システム交換、及び意識の再編成。そしてバッファローソルジャー・・・

さて、ようやくですよ。やっと文章に戻ることができる。ああ、この二週間どれだけこの時を待ちびていたことか・・・。

と、いうことで、システム交換です。僕は改宗しました。ついに、WindowsからMacに改宗したのです。いやはや・・・。長い道のりだったぜ・・・。

最初から説明しますと、三月中はとにかく前のパソコン(2010年、大学に入るときに買った――買って――Sonyの赤いVaio。OSはWindows 7。今ではもうサポートが終わってしまった・・・)でひたすら小説を書いていました。三月末に締切のある文学賞に間に合わせるためです。それで、そんなことをしているうちに、ある「ちょっとしたこと」が起こって(まあことです。あまり詮索しないでください。犯罪ではありませんから。とにかく・・・)、ちょっとした臨時収入が入ったのです。

Vaio君。頑張って磨いた・・・。

僕はもうしばらくはこのパソコンで(つまり長年使ってきたVaio君で)我慢するしかあるまいな、と覚悟していたのですが――まあ文章は書けるが(Microsoft Word 2007。2007ですよ! 今さらこんなもので文章を書いていた人がいるのだろうか・・・)――音楽や動画や、画像編集なんかは正直あきらめるしかない。やってできないことはないけど・・・処理速度が絶望的に遅過ぎる。あるいは詳しい人に見てもらえば対処の仕方もあったのかもしれないけれど・・・。まあ実際そこまでやっているほどの時間の余裕もなかったしね。それはそれで仕方がない。

と、いうときに、晴天の霹靂へきれき。なんとか中古なら新しいパソコンが買えるかもしれない、という状況になったのでした。ここは心機一転。環境を――まあ部屋の中だけですが――変えるチャンスかもしれない、と思って、メルカリで、2020年に発売されたMacBook Air(シルバー)を、まあちょい安い値段で買ったのでした。しかしまあ使用感もほとんどないし、操作性にも問題はありません。問題といえばWindowsに慣れきった僕の意識の方です。これはなかなか変わらない・・・。それでもまあ徐々に慣れてきてはいます。よっぽど込み入った作業をしない限り、そこまで変化もないしね。スティーブ・ジョブズのいなくなったアップルにどれだけのものが期待できるのか、というのはちょっと分かりませんが。とりあえず(未来のことを考えても仕方がない)。

Air君。ちゃんとリンゴのマークが付いています。

そんな感じで、ひたすらバタバタしていました。もう寝る暇もなかったくらい(といっても寝ましたが。はい・・・)。俺はこんなところで何をしているんだろう、と常に思っていた。文学賞も取れず、三十歳も越えてしまって、いまだにアルバイト生活を続け(カツカツですね、はい・・・)、にもかかわらず、こうして本質的なことに時間とエネルギーを使っている・・・。

でもまあ一つ言いわけがましいこと言わせてもらえれば――なんだか言い訳ばかりしているみたいですが・・・――やはり人生にはそういう時期も必要なのだろう、ということです。とことん現実的になって、とことん現実的なものごとに時間とエネルギーを注ぐ、というような・・・。もちろんずっとそれだけだとだんだん心が枯れてくるわけですが――そのことに気付かない人もたまにいますが、まあそれは置いておいて――いかんせんここをグッと踏み留まって我慢しないと、後にも先にも進むべき場所なんて存在しないぞ、というような状況・・・。

まあ具体的にいえば、古いパソコンからのデータ移行と初期化。そしてテーブル周りのスペースの再配置。まあそんな感じです。僕の古いSony Vaio君は、一生懸命頑張ってはくれるのですが、なにしろ4GBしかメモリがないし、CPUもかなり古いものなので(Intel Core i3・・・だけど2010年当時のノートパソコンのもの)、処理速度には限界があります。プラス、なぜか古いUSBメモリしか読み込んでくれないのです。いやはや。なんだか頑固なうたぐり深い古本屋の主人のような・・・(新しい客は入ってくれるな! まあそんな人実際にはいないか。はい・・・)。

とにかく、大した情報が入っているわけでもないのに、移行に非常に時間がかかる。最初はバッファローの新しいUSBメモリを買ったから、これで楽勝だろう、と思っていたのだけれど・・・。なぜか途中でエラーになってしまう。64GBもあるのに、み上げられるデータはゼロです。ゼロ!

(バッファローの64GBのUSB・・・。新しい客)

しかし12年前にPCと一緒に買った4GBのソニーのUSBメモリなら読んでくれる。ああ、また来たな。ほら、お茶でも用意してやるからさ。ゆっくりしていってくれよ。この間状態の良いシェイクスピアが入ったんだ。イギリス人がね、売っていったんだよ。あんただけに取っておいたからさ、裏でこっそり見ていってくれよな・・・。じゃなくて、僕はただ単にデータを移したいだけだったのです。文章ファイルは容量が少ないから、まあすぐに終わる。あとは音楽――これが結構たくさんある。懐かしの音楽たち。僕の孤独な日々を暖めてくれた・・・――そして録音したインターネットラジオのデータ。あとは一時期いっぱい撮っていた動画の素材・・・。まあ無いっちゃ無いでも良いんだけど――むしろその方がスッキリしたかもしれない――でも少なくとも移せるのなら移しておこうじゃないか、と僕の中の貧乏根性が叫んでいるのです(これは遺伝される)。それでその貧乏根性にほだされて、僕は寝不足の頭を抱えながら、なんとかデータ移行に励んでいたのであります。

