の青い看板に「大垂水峠」と書いてある。0時20分。

大垂水峠をようやく越え、これで峠は全部登り(下り)終わったぞ、と思う。いやはや。疲れた疲れた……。でもここから50km以上走って出発点に戻らなければならない。浅川・多摩川沿いを行くつもりだから起伏はほとんどないけれど……あとは眠気、そして身体中の痛みとの闘いとなる。しかし最後の峠を登り切ったことで浮かれていたせいで、またしても厚着するのを忘れる。下っているうちにものすごく冷えてきて、身体がブルブルと震える。なんとかコンビニに寄って、「イートイン使えますか?」と訊いたけれど、その店では深夜は閉鎖してしまうのだそうだ(熱いカップラーメンを食べたかった……)。残念。しかし重ね着をして、漕いでいるうちにだんだん温まってくる。いやあよかったよかった……。

高尾山口駅あたりからはもう見慣れた景色である。そう、東京に来たばかりの頃、ここから新宿駅まで歩いたなあ(当時から変なことをしている)と思い出す。そのまま進み、一番最初に住んだアパートの近くを通る。すぐ辞めちゃったバイト先のスーパーの近く。そしてかなり長く勤めたコンビニの前……。当時の心持ちがありありとよみがえ ってきて、すごく切なくなってくる。もし自分が成功した作家になっていたとしたら、この気持ちはなかったのだろうか、と思う。いや、そうでもないのかもしれないぞ。若い頃のどこにも行かない気持ち。叶えられなかった希望。自己嫌悪。退屈な日々。それでも時に心を暖めてくれた、ちょっとしたお客さんとの会話……。川沿いの道は何度も何度も何度も何度もランニングした。いのしし だって見た。鹿も見たな、たしか。そう、この市役所の前の道で転んだ。1センチもない段差で転んだのだ。いろんなことを次々に思い出していく……。

でもまあ感傷にふけ っているような余裕は本当のところない。眠気がひどく、お尻もかなり痛い。でも途中からは「お尻の痛みは存在して当たり前なのだ」と自分に言い聞かせて走った。逃げようとするな。逃げようとするからおかしくなるんだ。甘んじて受け入れよ。そしてもも を上げろ!

そう、またしても「腿上げ隊長」の出番である。大きい筋肉を動かすようにする。押すのではなく、引く●● ようにする。うん、これならなんとかなるぞ……。最後に狛江こまえ の公園でトイレに行き、補給食を食べ、コーヒーを無理矢理流し込む。気持ち悪くなるけれど、仕方ない。フラフラになってぶっ倒れるよりはマシだろうと言い聞かせる。そのあと川崎側に渡り、しばらく進む(ここが長く感じた……)。早起きの人々がウォーキングやランニングをしている。だんだん東の空が白んでくる……。丸子まるこ 橋を渡って、また東京側へ。このあたりから先は最近よくランニングしているコースなのだけれど、なんだかいつもと違って見えてくる。自転車だというのもあるし、明け方だというのもあるし、意識がフラフラしているというのもある。いずれにせよ違う街みたいに見えた。そして昇ったばかりの朝日に照らされた川や、橋や、ビル群はそれなりに綺麗に見えた。そして……ゴール! なんとか辿り着いた。5月3日、日曜日、午前4時30分。いやはや。疲れた疲れた……。そして眠い。

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そういえば事前にRide with GPSでルートを作ったときは238kmだったのだけれど、実際に走ったら約228kmだった。回り道をしたりすることはあるから、増えるのは分かるのだけれど、どうして10kmも減ったのだろう? 謎である。あるいはちゃんと記録が取れていなかったのかもしれない。まあいいや、でも。そんなことは……。

松本から東京までサイコンによれば227.97km走った。4日半で合計822.2km走り、7,266m登ったことになる(もしRider 550が正しければ)。とりあえず無事帰ってこれてよかった……。玄関ドアの前にはAmazonで買った防水シューズカバーが置かれていた。ちょっと遅かったな……。残念。

正直今回の旅は行くかどうか結構迷っていたのだけれど——やはり俺は小説を書いているべきではないのか?——行って戻ってきてみると、ああ良かったな、という気持ちになっている。ここではない別の場所に行って、実際にそこにあるものを見る。音を聞いて、匂いを嗅いで……。できれば知らない人と会話を交わして……。細かいミスも結構あったけれど、いい経験だったと思う。着いたその日はもちろんほぼずっと寝ていた。でもなかなか一気に長くは寝られなくて、1時間半おきくらいに目覚めてしまう。だから洗濯とか、片付けとか、いろいろとやっていた。そこから2日経ってもまだ膝が痛い。まあ仕方ないか、これは……。次にまたこんな長い自転車旅行をするかどうかは分からないけれど、するとしたらもっと上手くやりたいな、と思っている自分がいる。帰ってきた直後はこんなこと二度とやるもんか、と思っているのに、不思議なものである。自力で遠くに行く、という行為にはそれだけの魅力があるのかもしれないなあ……。ほとんどずっとペダルを漕ぎ続けているだけではあるのだけれど。

これから自分の人生がどういう方向に進んでいくのかは分からないけれど、この粘り強さというか、しつこさを有効に活かしていきたいな、と思っている今日この頃です。
それでは、皆様。お元気で。

東京→名古屋→松本→東京の旅 【ロードバイク:計822km】|村山亮

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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