一人の盲目の詩人が

一人の盲目の詩人があちらの世界へと移動するのだが

彼はその事実に気付かない

あちらの世界とは死者の世界だ

黒い太陽が地表を照らし

死んだ風が吹き渡る

海はよど

川は流れない

時計塔は

同じ時刻を指し続けている

盲目の詩人は

盲目であるだけでなく

耳も聞こえなかったのだが

その分想像力の中に生きていた

だから死んだとき

自分が移動を成し遂げたことに気付かなかったのだ

彼は内的時間と

外的時間のはざに立ち

ぴょんとその敷居を飛び越える

気付くと彼はあちら側に移動している

彼は記憶の堆積した街を歩いているのだと思っているが

その実

死者の世界を旅しているのだ

そこで彼は目でものを見ることができるし

耳を使って音を聞くこともできる

自由に走り回ることもできる

彼は実際のところ

ものすごく若くなっている

でもそれはいつも詩を書いているときに経験している状態だったから

何ら不自然なところがあるとは思えない

また時間が経てば

もとの何も見えない日常に戻るのだろうと思っている・・・

彼は石畳の街路を歩いていたのだが

その途中で、一人の死者に出くわす

それは彼の母親だった

なぜかすごく若くなっている

そう、ちょうど、今の彼と同じくらいに

あら、と彼女は言う

久しぶりじゃない、と

元気? 母さん、と詩人は言う

僕はここではものを見ることができるし

音を聞くこともできる

なにしろ想像の世界だから

それに対して彼女は何かを言おうとするが

思いとどまってやめる

あまり長くいちゃ駄目よ、と彼女はその代わりに言う

あんまり長くいると、帰れなくなっちゃうからね

はいはい、と詩人は言う

そして元気に先に進んでいく

母親は、その後ろ姿を見送っている

盲目の詩人は石畳の広場に辿り着く

その中央には奇妙な人間が立っている

一見木のようにも見えるが

本当は木ではない

近づいてみて分かったのだが

それは二人の人間が背中合わせにくっついた、不思議な男だったのだ

木のように見えたのは

両腕をピンと伸ばして(まるで枝のように)じっと動きを止めていたからだ

彼らは――というのも表と裏のことだが――二人とも目を閉じていた

もしもし

と詩人は言う

あなた方はどうして二人で一つなのですか?

表が目を開けて言う

別に俺たちが望んだんじゃない

あの黒い太陽がやったのさ

裏が目を開けて言う

誰もこんなこと望んじゃいない

意地悪な神様がやったことさ

神様なんかいない、と表が言い張る

これをやったのは太陽だ

太陽じゃない、と裏が言い張る

やったのは神様さ

お前見なかったのか?

お前なんか死んじまえ、と表が言う

いつも俺の邪魔ばかりしやがって

邪魔をしているのはそっちの方さ、と裏が言う

俺の反対のことをするのが生きがいなんだ

ほかに何もできないくせにさ

まあまあ、と詩人はなだめる

あなた方は、本当は自由になりたい?

もちろん、と表が言う

自由になりたいね

俺はこいつから離れたいだけさ、と裏は言う

それ以外の望みなんかないね

じゃあこうしてみたら、と詩人は思いついて言う

あなた方の心臓を僕が取り出す

ふうん、と表が言う

それで? と裏が言う

それで・・・その心臓を真っ二つに割る、と詩人は言う

真っ二つに、と表が言う

それで? と裏が言う

僕がそのそれぞれに息吹を吹き込んで、あなた方に返す

あなた方はそれぞれ独自の心臓を獲得することになる

そううまく行かなかったら? と表が言う

二人とも死んだら? と裏が言う

でも今よりましでしょう、と詩人は言う

永遠に縛り付けられているよりは

たしかに、と表が言う

やってみないよりはましかな、と裏が言う

詩人はふところから鋭いナイフを取り出して

二人ふたり人間」の胸の真ん中を切り裂いた

そして手を突っ込み

そこから一つの鼓動を打っている心臓を取り出した

二人は黙り込み

ただじっと事態の推移を見守っていた

詩人はその心臓を地面に置き

真ん中から真っ二つに割る

すると中には不思議な色をした球体が眠っていた

まん丸で、透明だ

かと思うと、白く濁る

かと思うと、黒く濁る

また透明に戻る・・・

これは、一体・・・と詩人は思う

二人の男がドシンと音を立てて倒れる

表はこちら側に

裏はあちら側に

背中ののりがれたのだ

二人とも死んだ、と詩人は思う

俺は、こうして、彼らの中枢なるものを手にしている

これは、一体・・・?

その透明な球体に彼は息吹を吹き込もうとする

でもそのとき自分に何も残っていないことを知る

彼は死んでいたのだ

すでに

彼はようやくそのことを悟ったわけだが

さほど残念だとも思わなかった

なぜならまだ内的な時間は流れ続けていたからである

だとしたら

死とは

永遠に夢を見続けることと同義なのではないか・・・?

ドクン、と球体が鼓動を打った

彼はただそれを見つめている

表の男と裏の男はすでに白骨になってしまっている

真っ白な、骨

これはこれで気持ちの良いものだな、と彼は思っている

もはやどっちがどっちでも変わりはない

ただの

骨だ

白い

骨・・・

ドクン、とまた鼓動を打った

彼はそれを思い切って呑み込む

ほとんど何も考えずに

ただ

呑み込む

その詩人が見た夢があなたなのだ

そう

今そこにいる

あなた

僕はそのことを知っている

たしかに

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

2件のコメント

  1. いつも楽しく拝見させていただいています。今回の詩は、なんとなく自分にも当てはまるのかなと読んでいて思いました。ただ全部がわかるわけではなく、後半はよくわからなかったのですが、でもそれでいいのかもしれません。誰にでもわかる必要はないし、その作品がいいものである必要もないのかなと思いました。

    1. Hayakawa様。どうも申しわけないです。ただ僕はここに載せる詩を一種の実験だと思って書いています。というかまあ浮かんできたものを載せる媒体がここしかないので、とりあえず無料だしいいか、という感じです。はい・・・。
      それでもここに書いて、より発展の余地があると思ったモチーフはいずれ長い小説で使います(というか勝手に出てきます)。そうでないモチーフは眠っていてもらいます。それもまた、いずれどこかで——あるいは十年後くらいに——ムクムクと起き上がってきてくれたら、これはもう言うことはないのですが・・・。

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