高尾山から新宿駅まで(一晩かけて)歩く

2016年9月28日(水曜日)
高尾山から新宿駅まで(一晩かけて)歩く

どうしてそんなことをするのか、とあなたは尋ねるかもしれない。尋ねないかもしれない。でも八王子に住み始めてからというもの、僕の頭の片隅には、なんとなくいつかこれをやってみたいという気持ちが常にあった。甲州街道(国道20号)に掲げられた「新宿まであと何キロ」と表示された看板を見るたびに、これならもしかして歩いて行けるかもしれないぞ、と思ったりした。でも結構クレイジーな計画だし、時間もエネルギーも相当使うだろうし、そんなこんなで実際に行動に移すには至っていなかった。

でも日が経つにつれてなんだか気持ちが落ち着かなくなってきた。気付くと頭の中でいろいろと細かい計画を立てている自分がいることに気付いた。そんな計画を実行したところでおそらく自分が精神的に向上するというわけでもないのだろう。でもいかんせん気持ちが落ち着かないのだ。これではほかのことも手に付かない。そういうことで今回結局計画を実行することにした。

その日は夜勤明け(コンビニのアルバイト)だったので夕方近くまで眠り、それから起きた。昼間に眠るといつも質の悪い夢を見る。だるい身体が完全に覚醒するまでには一時間近くかかる。そして、なんで夜勤なんてやってるんだろう、と毎回同じことを思う。まあしかたない。その分給料が良いわけだし、それにいつまでもこんなことをやっているわけではあるまい(という希望的観測)。そのうちきっと自分のやりたいことで生計が立てられるようになるはずだ。

結局、もう日も落ちてから、自転車で近所の電気屋さんに行って、懐中電灯とバッグに取り付けるための小型のライトを買った。そして米を2合半炊いてすべておにぎりにし(実家から送られてきた味噌をつけて焼いた)、パンケーキを一枚焼いてマーガリンと粒あんを塗り、ラップにつつんだ。
(ちなみにこれがリュックに取りつけた方のライト。マグネット式)

エナジャイザー LED マグネットライト ブルー (明るさ最大25ルーメン/点灯時間最大14時間) MGNLGTBL

あいにくその日は雨が降っていて、小雨が降ったりやんだりというぐずついた天気だった。それで少し迷ったのだが、結局傘を持っていくことにした。傘を持ちながら歩くのは腕が疲れそうだったのだが、カッパを着て歩くには外はまだ暑い。歩いているうちに身体が自然に温まるのを考えると、やはり傘の方が良さそうだ。それでも(心配性なので)リュックサックには一応そのカッパや、汗をかいたときのための着替えを入れておいた。さらに麦茶の入った水筒も入れたから、リュックは結構重くなってしまった。

もちろん本も入れなくてはならない。その時は最近読み返していた『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(小澤征爾、村上春樹著)を持って行った。そういえば水筒のほかにも、自家製のレモンジュースをペットボトルに入れて持っていくつもりでいたのだが、冷やそうと思って冷凍庫に入れておいたのをすっかり忘れてしまっていた。帰って来てから見てみるとそれはカチカチに凍りついていた。

小澤征爾さんと、音楽について話をする (新潮文庫)

(『小澤征爾さんと、音楽について話をする』)

結局午後10時ころに出発することになった。もっと早く出ても良かったのだが、なんだかんだでぐずぐずしているうちにこんな時間になってしまった。あれこれ考えて準備をしていると、なにもかもが必要であるように思えてくる。まったく。いつもこうなのだ。もっと気楽に生きなければ、と自分で自分にあきれながらもようやく出発する。(結局重いリュックに入れた着替えの半分は使わなかったし、さらにいえば買ってきた懐中電灯も使うことはなかった)

まず歩いて京王高尾駅まで行くことにする(これはJRの高尾駅に連絡している)。そこから電車で高尾山口駅というところまで行き、そこからこの徒歩旅行が始まるというわけだ。

高尾駅のホームから外を見るとお墓が見えた。暗闇の中、ホームの明りにぼんやりと照らし出された墓石を見ていると、そういえばこれからの時間は幽霊が出てきても何もおかしくない時間なんだな、とふと思った。でも僕はまだ一度も幽霊を見たことはないし、幸い今回の行程中、幽霊の方もこちらには特に興味を持たなかったみたいだ。

