ツインピークス(Twin Peaks)が面白かった話

 さて、ついに今年も11月がやって来てしまいましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 僕はというと……実はツインピークスを観ていました。もちろんそれだけではなくて、小説を書いたりバイトをしたり筋トレをしたりランニングをしたり……といつものルーティーンをこなしてはいたのですが。

 ”Twin Peaks”(ツインピークス)というのはマーク・フロスト(Mark Flost)とデイビッド・リンチ(David Lynch)が製作したアメリカのテレビドラマで、オリジナルシリーズは1990年の4月から1991年の6月にかけて放送された。そう、まさに僕が生まれた頃の話である(僕は1991年の10月生まれ)。当時から爆発的な人気を博し、一種の社会現象になったらしい……というのは知っていたのだけれど、なぜか今まで観ていなかった。僕が特に興味を持ったのは、デイビッド・リンチ監督の名前がいろんなところでちょくちょく出てきていたからだ。つまり作家とか、翻訳家とか(名前を忘れてしまったアーティストたちとか)、そういった人々が好きな映画監督にリンチ氏の名前を上げていたのである。そのうち観ないとなと思いつつも、なぜか観ていなかった。でも今回Amazon Prime Videoで無料で観られるということに気付き(プライム会員は、ですが)、観てみることにしたら……面白かった、ということです。

 続きが知りたくて、夜更かししてまでドラマを観るというのはずいぶん久しぶりだったような気がする。ワシントン州の田舎町を舞台に、ウェイトレスから高校生からドラッグのディーラーからバーテンから保安官からFBI捜査官から医者から片腕の靴のセールスマンまで(もっといろいろいるけれど)、実に様々な人々が登場してくる。そしてその一人一人がなかなか一筋縄ではいかない。一見善良そうでも、何か裏に抱え込んでいる。それらが交錯し、ときに暴力的な事件に発展し……という基本的にはサスペンスドラマである。

 もっとも最初の場面で死体が発見されるローラ・パーマーの犯人探し、というのは一種の「枠」みたいなものであって、その中にいろんな要素が詰め込まれている。たぶん様々な人間の裏側――特にダークな側面――を暴き出したいというのが監督の意図だったのではないかと感じる。そしてそれこそがこの作品を魅力的なものにしているのだ。

 もっとも一般的な観点からすると非難されそうな(と僕が考える)非現実的な要素も、かなり躊躇ちゅうちょなく挿入されている。それまでのリンチ作品を知っている人からするともしかしたら受け入れやすかったのかもしれないけれど……。人間の心の裏に潜む闇の存在。暴力性。夢。暗示。異界からのメッセージ……。僕はそういうのが好きな人間だけど――だからリアリスティックな作品が書けない――当時のアメリカの大衆にそれが受けたというのは少々意外な気がする。

 リンチ監督は「カルトの帝王」と呼ばれているだけあって(誰に呼ばれているのかはよく分からないけれど)、一般受けするものをストレートに作る監督ではない(らしい。僕はまだちょっとしか観ていない)。でもその分しっかりとした作り手の側の矜持きょうじのようなものが伝わってきて、信頼感が持てる。つまり絶対に安易なハッピーエンドの作品は作らないぞ、ということである。あるいは美しい部分だけを撮って、それで終わりにはしない。音楽の使い方も印象的で、Angelo Badalamenti(アンジェロ・バダラメンティ)の作る曲はシンプルだけど心に残る。プラス、機械の鈍いブゥーンというハム音の使い方とか、風の音とか、人間の不安をあおるような描写がとても上手いと思った(最初の長編映画の『イレイザーヘッド』ですでにそのような効果音は上手く使われている)。まああとは物語の純粋なドライブ●●●●だろうか。前へ前へと進んでいく推進力。ここに必然性がなかったらきっとそれほど多くの視聴者を取り込むことはできなかったのではないかと思われる。

 もっとも本筋のローラ・パーマー殺害の犯人が分かったあとでは、視聴率は落ちていってしまったらしい。プラス、リンチ監督自身別の作品の仕事があったせいで、後半の方は別の人に監督を委ねざるを得なかった。だから不完全燃焼というところもあったのかもしれない。セカンドシーズンの最後の方では様々な伏線が回収されぬまま、物語は終わってしまう。あれ、この人はどうなっちゃうんだろうな、という人々が実にいっぱいいたんだけどなあ(笑)。

 しかし、幸いなことに2015年にリンチ監督は主人公デイル・クーパー(FBI捜査官)を演じたKyle MacLachian(カイル・マクラクラン)と共にツインピークスの続きを撮影し始めたのである。その「リミテッド・イベント・シリーズ」は2017年に公開され、これもプライム会員なら現在無料で視聴できるようになっている。僕は迷わずにこれも観てしまった。

 もっともこちらの方はオリジナルシリーズよりもさらにダークさを増しており、「ああ、食事中に観るんじゃなかったな……」というシーンもちょいちょいある。でもこちらの方は全編リンチさんが監督しており、以前のような心残りはなかったのではないかと思われる。こちらの方もまた現実と幻想がミックスしていて、わけが分からない場面も多い。でもとにかく、人を惹きつける魅力がある(と僕は思う)。