しかしその12年前の古いソニーのUSBは、「4GB」と書いてはあるけれど、実際には「管理領域」だかなんだかで、もっとずっと少ない量のデータしか入らなかったのです(これは別に詐欺ではなくて、どのUSBもそうなっているらしい・・・)。だとすると、元々大した量のデータではないとはいえ、古いVaio君の中のものを、まるで手のひらですくってはMacに移行し、また掬っては移行し・・・という際限のない繰り返し作業に入り込むしかないのだろうか・・・? このテクノロジーの時代に? 僕にだって時間は貴重なんだぜ? 貧乏根性さん。

12年前にPCと一緒に買ったUSBメモリ。僕の哀しみをもまた保存している(僕の哀しみは2KBである・・・)。

と、いうことで別の方法を考えました。それはネット上のクラウドサービスにデータを載せて、それをMacの方でダウンロードしようという考えであります。Google Driveなら無料でも15GBいけるし、それなら少しは作業が楽になるだろう・・・。でもやはり考えが甘かった。僕のVaio君の処理速度では、ものすごくゆっくりとしか、データがネット上にアップされなかったのであります。まったく。大した量のものでもないのに、一時間以上もかかったりする。しかも待っていた挙句に、途中でエラーになったりね。いやはや。。実に疲れる。まあUSBみたいな差し替え作業がないだけ、そのかん別のことをしていればいい、ということにはなるのだけれど・・・。それでもまあ早く終わるに越したことはない。ただまあ、この方法で半分以上は送ったかな。まったく。眠いぜ! 貧乏根性さんよ。

次。それで最後に考えついたのが、SDカードを使うという戦法でした。SDカードって今時いまどき使われているのかどうかよく分からんけど、とにかく僕のVaio君にはSDカード用のスロットが付いていて、僕はこのパソコンを買って以来、たぶん一度もそこを使ってはいなかったのであります。ということは、まだ無傷で残っているということだ。正直なところDVDドライブの方もエラーが出てダメでした。速度も遅い挙句に、最後にエラーになる。だからその方法も除外。それで・・・そう、SDカードです。バイト先のお店でauポイントで買った。こういうときにポイントは役に立ちます(ちなみにゴリペイは使えなかった。「ゴリペイ」について知りたい方は・・・僕のどれだったかの短編小説を読んでください。どれだったか忘れた・・・)。それでまあ、その目論見は見事に的中し、なんとか効率良くデータを移行することができたのでした。まるで古本屋の裏口に別のルートを設定したようなものですね。はい。奥さんに賄賂わいろをあげたようなものかしら・・・。バームクーヘンとか。(私バームクーヘンには目がないの! ありがとう! おい! お前、裏口から変な客を入れるんじゃないよ、とかね)

(「ゴリペイ」は使えなかった・・・)

まあとにかく、そのようにして、数日後にやっとデータ移行が終了し、その間にテーブル――というかこたつ机――周りを整備しようとネットで色々書いました。「ちょっとした」臨時収入とは言っても、あくまで限界はありますので、あまり買っているともちろん底が尽きてくるのですが――正社員になっていたらこんなこと考えなくても済んだのにな、と思わないこともないけれど、やはり僕は今さらメインストリームに戻ることはできないだろう――どうも長い間まったく同じ環境で過ごしてきた(過ごさ)ことのフラストレーションが、今ここで爆発しかかっているみたいでした。もう先のことはいいから、徹底的に設備投資についやせばいいじゃないか、と僕の中の無責任ざむらいが言っている・・・(ちなみに無責任ざむらいは非常に無責任なことで知られていて、生まれてから一度も何の責任も取ったことがない。就職したこともない。ただぶらぶらしていて、たまに木の幹を刀でぶった斬る。それでニヤニヤ笑っている。時々お茶屋さんの娘を追いかけるが・・・面倒になったら自分から逃げる。なにしろ責任を取りたくないから)。

さて、僕の中の貧乏根性は「お金を取っておけ」と言っている。しかし無責任侍の方は、無責任にも、「徹底的に使ってしまえ」と言っている。なにしろお金ってのはさ、使えるときに使っておかないと、何の役にも立たないものだからさ。分かるかい? そのまま置いといたってただの紙切れなんだよ。ほら、Amazonで調べてさ、欲しいやつ買っちゃいなって。(小声で)まあ責任は一切取れないけどな。

まあ僕は非常に分裂した精神状態に置かれ――この二人のほかにも何人かの登場人物が住んでいる。クジラとか。カラスとか。ヘビとかもね――プラス、Vaio君が駄々だだねるせいで――新しいUSBなんか好かん!――寝不足だったこともあり(一度夕飯を食べないで寝たこともありました。いつも空腹の僕には非常に珍しいことですが・・・。それだけ眠かった。はい・・・)、僕の意思決定機関は、まんまと無責任侍に乗っ取られてしまったのです。彼は酒瓶片手に操縦席に座り、色々とネットで注文していきました。まったく・・・。

しかしまあ、彼の言うことにも一理ありました。あまり先のことを考え過ぎても仕方がない。今は今のことを考えようじゃないか、ということです。それに僕の最終的な目標はもっと自由になることです(たぶん)。そしてそのために今のこのようなアルバイト生活を抜け出したい。新しいパソコンを買って、その周辺状況を整備すれば、あるいは僕の生産能力も多少は上がるかもしれない。その結果・・・いつになるかは分かりませんが、職業的小説家になって、もっと自由な生活が送れるようになるかもしれない・・・。