こんな時間に高尾駅から高尾山口駅まで行く人は僕のほかにはいない。といってもまあ電車でも三分くらいの距離しかないのだが、そこまでは(徒歩ではなく)電車で行こうと決めていた。スタート地点に行くまでにあまり体力を消耗したくない。がらがらの車中には誰かが置き忘れた折りたたみ傘が寂しく転がっていた。

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午後10時35分に高尾山口駅に着く。いよいよ出発だ。たしか42キロ近くの行程になるはずだ。駅を出るとざあざあという音がしていて、雨脚が強くなったのかな、と一瞬思ったのだが、よく確かめてみるとそれは近くを流れる川の音だった。

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それで、いよいよ本来想定していたコースを歩き始めたのだが、すぐに左足に違和感を感じることに気付いた。履き慣れているランニングシューズのはずなのに、左のかかとが靴擦くつずれを起こしている。こんな状態のまま長時間歩くことはできない、と思い、僕は近くのファミリーマートに行って絆創膏を買った。それを左のかかとに貼って、ようやく心が落ちついた。まあ気楽に行こうじゃないか。

最初のうちはこれまでに自転車で通ったこともある道が延々と続く。だから歩いていても特に楽しいということはない。甲州街道と呼ばれる国道20号線をただひたすら歩く。そこには綺麗なイチョウの並木があるのだが、今の季節は銀杏の実が大量に地面に落ちていて、踏みつぶされた沢山の実が、あの特有の臭気を立てていた。

見慣れた道をただ歩いているのも退屈なので、iPodで音楽を聴きながら歩くことにした。そのときはたしかジミ・ヘンドリックスを聴いていたと思う。ジミ・ヘンドリックスの歌声にはある種の素朴さがあって、なぜかそれが僕を惹きつける。なんというか、あのジミ・ヘンドリックスといえども僕と全然変わらない生身の人間だったんだな、ということが聴いていて良く分かる。そしてその事実は僕を温かく励ましてくれる。

途中で自分の家のすぐ近くを通った。部屋に帰って忘れて来たレモンジュースを取ってこようかとも思ったのだが、やめることにする。一度出発したからには(なんとなく気持ち的に)すべての行程を終えるまでは家に帰りたくなかったのだ。

(The Jimi Hendrix Experience 『Are you experienced?』。一曲目の『Foxy Lady』を聴くと思わずにやにやしてしまう)

Are You Experienced?

それぞれの駅の通過時刻は以下のとおりである。

22時35分 京王線高尾山口駅

23時04分 JR高尾駅

23時44分 JR西八王子駅

0時20分  JR八王子駅

八王子を越えるのにずいぶん時間がかかった。リュックが思ったよりも重く、両肩が痛い。街にはまだ結構人がいる。

八王子を越えて日野市に入るところで僕は道を間違えてしまう。当初はJR中央線の線路沿いを立川方面から歩いて行こうと思っていたのだが、そのまま国道20号線を進んでしまう。それにはあとで気付いたのだが、そのときにはすでにずいぶん先に進んでしまっていた。まあいいや、と僕は思う。それなら線路沿いのルートではなく、この国道20号線をただひたすら歩くルートにしよう。想定よりもちょっと距離は短くなるが、朝までに辿り着けるのかちょっと不安になってきたところだったし、まあちょうど良いのかもしれない。それにこのルートなら絶対に道に迷わないし。

ということで僕は、以後この道路をただひたすら歩き続けることになる。

音楽を聴きながらとにかく歩き続ける。ときどき雨が降ったり、やんだりする。でもそれもごく弱い雨なので、それほどの支障があるというわけでもない。歩道には基本的には街灯があるから、買ってきた懐中電灯はまだ使っていない。でもリュックに取りつけた方の小さいライトは時々点ける。車や(たまに通る)自転車に、自分の存在をアピールするためだ。こんなところで車に轢かれて死んでしまいたくはない。

iPodには最近新しい音楽を入れていなかったせいもあって、前に聴いた音楽をまた聴き返すことになる。最近は家でクラシック音楽を再び聴き始めたところだったので、久しぶりに聴くロックやポップミュージックは歩くリズムにも重なって、なかなか耳に心地よい。そこではビーチボーイズや、スガシカオを聴いた。

Endless Summer

(The Beach Boys 『Endless Summer』)

(スガシカオ  『Clover』。この初期のアルバムに収められた曲のダークさは、未だにそのエッジを失っていない)

