「やあ織姫さん」
「彦星さん! ねえ、遅かったじゃないの。もうあと二時間しか残されていないのよ! 一体何をしていたの?」
「いやあ遅かったって・・・二時間もあれば十分じゃないか。なあ?」
「ねえ、あなたいつからそんなに時間にルーズになったのかしら? 最初の頃は私に会いたくて一年中焦がれているって言っていたのに」
「まあほら、歳を取るとさ、愛の形も変わってくるって言うじゃない」
「誰が言ったの?」
「ええと・・・ほら、昔の哲学者さ。スピノザとか、カントとか、いろいろいたじゃないか? とにかく、今日はお土産を持ってきたよ。ほら」
「わあすごい! って何これ?」
「これは水牛の角さ。君欲しがっていただろ?」
「ねえ、これは一昨年もその前の年ももらったんだけど」
「え? そうだっけ? 別の女の子と勘違いしていたな・・・」
「今何て言った?」
「いや、こっちだけの話。でもさ、それってすごく珍しい水牛なんだよ。もう中国中探しても一頭しか見つからないくらい」
「へえぇ。で、どういう風に珍しいの?」
「それが人間の言葉をしゃべるんだ」
「なんて?」
「モーう退屈だ。モーう腹減ったって」
「それだけ?」
「ぐーっとモオォーにんぐ。とも言っていたな」
「それだけのことでその水牛を殺して角をもぎ取ったの?」
「まあ世の中は残酷だからさ。肉は水餃子にして食べたよ。水牛なだけにね。みんな美味しくってモーモーうなっていたっけ」
「みんなって誰?」
「ほら、女の子とか、男の子とか・・・その辺の若者たちだよ」
「私は一年中一人で機を織り続けているってのに、あなたは結構楽しんでいたのね?」
「いや、でもさ、ずっと一年一人ぼっちでいなけりゃならないって決まりでもないじゃないか? 俺だって良い思いもしたいしさ。ほら、プレステで遊んだり、あとはみんなでクラブに行ってダンスしたり・・・。俺のダンス見る?」
「いや、見たくない・・・。ほら、私からのプレゼント。一年心を込めて織ったのよ」
「いやこの布はすごいな! こんなの見たことない! っていうか何の柄なのこれ?」
「これはベガルタ仙台のマスコットキャラクターベガッ太君よ!」(注:ベガルタ仙台のチーム名の由来はベガ〈織り姫星〉とアルタイル〈彦星〉の二つの星である。仙台七夕祭りにかけているらしい・・・)
「いやあ・・・なかなか、斬新だね。頭が潰れていて水牛に見えたけど・・・」
「何か言った?」
「いや、なんにも。でも君はオリックスバファローズのファンだと思っていたが・・・」
「オリックスは弱過ぎるから応援するのやめたわ。今は広島カープ一筋」(注:今年のオリックスは例外的に強い)
「でも巷ではオリックスファンの女子をオリ姫と呼ぶんだぜ?」
「そんなの関係ないわ。山本浩二が私のアイドルなの」
「ねえ、それって一体いつのカープなんだよ。今は・・・」
と、そこで天の川の精霊が現れてくる。おどおどとした白髪の男(の妖精)で、手にストップウォッチを持っている。「あの、そろそろお時間が。彦星様。川で禊をなさらないと。あと一年穢れた身体で生きることになってしまいます」
「おう、そうだったそうだった。なにしろこの女の話が長くってね」
「今何て言った? 私は一年あなたのことだけを思って・・・」
「はいはい」
彦星は川に移動し、そこで一年の穢れを流す。穢れは次から次へと噴き出してくる。アルコールへの欲望。女への欲望。金銭への欲望。あとは何やらよくわからないぐしゃぐしゃしたもの。
「ねえ、ちょっと今年は穢れが多いんじゃない?」と織姫。
「そうかな。ちょっと歳を取ったせいだよ。それは。だっていつまでも純粋な若者ってわけにもいかないじゃない」
「なんかあなた変わったわね。昔はもっと可愛い顔をしていたのに。もっと純粋だったし。いつもドストエフスキーを読んでいて、自分は作家になるのだ、と言っていた・・・」
「ああ、あれははるか昔のことだよ。今ではラッパーになりたくてさ、仲間たちとビートを作っているんだ。MacのGarage Bandでさ。俺の言ってること分かる?」
「私には分からない・・・。ああ、この人はきっともう私の手の届かないところに移ってしまったんだわ」
「なあそんな気にするなよ。だって人間って変わるものじゃないか? 俺らはきっとさ、伝説に縛られ過ぎたんだよ。君は君の人生を生きなって。だからさ、会うのは今年で最後にしようぜ」