無責任侍が去っていったあとには、いくつかの製品が残されました。まあ四月になったし、コロナも一時期に比べれば落ち着いてきたし(また徐々に増えたりもしていますが。こればっかりは予想が付かない・・・)、東京生活もついに7年目に入ろうとしているし(7年目! まあ生き延びているだけでも良しとするか。最近現実を受け入れるのが上手うまくなってきたような気がする・・・)、ここらで内的環境を変えて――つまり部屋の中、という意味ですが――心機一転頑張ろうじゃないか、という気持ちでいることも事実です。まあ、そういうことで、新しいMac Book Airのためのカバーとか、フィルムとか、あるいはこつ伝導のイヤフォンとか、買いました。イヤフォンは安いやつを買ったから、音質はすこぶる悪い(笑)。でもまあ、今までBoseのノイズキャンセリングの結構良いヘッドフォンを使っていたせいで、宅急便のインターフォンを聞き逃すことが何度かあったから――それ以来荷物が来る予定の時間帯には音楽を聴かないようにしていた。はい・・・――そういう観点でいえばこれは悪くない。耳元でラジオをつけっぱなしにしているような感じ。集中して聴くには音質が良くないけれど、まあ聴き流す――そして時々ふっと意識を向ける――には悪くないかな、という感じです。でも骨伝導のもっとグレードの良いやつも聴いてみたいな、という欲望も沸々ふつふつと湧いてくることになる。(オーバーイヤーの)ヘッドフォンは音漏れも少ないし、音質も良いのだけれど、いささか疲れる。たぶん自然な状態じゃないからだろうな、と僕なんかは想像するのですが・・・。この辺は好みの問題か。

 

(「いくつかの製品」たち)

結局無責任侍に――安易に――説得されて買った(いいから買っちまいなよ。お兄さん。ニヤニヤ・・・)Logicoolのワイヤレスキーボードは(ノートパソコンのものは狭くて使いにくい気がしたので)、ちょっと実際には使い物にならなかった。少なくとも僕にとっては、ですが。WindowsとMacの兼用で、Macユーザーにとっては表示が見づらい、ということもあったし、タッチが安っぽいということもあった(まあ実際に安かったのだから仕方がないのだけれど)。そして僕はなぜかテンキー付きのものを買ったので(ほとんど使わないのに)、マウスを動かす右手の邪魔をしてしまう(つまりテンキーが出っぱっているせいです)ということにも気付かされた。今さらこのキーボードのために左利きになるというのもな・・・ということで、結局Appleの純正のMagic Keyboardを買うことになった。いやはや。それでお金は無くなったな。ちなみにいろんなサイトで、Macユーザーはまずこれを買った方がいい、というか「正直一択だ」、とか書かれていたのだけれど(本当かよ? と最初は疑っていた。ごめんなさい・・・みなさん)、たしかに実際にそうだったのかもしれない。接続もスムーズだし、タッチもとても良い。最初からこれにしておけばよかった・・・と思いながら無責任侍の方をチラリと見る(もちろん彼は酒を飲んでいて、まったくこちらには気付かない。あるいはそういうをしている・・・)

(Apple純正のMagic Keyboard。「マジック」ってほどでもないけど、まあ打ちやすいかな・・・)

そう、それにプラスして、こたつ机の脚を上げました。何を隠そうこのこたつは6年の間に徐々に成長してきたのであります。最初は座椅子に座って、ごく普通のこたつとして使っていたのだけれど・・・。あまりにも立ち上がるのが面倒臭い(いや座ったり立ったり、という動きが大き過ぎて、非常に面倒だと感じるようになったのであります)。しかし高い机を買うほどのお金もない(つまりハイこたつですね)。別の机を置くスペースもない(僕の部屋は非常に狭い・・・)。ということで、ニトリで継足つぎあしなるものを買って、まるで靴を履かせるみたいにして、四つの足にめ込んでいったのであります。それがいつの間にかどんどん増えて、これまでは六段になっていたのを、さらに一段増やして七段にしました。当然のことながら、不安定にはなります。でも腰のことを思えば・・・。

これが一段上げる前の状態。この時点ですでにかなり不安定である・・・。

そして今回はさらにその上にキャンプ用の高さ12センチほどの小さなテーブルを乗せました。折り畳みのもので、それを乗せればなんとかテーブルとして十分な高さにはなる。あとは座椅子。机が上がったからには、椅子も上げなくてはならない・・・ということで(これまでは回転式の比較的低い座椅子を使っていました。それもほとんど満身創痍そういの状態なのですが・・・)、悩んだ挙句、パイプ椅子を買いました。。あのパイプ椅子。だって安かったんだもの・・・(ここでは貧乏根性に従った)。ただパイプ椅子だけだとお尻に負担がかかりそうだったので、それを減らせるマット――のようなもの――も買いました。当然お金は減っていく。ただお尻は嬉しそうでしたが(ありがとう! お兄さん!)。

(「いくつかの製品」たちその2。机と椅子とお尻のためのマット)

さて、そんなこんなをしているうちに、どんどん時間は減っていきます。お金もまた減っていきます。しかし走る暇がないため(週三から週一に減らさざるを得なかった。本当に時間がなかったのだ)、体重は増えているような気がする・・・。まったく。でも仕方ない。ここを乗り切れば、新たな生活が待っているぞ、と自分に言い聞かせて、なんとか一つ一つ片付けていく。ああ、眠い・・・。

この間の日曜日(4月10日)に、なんとかデータ移行を終えて、Vaio君を初期化し――これもなかなか面倒臭かったのですが。説明も面倒臭いので割愛(ソニーのサイトを見てなんとかやり遂げた。ふう・・・)。なにやら初期化しただけではデータはハードディスク上に残ったままだから、特殊なソフトを使って、上書きする必要があるんだと。まったく。ただ捨てることもできないのか・・・――近所の家電量販店に持っていきました。3100ポイントに変化しました。よかったよかった。一円にもならないんじゃないか、あるいは処理に逆にお金がかかるんじゃないか、と心配していたので、買い取ってもらったのはホッとしました。12年間ご苦労様、と心の中で声をかけ、Vaio君を新たな場に送り出す。たぶん分解されるのだろうけれど・・・。

