2018年10月20日、土曜日。朝6時半頃に起きて、軽く朝食を食べる。いつもは土曜日に約18キロのランニングコースを走る。もっとも今日は昨日宣言した通り、恵比寿で開催されるLive Magic(12時開場、13時開演)に行く予定なので、普段よりは距離を短くしようというつもりだった。そもそも最近走り過ぎて身体の免疫力が落ちかけてきたところだったので、まあ負荷を軽くするにはちょうどいい頃合だった。しかしいざカーテンを開けて、そこに広がる気持ちのいい青空を見ると、「これは走らずにはいられないぞ」という気分になってきた。ということで午前7時くらいに家を出て、いつもの川沿いの道を音楽を聴きながら走った。
距離は正確には17.93キロ。意図してあまりペースは上げないようにする。目先のタイムよりも、一歩一歩確実に前に進んでいくことを意識する。長い目で見れば、それがきっとより重要なことであるはずだ、と最近学んだのだ。
折り返して河原の道を走っていると、そのちょうど真ん中に白線が引かれていることに気付く。昨日はこんなものはなかった。それはたしかだ。そのときすぐ近くに設置された看板に目が止まる。それによれば、どうやら地元の小学校の持久走大会があるということだった。そうか。これはそのための白線なんだ。もちろん僕としてはその大会に反対する理由などないのだが――自分だって昔同じような大会で走ったのだから――にもかかわらず、なぜか胸が少しだけ圧迫されるような気分になる。ただ道の真ん中に石灰で白線が引かれただけなのに、なんとなく自由が半分消えてなくなってしまったように感じる。だからそこだけペースを上げて、できるだけ早く通り過ぎた。でもこれはただの個人的な感覚に過ぎない。決して学校の持久走を否定しているわけではないです(そもそも僕は昔持久走が結構得意だった)。
そのあと帰ってシャワーを浴び――いや、そうではなかった。その前に専用のベンチを使って(プラス重りを持ち)腹筋と背筋を鍛えたのだった――洗濯物を干してしまったあとで、家を出た。何を持っていくかで迷ったのだが、できるだけ荷物は少ない方がいいので、簡単な着替えだけを持っていくことにする。今日はこのサイトの共同運営者である宮田氏の部屋に泊まることになる。彼の部屋に行くのはずいぶん久しぶりのことだ。
自転車でJR八王子駅付近まで行き、そこから少し歩いて京王八王子駅に向かう。そこから京王線に乗って一路新宿駅まで行く。中央線より(少しだけ)安いし、早い。天気のいい土曜日ということもあってか、都心に近づくにつれて乗客はどんどん増えていく。新宿駅で山手線に乗り換え――普段電車に乗らないので、きちんと乗り換えができてほっとする――恵比寿駅まで行く。そこまでは大体10分くらいだ。もっと時間がかかるかと思っていたのだが、予想よりずっと早く着いた。長い距離を走ったあとなので(バナナを一本食べてきたとはいえ)腹が減り始めている。でもまだ何も食べないことにする。Live Magicの会場では珍しい国の料理(たとえばイスラエルとか)が食べられる、とサイトにはあった。とりあえずそこでいろいろと試してみよう。
駅前にある地図を眺めていると、おばあさん二人組に声をかけられ、道を尋ねられた。僕もここは初めてなんですよ、と言って頭をかく。申し訳ないんですが・・・。いやいや、こちらこそお手数をおかけして申し訳ありませんでした、と言って彼女たちは去っていった。お力になれるとよかったのだけれど。
十月末の都心は結構寒い。上着を脱いでいると、冷たい風が肌に染みてくる。かといって歩き続けることを考えると、上着を着るにはまだ少々暑いような気がする。まあ微妙なところだ。もっともちょっと歩いただけで、あっという間に会場の恵比寿ガーデンプレイスに着いてしまう。この辺は閑静なオフィス街といったところ。着いたのはちょうど開場時刻の12時頃だったので、入り口付近には長い列ができていた(客層を見ると、やはり四十代以上の中高年の方が多い)。若い運営スタッフの声がビルの隙間にこだまする。もっとも僕は生来行列に並ぶのが苦手ときているので、あえてそこを通り過ぎて一人ベンチに座り、キンドル形式にした執筆途中の小説の見直しをしていた。こんな風に見返していると、なにもかも直すべきであるように思えてくる。でもきっと悪くない部分も多少はあるはずだ(と都合よく自分を励ます)。しかしこういうのは本当は、もっとちゃんと集中できる環境でやるべきだよな。