 何よりもオリジナルシリーズで登場していた役者さんたちが(全員ではないけれど)25年以上経ってまた同じ役で出ている、というのが感動的だった。みんな歳を取ったなあ、というのが正直な感想である(笑)。当時ちょうど30歳くらいだった人たちは55くらいになっている(僕の両親の世代である)。当時55歳くらいだった人たちは、もう80歳になっている。実際にすでに亡くなっていた役者さんたちもいたみたいだ。オリジナルシリーズでどうしようもない(悪知恵ばかり働く)放蕩ほうとう息子だった高校生、ボビーが白髪になって登場したときには……ああ、君もいろいろあったんだなあ、とちょっとジーンときてしまった。バイク野郎だったジェームズもちゃんと登場しています。とんがっていた若者も中年になると丸くなるのか……。女性陣ももちろん歳を(25年分)取っていますが、たくさん再登場しています。20歳はたちそこそこの頃の美しさと、わがままさと、なまの生命力は別の要素へと姿を変えています。それを残念だと捉える人もいるだろうけど、僕はさほどそうは思わなかった。誰も歳を取ることは避けられませんものね。僕自身だって歳を取り続けている(この間33歳になってしまった。はあ……)。若さの喪失を嘆くよりは、歳を取ることによって得られる「何か」を探す(あるいは磨く)方が賢明なんだろうと思います。なんだか生意気なようですが。

 リンチ監督自身も俳優として出演しています。難聴のちょっととぼけたFBI捜査官(Gordon Cole ゴードン・コール)。主人公のデイル・クーパーの上司という役です。オリジナルシリーズではさほど重要な役ではなかったけれど、2017年版の方ではかなり重要な役として出てきます。彼も撮影時は69歳になっていたはずだけれど、なかなか独特な味を醸し出しています。この人が出てくるとほっこりする。でもこの人がこのダークな――シュールレアリスティックな――人間の暗部をそのまま光のもとに暴くような作品を作ったんだよなあ、と思うと、ちょっと不思議な気持ちになります。2017年版には二人のクーパー(主人公のFBI捜査官)が出てくるのですが、ダークでない方のクーパー(彼はかつての記憶を失っている)のとぼけ具合もなかなか素敵です。奥さん役のNaomi Watts(ナオミ・ワッツ)は(撮影時)47歳にはとても見えない。脇役たちも(正直本筋にはあまり関係ないけれど)すごく魅力的です。みんなどこかちょっと歪んでいる。マフィアの兄弟とか、おしゃべりばかりしている警察官たちとか、素性のよく分からない殺し屋の男女とか……。その辺の描写はやはり監督の人間観察能力から生まれてくるものだろう、と僕は思っている。

 ということでようやくそれを観終わったあとで(すっきりしたハッピーエンドでないことだけは確かですが)、我慢しきれずにリンチ監督の『ブルーベルベット』と『イレイザーヘッド』を観ました。カイル・マクラクランやジャック・ナンス(Jack Nance)(ツインピークスの釣り好きなおじさん、ピート・マーテル役)といった面々がすでにここに登場しているのを見て嬉しくなってしまった。時系列に沿って観ている人たちにはとっくに分かっていたことだろうけど……彼らはリンチ監督作品の常連だったんですね(ちなみにジャック・ナンスは『イレイザーヘッド』の撮影が長期に渡ったせいで、その奇妙なモジャモジャヘアを4年以上も続けることになった。この作品は後にカルト的な人気を博することになる。ちなみに『イレイザーヘッド』もまた食事中に観るべき作品ではありません笑。ショッキングなので妊婦は鑑賞しないように、という警告が当初与えられていたらしい……)。

 そういえばリンチ監督はYou TubeでTranscendental Meditation(超越瞑想)について解説していて、結構面白いです。表層意識と、深層意識についての話。かなり長い間その瞑想を取り入れているみたいです(1970年代から)。こういったタイプの話は「ちょっと怪しい」というのが正直なところだけれど、この人が解説するとなんか変な説得力があります(ヘアスタイルのせいかもしれない)。別にそれを実行するしないにかかわらず、意識の底にある(はずの)ものに興味を持つということ。そしてそこから今ここにある意識をフルに使うための力を得る、という意味においては、なかなか興味深いという気がします。もちろん実際にやらないと意味がないわけですが(僕はやっていない)。

 リンチ監督の作品には実に奇妙な人々が出てきます。たとえば常に肌身離さず丸太を抱えている「丸太おばさん」とか。カーテンを開け閉めするときの音を可能な限り小さくしたい眼帯の主婦とか。死体を見ると泣き出してしまう警察官とか……。これはちょっと誇張し過ぎだな、と最初は思うのだけれど、僕が日常生活で目にする様々な人々の様子を思い出すと……もしかしたらさほど誇張でもないのかもしれない、と思えてきます。結構我々はいろんなどうでもいい――しかし本人にとってはものすごく真剣な――何かに執着しているものです。たぶんそれは正気を保つための手段なんだと思います。リンチ監督はそれをきちんと観察している。そしてそれを作品へと昇華させていく。人間の奇妙さというのはこれはこれで一つの貴重な「鉱脈」なのかもしれません。もしそれを見る目があれば、ということですが。

 ということでみなさん。寝不足には気をつけてください。翌朝後悔するのは分かっているのに、ツインピークスを観ているときはつい夜更かしして「次のエピソードを見る」をクリックし続けてしまった。そして自分の小説に出てくるシュールレアリスティックな要素を(良くも悪くも)肯定するようになってしまった。まあわけ分かんないけど、この人が全米で放送されるドラマで使っているんだからいいだろうというような。

 33歳になってしまったけど、まだ人生は続いています。昔想像していたよりは「みっともない」けれど、まあ人生というのはそういうものなのかもしれない。往生際悪く、頑張り続けようと思います。ときどき暗い気分にもなりますが、まあそれも上手く利用しながら。今部屋の天井から小さい蜘蛛が糸を垂らしながら降りてきました。たぶん僕の新しい一年を祝福してくれているのだと思います。寒くなってきたので、皆様体調にはお気を付けて。それでは、また。

Mr.スパイダーは横浜DeNAベイスターズのファンで、今日は飲み過ぎたみたいです。奇妙なダンスを踊っておられました。僕も踊りました。26年ぶりですものね。おめでとうございます……。

 

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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