「そんな!」
「実はさ・・・あっちにジョカノができちゃってさ・・・。なんというか妊娠しちゃってるんだよね。ここだけの話。で彼女の父親に、ほら、堅い仕事に就いて結婚しますって約束しちゃってさ。これがつるっ禿げの頑固爺でね。ちょっとこっちもビビっちゃってさ。でも大丈夫。市役所の臨時職員として働きながら土日にラップを作るから。そのうちYou Tubeに上げるからさ。もしよかったら観てくれよ。それはそれとして君ん家はWiFi入るんだっけ・・・」
織姫、お土産の水牛の角を持ってきて、その先端を裸の彦星の肩のあたりに突き刺す。
「えい! えい!」
「いたた! ほら、やめなよ。もう。あ! でもそこ気持ち良いかも。ほら、そこそこ。うん。つぼに当たってる・・・」
「私の一生とは何だったのかしら? 愛していたと思っていたのがこの程度の男だったなんて・・・」
「だから最初から期待し過ぎだったんだよ。もう。いいじゃない。そろそろ大人になって。君はさ、今日この瞬間から自由になったんだ。だから機を織るのもやめてさ、ベリーダンサーにでもなればいいじゃないか。ほら、踊るの好きだったろ?」
「まさか! ベリーダンサーになんかなるものですか! でも私は映画『シコふんじゃった』を観て以来、ずっと女力士になりたかったんだわ。もうこんな男のことなんか知るものですか! これから毎日八千キロカロリー取って、身体を作って、オリンピックに出場してやる。そして金メダルを取って、国歌を歌うのよ。ベガルタ仙台の国歌を」
「なんか国歌の意味間違ってないか? それにベガルタは今年は降格濃厚だぜ・・・」(注:この文章を書いている時点で、20チーム中17位。17位以下4チームが今年は降格する)
「うるさい!」と言ってまた水牛の角で突く。「ベガルタは降格したりはしない。もし降格したら・・・J2の代わりにイングランドのプレミアリーグに参戦するのよ! 私がクラウドファウンディングで資金を集めるわ。じゃあ、もう行くわね。穢れだらけのあなたなんかもう知らない」
「ほら、ちょっと待って! もう!」。彼はそう言って川から上がる。穢れは大方落ちたが、まだ少しだけ残っている。
「あ、彦星様。まだ禊が済んでおりませんぞ!」と妖精のおじさんが言う。
「もういいさ。禊なんて。これからは科学の時代なんだ。ジェフ・ベゾスも宇宙にやって来る。ちょっと挨拶しとかないとな。いいかい? ラッパーには穢れが必要なのさ。悪がビートを作るんだ。Yeah! Yeah!
俺たち会うのは 七夕
狙うは 夢の たなぼた(たなぼた!)
綺麗に なったぜ 多摩川(多摩川!)
愛しておくれよ たまには
生きてく 過程で 落ちてく
穢れを 集めて 織り成す
あなたの 心の 模様は
雄々しき 牛の 雄叫び(モー!!)
Lonely soul, lonely soul. おいらは孤独な彦星(彦星!)
Lonely soul, lonely soul. 好きな食べ物 梅干し(梅干し!)
Lovely soul, lovely soul. あなたは孤独な織姫(織姫!)
Lovely soul, lovely soul. 山形の米 つや姫(つや姫!)・・・」
彦星、隠していたラッパーの衣装を身に着け(穴の空いたジーンズにぶかぶかの黒いトレーナー。ドクロのキャップ。金色のネックレス。ヨォ、ヨォ・・・ちょっと臭うぜ部屋干し。部屋干し!)、消える。最後に妖精だけが残る。
「まったくあの人たちも。あれだけお似合いのカップルはいないと思うんだけどな・・・。私自身の妻は2300年前に木の切り株につまずいて死んでしまった。まったく憐れな女だったよ。そういえば、この水牛の角、もらっていいのかな?(あたりをキョロキョロと見回す)。誰も要らないみたいだし。ちょとほら、こうして頭に載せてみると・・・。おお、みるみる力が湧いてくる。これは特別な角だったんだ。これで私は魔界の王だ! さっそく美女たちとダンスをしてこよう! 急げ急げ!」
ということで今年の七夕も無事終わりました。来年はどうなることやら。ベガルタ仙台は本当にプレミアリーグに参入するのだろうか? それともなんとかJ1に踏みとどまるのか・・・。今後の展開が見逃せません。以上、現地からリポートでした。