そんな風にして15分ほど経ったあとで、ようやく会場に入る。チケットを見せ(ふふふ、アルバイト先のコンビニで発券した)、緑色とオレンジ色の紙製のリストバンドをもらう。オレンジの方は明日の分だからなくさないようにしてくださいね、ということだった。はい、分かりました。
中に入るとタイムスケジュールの書かれた簡単なパンフレットを渡される。そしてその前方奥のスペースではさっそくTシャツなどのグッズも販売している。僕はここで一枚のTシャツを買った。いつもはあまりそういうものは買わないのだが、まあ一年に一度だからいいか、と思って(完全に運営側の罠にはまっている)。ちゃんと着るかどうかは謎なのだが。
そのあと三階のホールに移動する。今回のLive Magicでは会場が三か所に分かれている。食事を取りながら観ることができる「ラウンジ」(正式にはLounge Stage、三階)と、最も規模の大きな「ホール」(Garden Hall Stage、三階)。そして一階にあるライブハウスのような雰囲気の「ルーム」(Garden Room Stage)だ。各ステージの開演時間はできるだけ重ならないよう組まれてはいるのだが、出演者数の関係上どうしてもどちらか一つを選ばなければならない場合もある。それは正直結構残念なのだが、まあ仕方ない。
ラウンジにはさまざまな国の料理を出す店が並んでいる(といってもごく簡単な盛付け用スペースがあるだけである。もちろん別の場所で作ったものをここに運んでくるのだろう)。正面には大きなステージがあって(ここで演奏が行われる)、その手前にいくつかのテーブルと椅子が、まるでレストランのように設置されている。もっともそこはすでに早く来た人々に占領されていて、僕のようにあとから来た人間は座ることができない。多くの人々は料理を食べながらすでにビールを飲んでいる。僕はあまり酒を飲む方ではないので、とりあえずジンジャーエールを頼む(これは結構高かった・・・)。そしてニューオーリンズ名物である「ガンボ」という名のスープを頼む。魚介類が入った茶色のスープで、米も入っている。そのあとイスラエル料理であるという謎のサンドイッチも食べた。なんにせよこれで胃は満たされたわけだ。
その後ホールに移動し、民謡クルセイダーズがやって来るのを待つ。会場はすでに多くの人々で賑わっている。ピーターさんが少し出てきて、挨拶をする。協賛の関係もあって、いろいろと言わなければならないことが多いらしい(Volvoやプルームテックの説明があった)。そしていよいよライブが始まる。いきなり民謡クルセイダーズが出るというのは(特に僕のようなほかのライブにあまり行ったことのない聴衆にとっては)なかなかうれしいことだ。というのも彼らの楽曲はキャッチ―だし、ノリもよくて、このイベント全体のつかみとしてはまさに適任であると思うからだ。彼らは去年に続いての参加ということになる。10人という大所帯で、ラテンのリズムに乗って日本の古典民謡を歌う。たとえば「串本節」とか。僕は以前ピーターさんのラジオでこのバンドの曲を聴いて、すぐにファンになった。なにしろそのグルーヴがすごいのだ。ボーカルのフレディ塚本さんの歌ももちろんとても良い。
もっとも始まってすぐに思ったのは、音量があまりにも大きすぎないか、ということだった。これはなにも民謡クルセイダーズの罪ではない。おそらく僕がこういった種類のライブに来るのが初めてだった、ということもあるのだろう。だから耳が慣れていないのだ。しかしなにもあそこまで増幅しなくてもちゃんと聞こえるのにな、とやはり思ってしまう。まあいずれにせよ、すでに始まってしまったものは仕方がない。
久しぶりに聞く生の音楽はやはり心地よい。大音量である、ということを抜きにしても、彼らが楽しそうに演奏している姿を見るだけで、ここに来た甲斐はあったかな、と感じられてくる。そういえば彼らはもともと福生を拠点に活動していたはずだ。だとすると「東京都郊外組」という点に関してはまあ一応同種族なわけだ。もっとも八王子と福生とでは雰囲気もまた結構違うのだろうが(ちなみに僕はまだ福生に行ったことがない)。