しかし12年間というのも長いですよね。普通の人はその間に二つか三つくらいはパソコンを買い換えるのではないか・・・。しかしまあ文句も言っていられない。とりあえず文章を書ければ用は足りたのだから・・・。

結局パソコン関係の作業をしていて、僕がひしひしと感じたのは、、ということです。しかし、にもかかわらず、非常に時間と手間がかかる。次々と予想外の問題が起きてくる(たとえば外付けSSDのフォーマットの仕方がWindowsとMacで違うとか。そんなこと知らん。まあ詳しい人には常識なのかもしれないけれど・・・。あとはVaio君の融通が利かなかったり。DVDドライブがぶっ壊れているせいでリカバリーディスクなるものが作成できなかったり。結局外付けのものでなんとかなりましたが。ふう・・・)。調べればいろんなところで記事が見つかって、なんとか処理することはできるのだけれど・・・非常に疲れる。もう一度言います。

でも今の時代パソコンなしではやっていけないのだろうし、詳しい人はどんどん先に進んでいってしまっている。古典文学を図書館で借りて読むのが好きな人間なんて、色違いのピカチュウくらい珍しいんじゃないかと思えてくる・・・。まあそれでもなんとか自分のできる範囲ではやりますよ。だって新しいパソコンが使えるようになるというのは、つまるところ自分の可能性を――表現手段の可能性を――広げていくことにもつながるのだから。

僕の中にはたとえば「山奥で一人で自給自足で暮らす」というような素朴な暮らしに憧れている部分がある一方(実際にやるのは相当大変そうですが。はい・・・)、新しい技術を自分の有効な手段として利用してやろうじゃないか――利用してやろう――と考えているある種不敵な部分が存在しています。別にどちらが正しいというわけでもないのだろう。なんだか夏目漱石がMacでひたすらパタパタと文章を打ち込んでいる情景を想像すると笑えてきてしまうのですが――失礼。漱石先生――当然のことながら、彼はそんなものなくたって立派な文章を書くことができました。でも今は今です。僕は今現在を生きている。それはそれで、結構大事な感覚かな、と思わないこともないです。素朴さに固執こしつするのもありだし――正直ノートとペンさえあればどこでも文章なんか書ける――一方で新しいものを積極的に取り入れようとする姿勢もまあ、悪くはない。結局は「それで何をするのか」ということです。大事なのは。そんなのは当たり前といえば当たり前なのだけれど、結構みんなが忘れている盲点のような気がする。「手段」のことを考えているとスルスルと時間は過ぎていきますが――実際この二週間3倍速で時間が流れ去っていったような気がする。あの時間は二度と戻ってはきません。はい・・・――そのかん心の真に重要な部分が動かされていなければ、魂は不毛さに苦しむでしょう。それは何も僕だけの問題ではないはずだ、とひそかに思っているのですが。どうでしょう?

ジャマイカ。

まあそんなこんなで、なんとかVaio君を処理し――し――なぜか買ってしまったペンタブ(パソコン上で絵を描くためのタブレット)を使って、ビギナー君とDr. Wikipediaの肖像を描き――非常に面倒臭かった。特にドクターの毛が・・・――それが終わって、ようやく文章に戻ってきたのであります。本当にひどい二週間だったが、まあ必要な二週間ではありました。外付けSSDもちゃんと機能しているし(パーティションを分ける必要はありましたが・・・。なんだよ「パーティション」って・・・)、新しく入れたワープロソフト(egWord)にも、僕自身適応しつつあります。とにかく画面が綺麗でびっくりしてしまった(Mac本体の話です。はい)。なんだか12年間の技術革新を凝縮された時間性の中で目撃しているような気分です。Vaio君の亡霊が夜に出てこなければいいのだけれど(俺は責任取れんよ、と無責任侍が後ろで言っている。分かったからって。もう・・・)

(XP-Penというペンタブ。やってみると意外に難しいが・・・まあ慣れの問題か・・・)

さて、それが外的状況。内的には・・・僕は変わりつつあると思う。というかまあ、誰だって、本当にきちんと眺めれば、毎日毎日変化し続けているわけですが・・・そういったこととは別に、三十を越えて、僕は再出発をしたいと考え始めているのだと思う。とはいっても具体的にはバイトをしながら文章を書き続けるだけではあるのですが・・・(ぼちぼち音楽もまたやり始めようかとも思っている。時間があったら、ですが)。

なんというのか、その姿勢に変化が起こりつつあるような気がしているのです。僕はこれまでずっと目に見えない「何か」を求め続けてきたわけですが――その具体的な形を僕はまだ知らない――そういった姿勢が、より先鋭化されてきたような気がしているのです。結局6年前にここに――この東京の外れの街に――やって来たとき、僕はなんにも知らなかった。何も知らなかった。しかしにもかかわらず――あるいはだからこそ――一種のイノセンスを保持していたわけです。まあ若いうちは誰だってそうだといえばそうだったのかもしれないけれど・・・それでもなお反抗的な部分は残っていました。ほかの人間たちのようにはなりたくない、というのがそれです。つまり易々やすやすとシステムに魂を売り渡したくなかった、ということです。そういった本能的な拒否感みたいなものが、僕の中に――僕の意識以前の場所に――確実に存在しているのを感じ取っていたのでした。だからこそかろうじて今まで生き残ってこられたのだと思います。別に僕が特別強いとか、そういうわけじゃなく。物理的にそうしなければならない、という理由が、自分の内部に存在していた、ということです。そして今、6年経って、なんとか日々のひどい退屈さをくぐり抜けて――その責任のほとんどは自分自身にあったのですが、とりあえず――自分が当時何を感じていたのか、ちょっとだけ分かりかけてきた、というところがあります。要するにのです。