CLOVER

1時59分に石田大橋というのを渡って多摩川を渡る。多摩川は結構川幅が広くて、深夜の暗闇の中で見ると、意外に迫力があって不気味だ。遠くの方には街の明かりが見えている。

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そろそろ足に疲労が溜まってくるころなのだが、まだそこまでひどいというほどでもない。まあこれくらいならきっとなんとかやれるだろう、と僕は思う。もちろん後半になるにつれてそのきつさはさらに増していくのだが。

3時10分 京王線府中駅

もうずいぶん歩いたはずなのだが、まだ全体の半分ほどである。道路沿いの景色は特に面白いというものではなく、夜中でも多く走っている車の排気ガスを肺に吸い込みながら進んでいく。このあたりで僕は思い始める。一体俺は何をやっているんだろう。こんなことをしていて、俺は少しでも精神的に向上するのだろうか。とっとと家に帰って(この時間では帰る手段もないのだが)小澤征爾指揮、サイトウキネンオーケストラ演奏のブラームス交響曲第一番を聴いている方が、よっぽどまともなのではないか。

でもこれは想定の範囲内だ。きっと自分がこういうことを感じるだろう、というのはあらかじめ分かっていた。でも出発しなければしないで、僕はきっと落ち着きなくこの徒歩旅行のことを考えていたに違いないのだ。結局いつか行かなければならなかったのさ、と自分に言い聞かせ、先に進むことにする。

奇蹟のニューヨーク・ライヴ ブラームス:交響曲1番


(小澤征爾指揮・サイトウキネンオーケストラ・ブラームス交響曲第一番。2010年ニューヨーク、カーネギーホールでのライヴ録音。この演奏にはものすごい量のエネルギーが満ちている)

まだ休憩は取っていない。そろそろ適切な休憩場所を探してそこでおにぎりを食べたかったのだが、なかなかいい場所が見つからない。それに一度生まれたリズムをあまり崩したくない、という思いもあった。3時半になったら休憩しよう、と僕は決める。その時間になったら作ってきた味噌焼きおにぎりと粒あんを塗ったパンケーキ(どうも最近あんこが好きになってしまった)を食べるのだ。

でもこれまであっという間に過ぎていた時間が、ここでその歩みを遅めることになる。あと何分で(あと20分で、あと10分でetc…)休憩だ、と思い始めた瞬間、何度時計を見ても(僕は腕時計をしていなかったので実際にはiPodの時間表示を見ているのだが)時間は遅々として進まなくなってしまう。これは変なものだな、と僕は思う。ついさっきまでは「朝までに果たして辿り着けるだろうか」と心配していた。そのときは時間は速いスピードでどんどん先に過ぎていった。今は「早く休憩の時間がこないかな」と期待している。すると時間は全然前に進まない。

それでもビーチボーイスの『サンフラワー』を聴きながら歩いているうちに(クーリン、ソークーリン、クーリンミー・・・)、ようやく三時半になる。でも大規模な道路工事をしていたり、ベンチがあってもすぐそこを車が(大体は大型トラックだ)走っていて空気が悪かったりして、なかなか良い休憩場所が見つからない。それで結局そのままだらだらと歩き続ける。これが山だったらどこにいても空気は良いはずなんだけどな、と僕は思う。おんなじように足に疲労が溜まり、多くのエネルギーを消費したとしても、やはり排気ガスのただよう都会より山の上の方が――少なくとも気持ちとしては――こころい。

サンフラワー

(The Beach Boys 『Sunflower』)

結局広い駐車場のあるコンビニ(またファミリーマート)の前で座り込み、おにぎりとパンケーキを食べることにする。おにぎりは4つの内の2個を食べ(といってもかなり大きい2個だ)、パンケーキは歩きながら食べることにした。おかげでリュックは少し軽くなったわけだが、ちょうどその分自分自身が重くなったということでもある。パンケーキは、こういうシチュエーションで食べるとぐっと胃に重くのしかかった。俺はいつも家でこんな重いものを食べていたのか、と少し驚く。

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5時18分。つつじヶ丘のあたりで空がだんだん明るくなってくる。足の疲労は着実に溜まりつつある。それでもできるだけペースを変えないようにしてひたすら歩く。まわりの景色はずっと変わらない。マンション。マンション。車の販売店(トヨタ)。コンビニ。マンション。マンション。車の販売店(ホンダ)。ファミレス・・・。そこに大型トラックのエンジンのうなりが通奏低音を加える。マンション。マンション。車の販売店(レクサス)。病院。そしてたまに畑。