前述したように演奏は素晴らしかったものの(特にボンゴの女性の動きが素晴らしかった)あまりにも音量が大きすぎてフレディさんの声がうまく聞き取れなかった。ホーンセクションもとても楽しそうに演奏していたのだが、こうまで音が大きいとちょっと耳が痛む。そこで何をしていたか、というと、ずっとベースの音を聞いていた。ベースの彼(”Daddy U” とある)はルックスに似合わず――といったらきっと失礼だろうが――とても格好良い演奏をする。それにあの低音ならあれだけ増幅されても音が割れることはない。彼の動きは見ているだけで結構楽しかった。音楽を心から楽しんでいる姿勢が直に感じ取れたからだ。決して派手な演奏ではないけれど、バンドを下から支えているという感じがしてとても頼もしかった。そういえば彼は去年演奏中に三本も弦を切ったという強者である。もっとも今年は去年の反省が生かされたのか、最後まで弦は切れることなく無事に終了した。ということで民謡クルセイダーズの演奏は概してとても楽しかった(特に「会津磐梯山」と「炭坑節」を生で聴けたのはうれしかった)にもかかわらず、耳がちょっと痛くなるという結果に終わった。そしてその問題はこのあと別なステージでも繰り返されることになる。
次に聴いたのがFlook(フルーク)の演奏だ。ほかの人たちに続いて一階のルームに移動する。その途中でふと耳に入ってきた濱口祐自のリハーサルのギターがものすごく格好良くて、このまま三階に残って聴いていこうかとも思ったのだけれど、彼の演奏はまた明日も聴く機会があるので、今日のところはひとまず一階に降りることにする。きっと同じことで迷った人はほかにもいるはずだ。
Flookは四人編成のバンドで、メンバーは北アイルランドおよびイングランド出身、ということだった。一人がホイッスル(フルートの縦笛版のようなもの)を吹き、もう一人、女性がフルートを吹く。三人目はアコースティックギターで、最後の一人が「バウロン」というアイルランド特有の片手で――というか片手で握った棒のようなもので――叩く一種の太鼓を担当する。ボーカルはいない。完全なインストゥルメンタルバンドである。
曲はもちろんケルト音楽。僕は以前にもピーターさんの番組でこの種の音楽を聴いていたのだが、これはこれでとても心地の良いものだ。単なる伝統音楽、とは言い切れないものがある。特にスピードが上がってくると、バンド全体が一気に熱を帯び、それが聴衆にもビンビン伝わってくることになる。
幸い今回は基本的にアコースティックの楽器が使われるということもあって、音量が大きすぎるということはなかった。それで安心して聴いていたのだが、今度はだんだん眠くなってきた。午後二時過ぎ。普段なら部屋で昼寝をしている頃だ(もちろんアルバイトがないときは、だが)。今日は早く起きて長い距離を走ったから、そろそろ脚も疲れ始めている。まったく。もっと体力を温存しておくべきだったな、と思ったが、時すでに遅し。もうどうしようもない。演奏の方はほとんど名人芸の域に達していた。ホイッスル奏者のブライアン・フィネガンの指の動きはシュールレアリスティックなくらいだったし、バウロン奏者のジョン・ジョー・ケリーに至っては、どう考えても両手を使って叩いているとしか思えない音を、片手に握った棒だけで弾き出している(ちなみにもう片方の手で太鼓本体を持っている)。ケルト音楽の神髄を見たような気がする。
そんな中多少うとうとしていると、フルートを演奏していた女性(セーラ・アレン)がある曲で突然アコーディオンに持ち替えた。そのあとはすごかった。スピードが上がり、それにつれて聴衆のボルテージも上がっていく。忍び寄っていた僕の眠気も、そのおかげで一時的にどこかに吹き飛んだ。これは今回の出演者全員にいえることだけれど(といってもまだ一日目なのだが)、そのテクニックには目を見張るものがある。さすがピーターさんが選んだだけのことはある。
やがて演奏が終わり、拍手をして、ルームを出た。なかなか楽しかった。こんな演奏にはそうそう出会えるものではない。