いうまでもなくすべての人にオリジナリティー、あるいは個性というものは存在しています。人為的には絶対に作り出すことのできない、生来のもの。あるいは僕はこの6年というもの、必死に人々のそういった部分をストックし続けてきたのではないか、という気もしているのです。なぜなら他人を見る視点で、我々は自分自身をもとらえるからです。少なくとも僕はそう感じています。他人を偏見でしか捉えられない人は、まず間違いなく自分自身をも都合良く偏見の枠組みの内部でしか捉えられないでしょう。一方で他人の柔らかい部分、あるいは透明な部分を、かたよった見方抜きに眺めることのできる人は・・・きっと――まあ理想ですが――自分自身をも偏見の枠組みから離れて見ることができるのではないか。僕はどうも最近そんなことを考えているのです。はい。

それでまあ、僕が言いたかったのは、その「生来の部分」をかして人生を送っている人は――あるいはその部分にプライオリティーを置いて生きている人は――ほとんどいないといっても過言ではない、ということです。はい。生意気なことを言うみたいですが、それが事実みたいです。しかしそれが一概に悪い、というわけでもないのだろう、と思う。なぜなら人生に何を求めるのかは人によってやはり違ってくるからです。安全な場所で、比較的平和に肉体的生存を保つ。それなりの楽しみを持つ。仕事をする・・・。うん。家族を持つのもそうだな。そうやって生き延びる。少なくとも死ぬまでは。もちろん悪くない。というか普通の人生じゃないか? それが。それの何が悪い?

もちろん悪くないです。別に僕は非難しているわけではない。それでもちょっと退屈かもしれない。やはり退屈していると、人の心はどんどん沈んでいってしまうみたいです。フラストレーションも溜まってくる。エネルギーが自然な流れを失い、どこか予想も付かないところから噴き出したりする。その結果周囲の人々に被害が及んだりする。一方本人は何も気付いていなかったりして・・・(でも僕も人のことばかり言えないな。気を付けないと・・・)

まあものごとをもっとシンプルに言えば、僕はきっと発展し続けたいのだと思う。退屈しないために。自分に自然な熱のようなものを与えるために。若いうちは――まあまだ今だって若いのですが、とりあえず――なんとか地上で生き延びるだけで精一杯、というところがあります。それはたぶん僕だけに限った話ではないと思う。経済的にもそうだし、もっと重要な部分においては精神的なところにおいてもそうだと思う。よっぽど天才的な人でもない限り、二十代で自分のシステムを構築している人なんかまずいないのではないか? フラフラして、傷ついて、腹が立って、でもどうしたらいいのか分からなくて・・・。自分は本当はこんな人間じゃないと思い、でも別に前に進む勇気があるわけでもないし・・・。ただのうのうと、あるいはバタバタと、あるいはグルグルと、あるいはフラフラと・・・いずれにせよ、肉体的生存を続けている。こんなことでこれから先やっていけるのだろうか・・・(いけるって。心配するなよ、と無責任侍が言っている。彼のことはこの際無視しよう・・・)。

でもなんとか一日一日を積み重ねているうちに、ふっと、以前とは違う場所に立っている自分を発見する。前ほど他人に寄りかかっていない。前ほど混乱していない。前よりもちょっとだけ、自分のことを理解できたような気がする。まだまだ不安はあるけれど・・・(大丈夫だって、心配するなよ、と無責任侍が言っている)。僕はそういった状況を想像するのです。そういった変化が実は最も重要なのではないか、と。

もちろんそれは、という話であって、僕自身そんな領域にはまだまだ達していません。いまだに混乱しているし、つまらないことで傷ついてばかりいる。しかしまあ、さすがに6年前よりは成長していると思う。あの頃の混乱ぶりといったらそれはひどかったから。僕は自分に自信が持てないからこそ、他人を攻撃し続けていたのだと思う。実際に手を出したりしたわけではなかったけれど、少なくとも頭の中ではね。自分の指針がなかったからこそ、固まったルーティーンにしがみついていた(かつては週六くらいで走っていた。今は週一である。はい・・・)。中身がないことを認めるのが恥ずかしかったから(あるいは悔しかったから)、外側にある形式にとにかくひたすら反抗していた・・・。まあそんな感じです。誰も彼と友達になりたいとは思わないと思う(そりゃそうだ、と無責任侍が言っている)。

結局「謙虚になりなさいよ」というのが上にいる誰かさんの――上に誰かがいるのかどうかは分かりませんが――言葉だったのではないかな、という気が最近ひしひしとしてきています。「謙虚になる」というのは言葉で言うほど簡単なことではありませんが――それは「卑屈になる」というのとは決定的に違っています。そこには真の誇りが関与していない。責任も――身に付けるだけの価値のある姿勢だと思う。「結局みんな一緒なんだからさ」と上にいる誰かさんは続けています。「まずそのことを認識しないと。そのあとで、君はもっと別の場所に行くことができるんじゃないかな?」

はいはい。分かりましたよ、と思いながら、なんとかかろうじて日々を生き延びています。今のところほとんど人生にフラストレーションしか感じませんが・・・あるいはこのまま成長していければ、どこかの時点で、もっと自由になった自分を発見できるかもしれない。。それが今の僕のほとんど唯一の希望です。文学賞を取れるに越したことはないけれど(それは僕自身認めます。はい・・・)、それでも、そこに人間的なうつわのようなものがともなっていなかったなら・・・僕はきっと少なくとも内的には、どこにも発展していくことができないでしょう。だからたとえ他人に理解されなくとも、二次選考にすら進まなかったとしても、今ここにいる自分を改変し続けていく必要はあります。でもどうやって? どうやったらいいんだ? 俺は?