一体誰がこんな面白くもない街並みをつくり出したのだろう、と僕は思う。もうちょっと目に見て楽しいものがあってもいいじゃないか。でも今思えば、それが嫌なのなら少し国道を離れて、もっと交通量の少ない別の道を進めば良かったのだ。でも今までひたすらこの国道20号を歩いてきたということもあって、今さら別の道に入り込みたくないという思いが僕にはあった(意味のない固執)。そういうわけで僕は、この先さらに多くの排気ガスを胸一杯に吸い込みながら歩き続けることになる。

延々と続く似たような街並みを見ていると、だんだん心に無力感が生じてくる。これら人間の営為は一体何に結び付いているのか、と心から疑問を感じることになる。我々はこれらの営為を通して、一体どこに向かっているのだろうか? じゃあそんな偉そうなことを言うお前は一体何に結び付いているのか、と言われると何も言い返せなくなってしまうのだけれど。

だから僕はただ音楽に耳を澄ませてひたすら歩き続けることにする。小澤征爾さんの生き生きとした表情を頭に思い浮かべる。あの人はあの年になり、重い病気を経ても、未だにあんなに生き生きとしている。素晴らしい音楽をつくり出し続けている。そして心のどこかで誰かが言う。それに比べてお前は一体何をしているのか? お前は生き生きとしているのか?

僕は頭に浮かぶそんな疑問をとりあえず払いのけ、ただひたすら歩くことにする。人が生き生きとするには、きっとそれぞれの独自のやり方が必要なのだ、と僕は思う。誰かの真似をしたって長続きはしない。きっとそれはただの中身のないパフォーマンスになってしまうだろう。しかし、だからといって何もせずにいては事態は一向に改善されない。きっと少しでも物理的に先に進み続けることが今の僕には必要なんだろう。

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5時33分。仙川三差路。「空気が悪い」とメモにはある。まあもともとが田舎者だし、まだ都会の空気に慣れていないのは仕方がない、とも思う。

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5時40分。いつの間にか世田谷区に入っている。ようやく東京の区部に足を踏み入れたわけだ。街はここからだんだん都会らしくなっていく。

こう考えると、東京の市部というのはなんとなく哀しい場所である。なにもかもが便宜的にできていて、便宜的でないものが入り込む余地はそこにはあまりない。田舎には少なくとも自然がある。文化もなく人もいないが、少なくとも自然がある。でも分からない。これは僕がまだ偏見に満ちた田舎者の目で街を眺めているからかもしれない。

歩道には立派なケヤキが植えられている。でもそのまわりはきっちりとコンクリートで固められてしまっている。このコンクリートの下で根が大きく広がっているのだと思うと、なんだか不思議な気分になる。コンクリートでまわりを囲まれた木はひどく不自由に見える。もちろん木には移動する能力も必要もないし、そうしたいという気も(たぶん)ないのだろうが。

もちろん街に全然樹木がないよりはこっちの方がずっと良いはずだ。それにコンクリートで固めなければ歩くのにも不便だし、木がどこかからにょきっと根を生やしてしまうかもしれない。それでも――にもかかわらず――僕の目にその木はやはり不自由に見えた。僕は歩きながらそんな木の一本に手を触れた。その樹皮は白く固まり、ざらざらとして、ところどころではがれていた。彼は一体いつからここに立っているのだろう? 「やあ」と僕は(心の中で)声をかけたが(僕はよく心の中で木に声をかける)、寡黙な木は何の返事も返さなかった。

そこからただひたすら歩き続ける。最後の10キロが異様に長く感じられる。僕は音楽を聴きながらただ歩を進めている。朝になったこと、それに都心が近付いてきたということもあって歩道を歩く人の姿は増えてくる。僕は何度も顔を上げ、新宿まであと何キロ、と表示された看板を眺める。しかしその数字はなかなか減っていかない。あと6キロ、あと5キロ・・・。最後の方になるともうなんにも考えたくなくなってくる。

でも、とちょっと僕は頭を働かせて思う。こんなのはせいぜい40キロちょっとの道のりじゃないか。フルマラソンとほとんど変わらない。とすればこれは自分で思っているほどクレイジーな計画というわけでもないのだ。これくらいの距離でこんなに消耗していたんじゃ、どうしようもないじゃないか。今ではたくさんの市民ランナーがフルマラソンを走っている。
それでもたった今足がきついという事実になんら変わりはない。