そのあたりでこのサイトの共同運営者の宮田氏と合流する。彼は少し遅く来て、三階で濱口祐自さんの演奏を聴いていた、ということだった。それはそれでうらやましい。ちなみに僕はそもそも彼を誘うつもりはなかったのだが――チケットだって高いし、それに音楽は一人でも聴ける――翌日に資格試験を控えているにもかかわらず、今回多少無理をしてこちらに来てくれた。感謝したい。
二人揃ったところでまたホールへと行き(ここが最も大きな会場だ)、高田漣のバンドの演奏を聴く(四人編成)。高田漣さんは以前細野晴臣さんのラジオに何度か出演していて(細野さんのバックバンドとして海外ツアーに同行したということだった)、僕はその放送を聴いていた。さらに今回メンバー紹介のときに初めて知ったのだが、バックでベースを弾いていたのは誰あろう伊賀航さんだった。僕はその同じ細野さんのラジオ番組(”Daisy Holiday”)でこの人の声を聴いて以来のファンなので(とても独特な話し方をされる。ちなみに我々二人と同じ宮城県出身でもある)すごく驚いた。静かで、穏やかそうな方だった。
高田さんの一曲目は大瀧詠一作曲の「びんぼう」という曲だった。これは歌詞を見ればわかるように、とても楽しい。そのほかにもいろいろな曲をやった。「ハレノヒ」という曲が彼の(低めの)声には一番合っていたような気がする。僕はラジオで事前にこの曲を聴いていたので、生で聴くとなんだかとてもうれしい気分になった。
なおこのバンドの演奏において僕が最も注目していたのは、ドラムスの伊藤大地さんの動きである。とても細い身体付きなのだが、俊敏で、シャープな動きをする。もちろんそこから出てくる音も素晴らしい。単純なテクニック、というだけでは言い切れないものがそこにはある。ボーカルやリードギターが注目されがちだが、こういう、バンドを下支えするリズム隊の動きが間近で見られるというのもライブのいいところだ。そういえば彼はステージの中盤あたりで、ドラムを叩きながらとても上手い口笛を吹いていた。あれはすごかったな。
それが終わるとホールのすぐ外にあるラウンジでGarikayi Tirikoti(ガリカイ・ティリコティ)の演奏を聴く。ああ、そうだ、その前に宮田氏と二人でサンドイッチのようなものを食べたのだった。僕が頼んだわけでもないのに、わざわざ彼が買ってきてくれた。そういうところは彼らしい。僕はいつも彼に貸しばかりつくっている。
そしてあらためてンビラ(親指ピアノ)奏者のガリカイさんの演奏だ。今回は六人編成。日本人の方が三人入っている。例の独特な英語での挨拶もあった。もっとも日本人の方が丁寧に通訳をしてくれたのだけれど。演奏そのものは素晴らしかったのだが――どうしてあんな小さな楽器一つでこんなにたくさんの音が出せるのだろう?――ここでもやはり僕には音量が大きすぎるような気がした。やっぱりこれは慣れの問題なのかな?
ンビラの不思議な音色は耳に心地良い。親指で弾き出された鈍い金属製の音色は、宙をまっすぐ飛んで我々の意識に優しく着地する。ガリカイさんはそれに合わせて歌も歌う。たしか先祖を称えるような内容の歌だったと思う。鳥の羽で作った冠をかぶっているその姿を見ていると(ちなみにアフリカ出身の方はあと二人いて、一人がンビラ、もう一人がリズミカルなマラカスを担当していた。彼らもまた同じような冠をかぶっていた)、すぐそこにアフリカの大地が出現したようにも思える。考えてみれば東京の真ん中なのにね。
そのように演奏は素晴らしかったのだが、また別の問題が生じてきた。そろそろ意識の集中力が切れかけてきたのだ。脚が疲れてきた、ということもある。大きなリュックを持ったままオールスタンディングのライブを聴き続けるというのはさすがにちょっと疲れるものだ。それに午前中に18キロ(正確には17.93キロ)走ったということもある。それで少し脇に移動し、そこに並んでいた椅子に座って身体を休めることにした。残念ながらここからでは演奏者の姿はまったく見えない。しかしこの通路のような場所に来なければ、ほかに座って休むことのできるスペースを見つけられなかったのだ。見るとほかにも何人かの人々がそこで身体を休めている。何かを食べている人もいれば、ただじっと目をつぶっている人もいる。座って観られるならともかく――もっとも各会場にはある程度の椅子が設置されている。しかしそれもあっという間に埋まってしまう――ずっと立ったままでいると、さすがに少々くたびれる。それに人間の集中力――というか少なくとも僕の集中力――には限界がある。この時間にはちょうど下の階で中村まりさんが歌っていたのだが(漏れ聞こえる音から察するに、結構盛り上がっているみたいだった)、結局ガリカイさんとともに、残念ながら今回はパスすることになった。仕方ない。ここは少し休んで、このあとのJon Cleary(ジョン・クリアリー)とZydefunk(ザイドファンク)に備えなければならない。