まあ「本能に従う」というのが僕のとりあえずの答えです。はい。芸はないが、たぶん真実だろう、と僕は思っている。結局今日決意して、明日急に強くなっている、ということは、人間の心に関してはあり得ないのだろう、と感じています。なんとなく実感として。あったとしたらドーピングです。すぐに元に戻る。あるいは副作用がやってきます。そのうちに。

そうじゃなくて、もっと地道に自分を鍛える。というか少なくとも鍛えようと努める。そういった姿勢が重要だったのかな、と最近思えてきました。だからこそ物語を閉じたくなかったのです。なぜなら・・・そうしてしまうと、反省する能力というものが減衰してきてしまうからです。偏見とドグマ(固まった教条主義的な答え、というくらいの意味です。はい。学校のことが頭に浮かんできますが・・・)。これが意識の誘惑であり、罠です。それと安易な優越感。これもまた罠です・・・。

いうまでもなく、それらの脅威に対して、僕自身もまた、有効な防御を有しているわけではありません。むしろ素っ裸で歩っているようなものです(昔そういった夢を見たな。たしかに・・・)。オープンであることは気持ちの良いことではあるが、同時にひどくもろいことでもあります。特に悪意を持った人々に対しては・・・。

僕はある意味では間抜けなアヒルの子供みたいなものだったのだと思います。今になってみると、それが良く分かる。自分の頭を使えている、と思い込んでいたけれども、それは単なる幻想に過ぎませんでした。でもだからといって、簡単にみんなと同じことをしているのはしゃくさわる。癪に障るだけではなくて、不毛だと知っている。これは本能的なものですが、このあたりの感覚だけは今でもまったく変わっていません。みんなでニコニコとして一緒に時間をつぶす、という行為が、どうしても苦手なのです。そして狭い世界に入り込むのも嫌だった。そうしてしまうと、明らかに何かが――何か精神にとって非常に重要なものが――欠けてしまうことを知っていたからです。それは何だろう? と今では思う。あるいはグルーヴだろうか。精神的グルーヴ・・・。

まあいずれにせよ、僕はそんな混乱した状況の中で、まずは就職を拒否し――2年実家にいました。はい・・・――そして東京に出てきて、ずっとアルバイト生活を続けてきたのであります。文章を書くことだけがほとんど唯一の希望でした。最初は自己嫌悪しか抱けなかったのですが・・・それでも、このまま成長していけば、いつか、いつになるのかは分からないけれど、もっと自由になれるのではないか、という予感のようなものがありました。正直なところいまだにそれだけを頼みにして生き続けているようなものです。はい。

僕が自分のことを「アヒルの子供」だと言ったのは、要するに一種のイノセンスを保持していたからです。それは別に僕が偉いんじゃなくて、年齢相応のものだったのだと思う。しかしそのままの状態ではあまりにももろすぎます。行ったり来たりして、いろんな人のいろんな言葉に傷付いて。本来寄りかかるべきではない人に寄りかかったりして・・・。あるいは意見を訊いていた人が、本当はかなりヤバい人だったりして・・・。

結局当時自分より年上の人々は「大人の人たち」というざっくりとしたカテゴリーにまとめて放り込まれていたのだと思います。そしてこんな風にはなりたくないぜ、とか思って、自分はクールなんだと勘違いしていました。しかし実際には、そのカテゴリーには、さらに小さな引き出しが無数にあります。一人として同じ人はいないのです。たとえ本人が「自分は凡庸ぼんような人間だからさ」とか思っていたとしてもなお、です。みんな異常なのです。しかしその異常さを、基本的には押し隠して生きている。なぜならそれが社会というものだからです。僕もある程度まではその必要性を認めます。それなりのルールというものは必要なのです。やはり。しかしそこだけに魂を付着させてしまうと・・・。きっと生きるという行為に含まれる大事な何かが――それは透明なものですが――消えていってしまうのだと思う。僕はそういった事態に陥るのを避けたかったのです。たとえ敗北すると分かっていたとしてもなお、闘いを止めるわけにはいかなかったのであります。まあとはいえ、実際にはグズグズと生き延びてきただけです。それしかできなかったのだから仕方がないといえば仕方がないのですが・・・。

それでもようやくちょっと変わりつつあります。アヒルの子は、成長して、アヒルになった・・・のか?

(「アヒル」・・・。これは別に買っていない。さすがに)

まだまだですが、ほんの少しずつ、自由の領域を広げつつある、という実感があります。「正しいこと」は「正しいこと」ではなくなり、「間違ったこと」は「間違ったこと」ではなくなった。要するにそういうことのような気がします。盲目的に従っていた規範が、実はいろんなものの見方のに過ぎなかった、と知ること。これはきっと慣れ親しんできた東北の地を離れたからこそ分かったことだと思います。世界にはいろんな視点があるんだ、と――今さらですが――実感しつつあるところです。たとえかたち的には同じ行為に見えても、シチュエーションによって、あるいは当事者同士の感情によって、まったく意味が違ってくる、ということが往々にしてあります。重要なのはたぶんコミュニケーションです。そして謙虚になること・・・(そういえば昔――中学生の頃ですが――「あいさつ運動」というものがありました。毎朝いろんなクラスが交代で、昇降口の前に並んで、おはようございます、と連呼する。言われた方はもちろんきちんと返さないわけにはいかない。ほかの学校でそんなことがおこなわれていたのかは分からないけれど、僕はこれはただの形だけのものに過ぎないと思う。大事なのは感情です。ただひたすら同じ文句を繰り返すだけではなくて)。

