処刑場の空は青い

処刑場の空は青い

人々が私を見守っている

白い風が吹いて木々の枝を揺らす

黄色い犬が吠え、子どもがそれに合わせて何かを叫ぶ

私は足枷あしかせめられて、ゆっくりと前に進む

刑吏けいりの顔は灰色だ

何か栄養のあるものを食べた方が良いのだろう

ついさっき神に祈りを捧げろと言われたが

私は神なんか信じていないと言った

お前なんか悪魔みたいなもんだ、と彼は言った

私は悪魔も信じていないと言った

これだけ多くの下らない人間がいる

それ以上何が必要だというのか?

彼は首を振り、もう何も言わなかった

そのまま獄舎ごくしゃを出て、はるばる歩いてここまでやって来た

たくさんの人々が私を見た

近くに来て罵声ばせいを浴びせかける者

遠くからただ眺めるだけの者

汚い物を見るような目付きで赤ん坊を抱いたまま睨みつけてくる母親たち

もっとも私としてはそんなものは一切気にならなかった

そこにあるすべてがどうでもいい光景であることは明らかだったからだ

こいつらは何も見ないのだ、と私は思った

目の前にある真実を、今まで一度も見たことがないのだ

私はあたかも彼らを観察しているかのような感覚を味わっていた

この人たちの一人一人にそれぞれの人生がある

多くは生きる価値のないような人生だ

生まれ、泣き叫び、そして死んでいく

何の意味もない

あるいは誰かを愛するかもしれない

誰かに愛されるかもしれない

しかしそんなのは所詮この世のこと

彼らの愛なんてたかがそれくらいのものさ

私は自分が無であることを知っている

正直「無である」というのが一体どういうことなのかはよく分かっていないが

少なくとも無であることだけは分かる

おそらく彼らはだから私を憎むのだろう

なぜならそれが本当のことだからだ

彼らは本当のことを見たくないのさ

私はむしろこれまで自分が生きてきたことの方が不思議に感じられる

一体どうしてもっと早く死んでしまわなかったのだろう、と

それは単なるめぐり合わせだったのかもしれないし

あるいはこうなる運命だったのかもしれない

いずれにせよ今日私は死ぬ

それは間違いのないことだ

処刑台が近づくにつれ、人々のざわめきが大きくなる

浴びせられる罵声ばせいもずっと多くなる

私はそれを聞いて、まるで夢を見ているような気分になる

というか、とすぐあとで思う

ある意味ではこれは一つの夢なのだ、と

木製の台へとのぼ

階段を一歩一歩踏みしめ、やがて高いところへと辿たどり着く

群衆の頭上にひどく青い空が見える

その透明さには明らかに何か心を打つものがある

自分が今まで一度もきちんと空を眺めたことがなかったことを身に染みて理解する

そうか、空は本当はこんな色をしていたんだ、と

そのとき刑吏けいりが言う

最後に何か言いたいことはないか、と

言いたいことか、と私は思う

そして群衆を眺める

罵声はまだ続いている

私は空を指差して言う

あそこにいるのが私の神だが

彼はあなた方を罰さないだろう

なぜなら彼は神だからだ、と

すると群衆は大声を上げて怒鳴り始める

それは低い地鳴りのような音へと変わり

やがて周囲一帯を覆い尽していく

私はただそれを聞いている

そんなものはもはや自分とは何の関係もないのだ、と思いながら

と、そのとき鳥が空を横切っていった

私は目でその行き先を追う

しかし最後まで見届けることはできない

時間だ、と無愛想な刑吏けいりが言う

もっとも彼が動揺していることを私は知っている

こんなに落ち着いている死刑囚を一度も見たことがないのだ

私は大丈夫だからきちんと仕事をこなしてくれればいい、と彼に言う

彼はうるさい、黙っていろ、と言った

誰かが巨大なおのを持ってくる

ピカピカに研ぎ上げられた闇の斧

それを見て私の心臓は一拍だけ音を飛ばした

私はそれを聞き逃さなかった

あるいは最期の瞬間に取っておこうというつもりなのかもしれない

たくさんの夢が私を通り過ぎ

やがては消えていった

たくさんの音が私を通り過ぎ

やがては死んでいった

時は一秒ごとに前に進み

やがて海へと流れ着く

広大で、動きを止めた、果てというもののない海に

最後の最後の瞬間、私は何かを言おうとするが

言葉が出てこない

おそらくそれは海へと流れ去ってしまったのだろう

あの灰色の海へと

私はただ風を浴びている

ドクン、という鼓動が大きく鳴り響いた

それはおそらく周囲の人々の耳にも届いたに違いない

一瞬音が消え、あたりが無音に包まれた

このときほど私が私であったことはかつて一度もない

その静寂の中で私は彼ら一人一人の魂の中に入り込んだ

例外などない

人々の中だ

やがて私の肉体は死ぬだろう

私の精神もまた死ぬだろう

しかしそんなことは正直どうでもいいことだ

なぜなら心臓はまだ鳴り続けているからだ

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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