今回学んだ二つの教訓。(1)体力と気力には限界がある。(2)だからある程度興味の範囲を絞らなければならない。
これが一つのバンドのワンマンショーだったらさほど問題はないのだけれど、これだけの数の出演者がいるフェスティバル(といっても規模としてはかなり小さい方なのだが)ともなると、全部をみっちり最初から最後まで聴くというのは、僕にはちょっと無理がある。当初はもちろんそういう計画でいたのだけれど。
ということでしばらく休んだあとに、今回のメイン出演者ともいうべきJon Cleary(ジョン・クリアリー)の演奏を聴くことにする。
場所はもちろん最も大きな「ホール」だ。さすがに聴衆の熱気がほかのステージとは違っている。みんな彼の姿が見たいのだ。
ジョンがやって来ると、人々は大きな拍手をして彼を出迎えた。もちろん僕も拍手をした。彼はイギリス出身なのだが、ニューオーリンズに移住し、そこでずっと音楽を演奏してきた(どうもビザの関係で少しイギリスに戻っていた時期もあるらしいが)。だからそこにはアメリカ南部の遺伝子が確実に受け継がれている。ピーターさんが最初に出てきて紹介したように、ニューオーリンズの小さなジャズクラブでリラックスして演奏している、という雰囲気がひしひしと伝わってきた。彼は実はまだ56歳なのだが、見た目は愛想の良い白髪のおじいさん、という感じで、とても楽しそうに演奏していた。ちなみに今日のステージはソロで、ピアノを弾きながら歌う(ピーターさんによれば、なんと前日と前々日に北京でライブをこなしていたらしい。ほとんど眠っていないということだった)。いくつかの曲は事前にラジオで聴いて知っていたので、僕としてはスムーズにその世界に入り込むことができた。まるで彼とそのピアノの周囲の空間だけが、すっぽりとニューオーリンズに移動してしまったかのようだった。ときおり演奏をし、歌を歌いながら、「どうだい、楽しんでいるかい?」という感じでチラチラこちらを見るのが印象的だった。その姿を見ていると、こちらもついにやりとしてしまう。演奏のテクニックも素晴らしく、本場のジャズのエッセンスを垣間見たような気がした(もっとも彼がやっているものは正確にはジャズとはいえないのだけれど)。
でも実をいうと、この演奏の間にも僕の意識はちょっと集中力を欠いていた。彼がとても良い演奏をしているにもかかわらず、だ。なんともったいないのだろう。でもまあ仕方あるまい。僕だって一人の人間なのだから。ちなみに宮田氏によれば「彼の歌声はさすがだった」ということだった。Clearyなだけにクリアで、ちょっとほかの人とは格が違った、ということです。ふうん。そうか。
その演奏が惜しまれつつも終わりを告げると――ちなみにジョンさんは明日も登場する。明日はトリオだということだった――今度はみんなと一緒にぞろぞろと一階の「ルーム」に移動し、そこでお目当てのZydefunk feat. Brandon ”Taz” Niederauer の演奏を聴くことにする。ちなみにJon Clearyのところから宮田氏とは離れ離れになっている。人が多くてなかなかお互いを見つけられなかったのだ。でもまあ別にそれでも構わないだろう。きっとどこかで聴いているのだろうし。
脚の疲れと眠気はまだ多少残ってはいたものの、これだけはきちんと聴かねばなるまい、と思って自分に鞭を入れる。このバンドは四人編成で、ドラムスとベース(この人がリーダー)、そしてギター二人だ。そのうちの一人が「タズ」ことブランドン・ニードラウアー君である。彼は15歳ということだが、正直もっとずっと若く見えるくらいにあどけない。しかし一度演奏が始まってしまうと、その初々しい表情には似合わないほどのテクニックに舌を巻かされることになった。