まあそんなことを考えています。前からおんなじことばかり言っているみたいですが、それは仕方がない。僕は僕なのだから。今さら変えようと思っても変わらない部分がかなりあります。しかし一方で、その「僕性」を常に揺さぶりたいとも思っている・・・。それは何を意味しているのだろう? いずれにせよ、自分を疑い続けることが結構重要な気がしています。いくつになっても、自分にとって不明な部分は残されているものなのだと思います。そういえばドストエフスキーが『作家の日記』の中で、当時の社交界にいる退屈な人々を、「自分自身を偏見の目で見ている」というようなことを言って批判していましたが、まさに僕も同じようなことを考えている。「自分はこんなものなんだ」「これで良いんだ」と思うことは、一種の安心をもたらしますが、同時に、自分の中の最も美しい部分を踏みつけする行為でもあります。最も美しい部分はおそらくは生来の部分です。それは発展を求めている・・・と思う。たぶん。僕も人のことばかり言っていられませんが。とにかく。

P.S. 僕がこんな風に個人的にグズグズしている間に、ウクライナで戦争が始まってしまった。最初は僕もアメリカが過度に対立をあおっているような気がして仕方がなかったのだけれど――ウクライナ国内でも侵攻が始まる前までは、みんな結構平穏に暮らしていましたね。余計なことを言うな、という感じで――結局アメリカの情報機関が正しかったことが証明されてしまった。純粋に論理だけを辿っていけばロシアの主張していること――当初主張していたこと――にも一理あるような気もするのだけれど・・・(彼らはNATOが勢力を拡大することを恐れていたのでした。ウクライナは核保有国ではないが、NATOには核保有国が複数参加している)。実際に戦闘が始まってしまうと、彼らの――ロシアの上層部の――主張していることの功利性や狭さが目に余るようになってきます。そして。戦闘が始まる前まではごく普通に暮らしていた人々が、ミサイルによって――あるいはほかの様々な手段によって――殺されていく・・・。むごいことです。もっともこの日本の比較的安全な街にいて、限られた情報しか得られない僕にとっては言えることはこの程度までです。実際日本のメディアが報じているのは、基本的には西側のメディアが集めた情報の縮尺版に過ぎないような気もしています。何が実際に起こっているのかは、なかなか時間をかけないと見えてこない。ロシア側の報道がかなりかたよっているのも事実だとは思いますが・・・(そういえば反旗をひるがえした国営放送の女性がいましたね。あれはかなり勇気の要る行動だったと思う)。

いずれにせよ、ロシアが悪で、ウクライナが――あるいは西側が――完全な「善」だ、とする見方はなかなか危険です。決してロシア軍がやっている行為を認めているわけではないけれど、簡単に判断を下してしまうのはやはり危険だと思う。それが行き過ぎると、JRの駅でロシア語の表記を隠すとか、そういう謎の行動につながってきてしまうのだと思います。きっと苦情が寄せられて、それに迅速に対応した結果、おかしなことになってしまったのだと思う。僕も客商売を――アルバイトで――やっているからその辺の感じはなんとなく分かる。本当に自分の正当性を信じ切って、大声でわめくような人がいます。自分の狭い世界観が完結することだけを望んでいる。それだけが彼の――彼女の――望みなのです。それを聞かされている僕らは早くこんな奴らとは縁を切りたいと思う。それで「はいはい」と聞いていると・・・結果的に広い視点で見て、おかしなことになってきてしまう。倫理観というものが欠けているのです。おそらくは。でもこの感じはプーチンさんがやっていることそのものにも当てはまるな。たしかに。自分の狭い世界に閉じこもって、見たいものしか見ない。都合の悪いことは全部外国のせいにする。俺は悪くないもんね、という感じです。誰かがそれを止めなければならない。でもロシア政府の上層部にそんな勇気を持った人がいるようにも思えない・・・。じゃあお前が同じ立場に置かれたら止めることができるのか? それは大きな疑問です。本当の倫理観というものは、一体どこにあるのだろう・・・?

考えれば考えるほと気が滅入ってきますが、やはり考えないといけないような気もする。しかしその一方で、我々の生活はごく普通に続いていきます。生きている以上金を稼がないといけないし、ほとんどの普通の人にとっては――そこには僕自身も含まれている――日々の日常をきちんと生きること――生き――の方がより重要性を持っています。なんだろうな。この感じは・・・。もっともウクライナの人たちだって、そんな風に普通に暮らすことの方を望んでいたはずです。誰も――たぶん、ですが――戦闘に巻き込まれて死にたくなんかないでしょう。もし僕がウクライナに住んでいる普通のウクライナ市民だったとしたら、外国に出国することは許されなかったはずです。年齢的に軍に入って、国土を防衛せねばならない。あるいは僕自身それを望んだかもしれないし、怯えてあらゆる手段を使って逃げ出そうとしたかもしれない・・・。その辺はなかなか想像もできませんが・・・。そう思うと彼らの置かれた状況がいかに理不尽なものであるのかが見えてきます。いや、本当には見えてこないのかもしれないな。だって僕は別に命の危機にさらされているわけではないのだから。安易にそんなことを言うべきではないのかもしれない・・・。

いずれにせよロシアにはロシアの大義があって、ウクライナにはウクライナの言い分があります。その二つを比較すると・・・やはりロシアの方が弱いとは思う。プーチンさんの頭の中で考え出された、狭い純粋な世界観が、現実世界の重力によって、壊されようとしています。元々現実的でなかったのだから仕方がないのですが・・・とりあえず。彼はそのフラストレーションを外部に向けるでしょう。そして人が死んでいく・・・。

