誰も私に電話をかけてはこない

誰も私に電話をかけてはこない

もちろん、いつだってそうなのだ

私は何も不満を言っているわけではない

あくまで事実を、事実として述べているだけだ

もう一度言おう

誰も私に電話をかけてはこない

基本料金は毎月払っているのに

私の方からも誰にも電話をかけない

なぜなら誰にも用なんかないからだ

それなのにどうして電話を待っているのかって?

それを説明するのは難しい

いや、でも本当は難しくないのかもしれない

それはとてもシンプルなことなのかもしれない

例えば一人の男がいるとする

彼には好きな女がいる

しかし彼女は彼には見向きもしない

彼女はいつもどこか別のところを見ている

彼は電話がかかってくるのを待つ

彼女から

あるいは彼女の知り合いの誰かから

え? そんな可能性はほとんどゼロに近いじゃないかって?

たしかにそうだろう

しかし彼は普通の男ではないのだ

彼はある特別な星の下に生まれた男なのだ

彼の頭上にはある特殊なオーラがただよっている

そこにはいろんなものが引きつけられてくる

ほこりとか、ちりとか、それだけじゃなく

もうちょっとまともなものも

そう、精霊だ

知っているかい? 君

精霊のことを

それは空を飛んでいて

たまに人々の頭上にやって来る

そして幸運か、あるいは不幸を降り注ぐ

どちらを選ぶかは、彼らの気分次第

そのときやって来たのは

幸運でもなく、不幸でもなかった

じゃあ何だったのか

それはだった

精霊は男に電波を届けた

彼は携帯の応答ボタンを押し

それに応える

もしもし、と彼は言う

声が乾いている

しばらく何も聞こえない

回線が切れかかっているのかな、と思ったのだが

もちろんそんなことはない

なにしろ精霊が仲介しているのだから

もしもし、ともう一度彼は言う

その相手に向かって

ゴホン、とそのとき一度咳払いが聞こえる

誰かが今しゃべろうとしている

彼は息を呑んで待つ

何かが語られることを

しかしいつまで経っても言葉はやって来ない

彼に理解できるものはそこには何もない

しかし

理解できないものならやってきた

それはだった

言葉が言葉になる以前のようなものだ

それはそのまま彼の頭に降り注いできた

たくさんの隕石のように

あるいは流れ落ちる滝のように

彼は無言のままそれを受け入れた

というかそれ以外選択肢はなかったんだ

電話の向こうの誰かはもう一度咳払いをした

ゴホン、とね

そしたらその流れがんだ

そして本当に回線が途切れた

精霊が離れ、男はまたひとりぼっちになった

離れるとき、精霊がこう言った

気の毒にな、と

でもひどいよな

誰かにそんなことを言うなんて

男は茫然自失として

そこに突っ立っていた

耳にはまだ携帯電話(ちなみにスマートフォンではない、旧式のものだ)を当てて

その回線はどこにも繋がっていない

しかし彼は別の通路を通してどこかに繋がっている

言葉が言葉になる以前のような場所に

そこでは愛は愛ではなく

死は死ではない

音楽すらない

の世界だ

なにもかもが

それ以外のなにものでもない

彼はそれを見て

涙を流している

しずくの、透明な涙を

彼は自分がになっていることを知る

ほかのなにものでもない

そのものに

言葉は必要ない

なぜなら言葉は記号に過ぎないから

大事なのはその元にあるものなのだから

ということがいつか起きるかもしれないから

私は電話を持っているんだ

おかしいだろ?

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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