そういえばこのバンドの演奏においても音量はマックスだった(そして僕は何あろう巨大なスピーカーの目の前にいた)。もちろんこういうタイプの(少々)ハードなロックミュージックにおいてはこれは普通のことなのだろうけど、正直ちょっと耳が痛くなった。でも悪くない。全然悪くない。というのも演奏そのものが音量に負けないくらいホットだったからだ。おそらく今日観た中で聴衆は一番盛り上がっていたのではないか。まずがっしりした体格の黒人のドラマー(Jermal Watson)が実にヘヴィでグルーヴィなリズムを生み出す。その上に残りの三人が次々と乗っかっていく。リーダー(Charlie Wooton)の歌も素晴らしかったが、やはりなんといってもハイライトはタズ君のギターソロだろう。中盤で彼がボーカルを取った曲があったのだが(ちなみに声は前よりもちょっとだけ低くなっているような気がした)その中で演奏された長いソロは圧巻だった。正直鳥肌が立ったくらいだ。15歳でこんな演奏ができる子はこの先どうなっちゃうんだろうな、と心配になったくらいだ。彼がソロを取っているときに、ドラマーが「やれやれ」という感じで笑いながらタズ君を見ているのがすごく印象に残った。「こいつどれだけやるんだよ」という感じ。このバンドに関しては、そんな風にお互いをリスペクトしている空気が伝わってきてなかなか興味深かった。個性と個性が建設的にぶつかり合い、そこに新たなエッジのあるサウンドが生み出されていく。ときどきリーダーでベーシストのチャーリーがタズ君に近づいて、「なあ、君がどこまでやれるか見せてくれよ」みたいな感じで、ほとんど距離を置かずに面と向き合って演奏していた。そういう光景は見ていてとても楽しかった。
このバンドの演奏は個人的には僕のフェイバリットだった。うるさいことはたしかにうるさかったけれど――ドラムの音がドスンと腹に響いた――それを補って余りあるくらい新鮮なエネルギーに満ちていた。「将来」とかいわずとも、タズ君はすでに十分すごかったし。この演奏一つ聴けただけでもここに来た甲斐はあったと思う。
ということでそれが終わり、僕らは会場を出た。
実のところもう一つ、The Ska Flamesという日本人のスカ(ジャマイカ発祥のポップミュージック)グループによるステージが残っていたのだけれど、あまりにも疲れていたので、それはパスさせていただくことにした。それは決して彼らに興味がなかった、とかそういうことではなく、あくまで個人的な体力の問題である。明日もライブはあるし、ある程度力を温存しなければ、結局のところ虻蜂取らずに終わってしまうだろう。朦朧とした意識ではきっとどんな素敵な演奏も楽しめないだろうから。
というのが一日目の感想です。会場を出ると冷たい雨が降っていた。この季節の雨はなんだか物哀しい。風もひやりと冷たい。持ってきた折り畳み傘を広げ、宮田氏とともに恵比寿駅へと歩く。楽しくもあり、疲れもしたが、まあこんなものかな、という感覚が正直なところだ。脚の疲れ、そして眠気、といったことはある程度予想できていたとはいえ、やはり集中力に直結してくる。しかし僕の場合もう一つ大きな問題になってくるのが、「いつまでもただ受け手の側に甘んじていることに耐えられない」ということなのだ。最後のタズ君の演奏にしてもそうだけど、特に良い音楽を聴いたあとというのは、「一体お前は何をしているんだ」という気分に陥りやすい。あるいはほかの人はそう思わないのかもしれないけれど、少なくとも僕はそう感じる。そして僕が全力を尽くすべき領域とは、たぶん小説を書くことだろう。まあエッセイだっていいわけだが、その二つでは使う意識の部分が少し違ってくる。エッセイの場合は自分がすでに知っていることを文章を書きながら徐々に整理していく、という意味合いが強い。小説の場合は、自分がまだ知らないことを闇の奥に探しに行く、という感覚がある。僕が――僕の意識が――ときどき狂ったように「必要だ!」と要求するのは後者の方である。でもまあこういうエッセイ(といっていいのだろうか?)だってきっと一種の文体のトレーニングとしては役に立つだろう。
ちなみにこの文章は宮田氏の部屋で、夜中にコーヒーを飲みながらハイスピードで書いた(もちろん翌日に手直しをしました)。不健康この上ない。ではおやすみなさい。また明日。