途中で自動販売機でセブンアップを買って飲む。でも本当はあまり飲まない方がよかったのかもしれない。このへんから胃が変なことになっていく。

そのまた途中でまた喉が渇いたような気がしてポカリスエットを買って飲んだ。僕にはなんというか、身体が本当に欲している以上のものを食べたり飲んだりする悪い癖があって、このときもそれが姿を現した。本当は疲労とか、眠気とか、そういうものが僕の身体全体をだるくさせていたのだろう。でもそのときの僕は、それは喉が渇いているせいだと一人合点してしまった。このポカリスエットのせいでなんだか胃がむかついてくることになる。

それから最後までは特に語ることはない。最後はもう本当に疲れてきたので、マイルズ・デイビスの『Bitches Brew』を聴きながら自分に狂気を注入した(疲れたときにはよくこれをやる)。そして午前8時13分に目的地に到着した。新宿駅が見えたときはうれしかったというよりは、心底ほっとした。結局約9時間半かかって到着したことになる。

BITCHES BREW

(Miles Davis 『Bitches Brew』)

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僕はなんとなく今自分がやり遂げたことをその辺にいる人たちに伝えたい気分だったのだが(今どこから歩いてきたと思います? 高尾山から延々歩いてきたんですよ)、僕の話を聞いてくれそうな人はそこにいない。いや、実際に話そうとすれば、聞いてくれる人はきっといたのだろう。でも僕は人見知りをする性格だし、あまり忙しそうにしている人たちの邪魔をしたくはないので、結局誰にもなんにも言わなかった。

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トイレに行き、持ってきていた乾いた服に着替え、バスタ新宿で高速バスを待っている人たちに混じってベンチに座り、残った2個のおにぎりを食べた(これがまた胃に悪かった)。さらに自分へのご褒美として近くのパン屋さんに行き、クロワッサンとなんとかというアボカドとベーコンの載った緑色のパンを食べた(これで完全に胃がやられた)。それにプラスしてホットコーヒーを飲んだ(これは身体を温めてくれた)。そして電車に乗って家に帰った。

結論

  • この徒歩旅行を通して僕は精神的に向上したのか?

・・・多分していないと思う。

  • 十分な楽しみを得たのか?

・・・それは微妙なところ。でもある種の達成感はあったかもしれない。自分で定めたゴールにきちんと辿り着く、というような。それに自分の足を使って移動する、ということにはやはりほかの移動手段にはない何かがあると思う。それは実際に自分の身体を動かして初めて感じることのできる何かだ。それがいずれ別のことの役に立つのかどうか、までは分からないけれど。

教訓

  • 我々は自分の胃を大事にするべき(その日の夜にこの文章を書いているのだが、まだ胃がむかむかして、何も食べる気にならない)。

追記

あとから考えてみると、僕の胃がやられたのは食べ物のせいだけではなくて、やはり夜通し歩き続けたということが原因になっているような気がする。たしかにおにぎりもパンケーキも胃に重かったが、普段の僕にすればさほど食べられない程の量ではない(こんなの全然自慢することではないのだけれど)。とすると、眠らずに夜歩き続けるという行為が、やはり身体にとっては不自然で負担のかかることだったのだろう。最近夜勤を始めたせいで(心ならずも)夜型の生活パターンに入っていたから、きっと夜通し歩いても大丈夫だろうと踏んではいたのだが。

結局三日経った今でも眠気が去っていかない。全体的な体力が戻るのにはもう少し時間がかかるかも。しかし一体いつになったらやりたいことで自活できるようになるのだろうか。

さらなる追記

あれから二年経って、久しぶりにこの文章を読み返してみました。相変わらず僕はまだアルバイトの身です。それでもまあまったく成長していない、というわけでもないと思う。これを読んで思ったのは、意外に悪くないじゃん、ということです。自分でそんなことを言っていればわけのないことですが。

その後一人で川沿いを40キロ近く走ったりもしましたが、やはり真夜中に歩いたこの経験は良くも悪くもしっかり記憶に残っています。人間の心の奥には「何か変なことをしたい」という衝動が誰にでも潜んでいるものなのかもしれません。それが表面に湧き上がってくると――まあ少なくとも僕の場合――こういう結果になるわけです。

相変わらずアルバイトをしながら小説を書き続けているわけですが、結局やっていることに大して変わりはないかもしれません。少しでも物理的に前に進み続けること。あとのことはまたあとのことです。

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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