「だるまさんが・・・コロンボ! だるまさんが・・・コロンボ!」
「もう! 村山君! ちゃんとやってよ! これじゃあ全然先に進まないじゃない!」
「ごめんミキちゃん。ユミちゃん。トミカズ君。悪気は全然なかったんだ。だけど舌が勝手に・・・」
「いや、嘘だね」とトミカズ君。「君はいつもひねくれたことばかりしているじゃないか? 昨日のかくれんぼのときだってそう。全然隠れないで、ただ目だけ覆って、これで全世界が僕から隠れたのさ、なんて言っていたじゃないか? どんな哲学者なんだよ?」
「どんなって、実証主義者さ。自分の目に見えるものしか信じない。実はね、地球だって存在しないんだぜ。知っていたかい? 田舎者たち」
「そんなの嘘よ」とミキちゃん。「だって理科の教科書にちゃんと写真が載っていたもの。地球は丸くて、青くて、それで・・・宇宙に浮かんでいるの」
「でも地球はすんごく重いよね」と僕は――子どもの頃の僕は――言う。「だったらどうして浮かんでいられるの?」
「それは・・・」とミキちゃんは言葉を失う。
「宇宙には重力がないから」とユミちゃんが勝ち誇ったような顔で言う。
「それだって嘘だね」と――子どもの頃の生意気な僕は――言う。「そんなのは嘘だ。重力はちゃんと宇宙にだってあるさ・・・。いや、違ったな、重力なんて最初から存在しないんだった。ニュートンのリンゴの話だって嘘なんだ。彼は全部それを食べちゃったのさ。いいかい? あれは全部CIAの陰謀なんだ。君たちは騙されているのさ」
「そんなことあるもんか」とトミカズ君。
「いや、そうなんだよ。実は」と僕は英語で書かれた秘密文書を取り出して言う(実は全然読めない)。「ここに書かれていることによるとね・・・ふむふむ。CIAは政府とケッタクして、子どもたちを機械に変えることに決めた。そのために教科書ででたらめを教える。そのうち子どもたちの脳味噌は豚のケツみたいに――いや、失礼。レイディの前で。ええと・・・豚のお尻みたいに――役立たずになる。そうするとどうなる? 大人になったら女たちは工場でひたすら働かされて――一日に干からびた食パン一枚と、賞味期限切れのピーナッツバターしか支給されないんだぜ?――男たちは兵士にされる。男たちはスリランカに派遣されて、そこでインド軍と戦うのさ。支給されるのは一日にナン半分と、あとは賞味期限切れの〈ねるねるねるね〉だけさ。ところで賞味期限切れの〈ねるねるねるね〉って食べたことあるかい? あれはね、たとえるなら魔女の足の裏に・・・」
「そんな話聞きたくない」とユミちゃんが憤慨して言う。「ねえ、村山君。あなた病院行った方がいいんじゃない? 先生も心配していたわよ。彼はちょっとクウソウヘキが強過ぎるって」
「まさか。というかもう二回も行ったよ。そこで病院の先生をコテンパンにやっつけてやったがね。ちょっと意識に細工をしたのさ。彼は今では自分のことをカレーパンだと思っている。ああ、だから最近やけに日焼けしていたのか、って納得していたよ。あんなの全然屁でもない」
「でもさ、君がいろんなこと知っているのは分かったからさ、ここはちゃんと遊ぼうよ。なにしろ遊ぶのが子どもの役目なんだから」
「まあそれは普遍的な事実だな」と僕は言う。「じゃあ君たちのレベルに落としてやっていいから、続きをやろうじゃないか」
「ちゃんとやってね」とミキちゃんが言う。
「オーケー。ちゃんとやるよ」と僕は言う。そして後ろを向く。「だるまさんが・・・転んだ!」
でも振り返ると、誰もいなかった。公園はガランとして、質量を持たない静けさだけが、あたりを支配していた。何かがおかしい、と僕は思う。でもその「何か」が分からない。どうしてこんなことになったのか。あるいはCIAが僕の存在を嗅ぎつけたのか・・・。
「ねえ、びっくりした?」とすぐ足元でユミちゃんが言った。見ると三人とも、本当にすぐ足のそばにしゃがみ込んでいる。あんなスピードで、音も立てずに移動できるなんて。こいつらは何者なんだ? もしかして・・・。
「実は僕らはスリランカ軍のスパイだったんだ」とトミカズ君は言う。「君が戦力になるかどうか、この四年間というもの、じっと観察してきたんだ。そこでさっき指令本部から最終的な命令が届いた。〈彼をリクルートしろ〉ってさ。まったく愚鈍な田舎者の振りを四年もするのは飽き飽きしたよ。そうだろ? ミキちゃん?」
