風花:かざはな【かざばな】とも
1:晴天に、花びらが舞うようにちらつく雪。山岳地帯の雪が上昇気流に乗って風下側に落ちてくるもの。[季 冬]「山国の―さえも荒けなく/虚子]2:初冬のころの晴れた日、風が吹き始める前などに、雨や雪がぱらぱらと降ること。
小学館 デジタル大辞泉
「あれは雪だ」と彼が空を指差して言った。見ると確かにその方向には、ひらひらと風に舞う白い花びらのようなものが見えた。
「どうだろうな」と僕は言った。「どうもティッシュペーパーみたいに見えるけど・・・」
そのとき我々は、二人で川沿いの道を散歩していたのだった。時刻は午後二時で、空は青く晴れ渡っていた。雲の姿はどこにも見えない。お日様が気持ちよさそうに輝いている。十二月になったとはいえ、東京に雪が降るにはまだ早すぎる。
「いや、あれは雪だ」と彼は言い張った。「俺は福井の生まれだから、雪には詳しいんだ。あれは雪以外のなにものでもない」
しかしそれは、雪であるにはあまりにも耐久力があり過ぎた。もし雪だったら、このぽかぽかした陽気の中で、あんなに長く生き延びられるはずがない。
「やっぱりティッシュペーパーじゃないかな」と僕はまた言った。「だってあまりにも長く空を飛び過ぎているよ」
「君」と彼は突然立ち止まって言った。「君はなんにも分かっちゃいない。世の中には恐ろしくタフに生まれた雪があるんだ。生まれつき死を免れているんだ」
「死を免れた雪はその後どうなるんだ?」と僕は訊いた。
「永遠に空を彷徨うのさ」と彼は言った。「そんなの当然じゃないか」
僕はまた空を見上げたが、確かにそれはずっと同じところをひらひら舞っているようにも見えた。あるいは本当に雪なのだろうか?
彼はそこで思いきりジャンプして手を伸ばしたのだが、もちろん届くはずがない。それは我々の遥か上空にあるのだから。そのとき一羽の鳥が飛んできて――鷹だろうか――その白いものの近くを飛び過ぎていった。食べ物と勘違いしているのかもしれない。我々は夢中になってそれを見ていた。永遠に彷徨うはずの雪は鳥に食べられてしまうのだろうか?
しかしやがてその鳥は突然興味を失ったように方向を転じ、どこかに去っていった。白いものは、ときどき太陽の光を反射してきらりと光った。我々はただそれを眺めていた。
「だから言っただろ?」と彼は得意げに言った。「あれは不死身なんだ」
僕はそろそろ先に進みたかったのだが、彼はいつまでもそこでぐずぐずしていた。なんとかしてそれを手に入れたいようだった。
「でも永遠に彷徨うんだろう」と僕は言った。「それじゃあ手に入れることなんか不可能じゃないか」
「いや」と彼は言った。「一つだけ方法がある。俺はそれを小さい頃じいちゃんに教わったんだ」
彼はそこで福井での幼少時代を振り返っているようだった。しばらく目をつぶり、じっと何かを考え込んでいた。そして言った。
「まず心から何かを願うんだ。そこに邪念が入ってはいけない。そしてそれは本当に自分自身から絞り出されたものでなければならない。ただ単に金持ちになりたいとか、女にもてたいとか、そういう世俗的なことじゃだめだ。しかしそれはとことん具体的でなければならない。そういう願いを心に思い浮かべるんだ」
彼はそう言ってまた固く目を閉じた。僕もまた目を閉じ、そのような願いを心に思い浮かべようとした。でもなかなかうまくは行かなかった。そもそも僕は何を求めているんだろう? 別に金持ちにならずとも、女の人にもてなくともよかったが、だからといって何の望みもないわけではなかった。それは確かにあるのだが、あまりにも深い場所にあるので、具体的な形を取ることができなかったのだ。僕は一度目を開けた。
彼は目を閉じながら言った。「そして言い忘れていたが、最も大事なのは目を絶対に開けちゃだめだということだ。目を閉じて、その願いを本当に心に浮かべたときにだけ、その雪は君の手の中に入り込んでいるだろう。つまり一種の印としてだ。恩寵の印だ」
でも僕はすでに目を開けてしまっていた。そして頭上を見ると、その白いものがまだ空を舞っているのが見えた。それはひらひらと宙を舞い、何度か眩しく光った。そして次の瞬間――なんということか――燃え始めたのだ。
やっぱりティッシュペーパーだったんじゃないか、と僕は思った。それが今何らかの作用によって熱く燃え始めたのだ。それは神秘的な光景だった。青い空を背景にして、白い花びらのようなものが燃えている。僕はそれをしっかりと目に焼き付けていた。そしてなぜかは分からないのだが、これは自分だけの火なのだ、と思っていた。これはまさに僕のための火だ、と。
それはしばらく燃え続け、踊るように風に舞い、突然姿を消した。見るとまたあの鳥が戻ってきて、燃えているそれを嘴にくわえたのだった。そして大きく旋回し、バタバタと羽ばたきながら太陽目指して去っていった。あとには青い空だけが残った。