徴兵されて死んでいくロシア兵たちも気の毒に感じられます(後日追記:ロシア軍は基本的には徴集兵は派遣していないと主張しています。だからといって侵攻が正当化されるわけではないのだけれど、僕ももっと調べてからこの文章を書くべきだった。反省です)。彼らが従っている上層部は決して有能ではないのです。僕も細かいところが分かっているわけではないのだけれど――まあたぶんみんなそうだろうけど――軍事的に有能だったとしても、倫理的にかどうかはまた別の問題です。我々は機械ではないのに、軍に入ると、まるで機械であるかのように行動せねばならない。意識の自立性なんてないようなものです。むしろそんなものがあったらシステムが有効に機能しなくなってきてしまう・・・。それでも我々の肉体の内部に潜んでいるのは柔らかい魂です。感情です。意識です。そんなことプーチンさんに言っても「それがどうした」とか言われそうだけれど(あるいはそれをおびやかそうとしているのがNATOでありウクライナ軍だ、とか言うのだろうな。きっと・・・)。

なんにせよ、ドストエフスキーを始め、トルストイや、チェーホフや、ゴーゴリや・・・そういったロシア文学を愛好してきた僕にとっては、ロシア人全般が悪者扱いされるのは、なかなかやり切れない思いです。決して全員が悪ではないことは明らかなのだけれど・・・。どうもそうやって一般化してしまうのが意識にとっては甘い誘惑みたいですね。そうすれば一時的に世界観が安定するからです。戦争という不条理によって、暴力的に安定していた世界観が揺さぶられる。たとえ外国で起きた事件だったとしても、やはり揺さぶられるのです(僕も揺さぶられた。たしかに)。そのときに単純に悪をどちらかの側に押し付けてしまえれば、とりあえずは安心する。でもそれも長くは続きません。世界は固定されてはいないからです。あらゆる細かい要素が、常に動き続けています。善と悪も入れ替わったりする・・・。しかし当然のことながら、それぞれが抱えている「物語」の開き具合というものがあります。より開けている方が、より自由を内部に含むことができる。そういう観点でいうと・・・やはりロシアの――より正確にいえばプーチンさんの――世界観は非常に狭く閉ざされている、というような気はしますが・・・。

さらなる追記:働いているアルバイト先の営業が変わって、僕の周囲の状況も結構変化をきたしています。こんなのは小さなことだといえば小さなことなのだけれど、小さな「個人」にとっては、だいぶ大きな変化です。我々はそれぞれの狭い世界観を生きている。あまり多くのことをそこに詰め込むのは不可能みたいですね。たしかに・・・。いずれにせよ一緒に働く人々の顔ぶれが変わることによって、僕自身の意識もまた、少し移動しそうな予感もあります。今のところはそれをもっとポジティブな方向に転換しようと努力している最中です。こんなのは世界に過ぎないじゃないか。適当にやって、生活費を稼げればそれでいいのさ、と言っている無責任な――無責任侍がまた戻ってきましたね――部分がいる一方で、せっかくこうして働かせてもらっているのだから、ここから学べることはなんでも学ぼうじゃないか、と思っている比較的真面目な部分の僕もいます。真面目な方が優勢になり過ぎるといささか疲れてくるのですが・・・(ヘッヘ、と無責任侍が笑っている)。それでもその中でいかにバランスを取るのかが僕の――僕の表層意識の――役目であるような気もします。どこで力を入れるのか。どこで力を抜くのか。なにもかも全力で頑張ってやろう、というような意気込みは、もはや三十を越えた僕には残っていません。むしろ本当に力を注ぐべきところに、きちんと注ぐこと。体力と時間は有限なのだから・・・というような考えに傾きつつあるような気がします。すべての人と戦うことはできない。ましてやそれらの人々に勝つことも・・・。別に負けてもいいから、自分独自の道を進むことの方がずっと大事な気がしています。だっていずれみんな死ぬのだから。そのときに筋肉が何の役に立つ? 金が何の役に立つ? 我々の抱えている多くのものごとは地上だけの目的に向けられているみたいです。それだって必要なのはわかりますが・・・。しかし一方で透明な喜びを追い求める、という行為も結構重要な気がします。その二つがバランス良く合わさって初めて、僕らは正しい方向に進むことができるのではないか・・・。

まあそんなことを考えています。相変わらずスマートな答えは出ないけれど、それでも自分を鍛え続けようとは思っている(精神的に、ですね。はい・・・)。でもさすがにいつまでも今の仕事を続けるのもな・・・と揺れ動いている自分もいる(金の無さが身にみる・・・)。仕事は仕事と割り切って、別の場所で個人的な喜びを追い求めるというのもありだと思います。まあその辺はこれからもうちょっと突き詰めて考えていこう。まだ時間はあるのだから・・・。ただまあ、その中でも文章は書き続けていくと思う。なぜならそこにこそ、僕の中の大事なものが表現されているような気がしているから。そのうちなんとかなるさ、と僕の中のひどく楽観的な部分が言っている(彼は「楽観君」で、時々姿を現す。無責任侍とは友達同士である。たまに喧嘩するが・・・)。そういえば楽観君は文章を書いているときにしか現れないな、と昨日の夜気付きました。彼がいないと僕はひどく鬱々うつうつとした精神状態に置かれることになる。大谷のホームランを見るとちょっとは元気付けられますが・・・とにかく。

さらなるさらなる追記:「Buffalo」という文字を見るたびに僕の頭の中で、ボブ・マーリーの(正確にはBob Marley And The Wailersの)「バッファロー・ソルジャー(Buffalo Soldier)」が流れてきます。ほかにも何人かいるのではないか、と僕は想像するのですが。どうでしょう?

(5曲目に”Buffalo Soldier”が入っています。その次の曲も好きなのですが・・・)

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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