「そうよ」とミキちゃんは立ち上がりながら言った。「まったく。また人生を一からやり直しているような気分だったわ。あなたが無意識に〈だるまさんがコロンボ〉と言ってくれて、どれだけ助かったことか」
「それは・・・つまり?」と僕は訊く。まだ事情が分からない。僕はただ自然にコロンボと言ってしまっただけなのだ。
「それがキーだったの」とユミちゃんは言う。「私たちは四年かけて、あなたの意識を改変してきたのよ。スリランカの気候に合うようにね。そしてあっちでは、世界の基本的なルールも違っているから」
「そのせいで最近スリランカの夢を見るようになったのか!」と僕は合点がいって言う。「それにスパイスがないのに、いつもスパイスの香りがしていた・・・」
「脳に錯覚を起こさせていたのさ」とトミカズ君が言う。「CIAはそれくらいのことはできるからさ。ところで〈だるま〉って何の略か知っていたかい?」
「だるま? それは・・・」と言って僕は頭を振り絞る。「ええっと。〈だいたいまあ、るくせんぶるくって、まだましな方じゃないか?〉これで決まりだ! ひどく分かりにくい略だね」
「君にはユーモアのセンスがあるよ」と冷ややかにトミカズ君が言った。「本当はね、それは・・・」
その瞬間爆撃の音が鳴った。ものすごい破裂音だ。「インド軍だ!」と言って彼ら三人は瞬時に姿を消した。僕も急いで移動したかったのだが、どうしても彼らのようには速く動けない。給食を三杯もお代わりしたせいだ。まったく。米が美味しいのが罪なのだ・・・。
ふと目を上げると、僕の担任のタグチマル先生が立っていた。タグチマル先生の本名は田口というのだけれど、丸い顔をしていて、丸い眼鏡をかけている。それでみんなにタグチマル、タグチマルと呼ばれているのだった。彼本人はまんざらでもなさそうだったが・・・。
「タグチマル先生!」と僕は言った。「どうしてここに・・・?」
「それは君をリクルートするためさ」と彼は丸い眼鏡をちょっと触りながら言った(それが彼の癖なのだ)。「実は私はKGBのスパイでね、この四年間というもの、君をインド軍に適した人間になるよう、ずっと教育してきたんだ。それがついさっきスリランカ軍に取られそうになったものだから・・・」
「僕は優秀だから、みんな欲しがるんだ」
「まあそういうことだな」と彼は言った(彼は知らぬ間に白いターバンを巻いていた)。「さて、我々の報酬は週に一度のドライカレーに、週に七枚のナンだ。結構良い待遇だろう?」
「それはそうだけど・・・」と僕は言った。「ところで〈だるま〉って何の略だったんだろう?」
「ああ、例の奴らのあれか。あんなのはね・・・ええと、きっとたぶん・・・〈駄目な奴は・・・類語辞典を開いても、まあ駄目だ〉。こんなところだろう」
「先生センスないね」
「なんと! そんなことを!」
「僕はスリランカ側に付くよ。そこで例の略の本当の意味を教えてもらおう」
「もう一枚ナンを付けるよ」
「人はパンのみにて生きる者にあらずってキリストが言った」と僕は言う。
「そう。ナンも必要だしな。カレーも」
「ところでさ。CIAとKGBはインドとスリランカを戦争させて、どうしたいんだろうね?」
「それは・・・」と先生が言ったところで目が覚めた。僕は教室にいて――五時間目の社会の授業だった――机につっぷして寝ていた。顔を上げると例のタグチマル先生がじっとこちらを見下ろしていた。僕ははっとして居住まいを正した。
「それで、君に質問していたんだがね。スリランカの首都はどこかな?」
「ころんぼ」と僕は言った。「だるまさんがコロンボ!」
みんながクスクス笑うのが聞こえた。軍のスパイたちだ。僕はそれを知っている。
「なんだそのだるまさんが、ってのは」とタグチマルは二コリともせずに言った。「それにスリランカの首都はコロンボじゃない。昔はそうだったがもう変わったんだ。今は・・・」
「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」と僕の一つ後ろの席でトミカズ君が平然とした口調で言った。「〈スリ〉というのは〈聖なる〉という意味で・・・」
「分かっている、分かっている」と言ってタグチマルは悔しそうに教壇に戻っていった。僕は後ろを向いて、サンキューと言った。トミカズ君は無表情で、僕に紙を渡した。そこにはこう書かれていた。
「戦いはすでに始まっている」と。
ところで「だるま」って何の略だったんだろう・・・?