『この痛みと悲しみの国で』

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Virgil Anderson (バージル・アンダーソン) (1890-1938) 作

“In this country of pain and sorrow” (『この痛みと悲しみの国で』) の翻訳

 

この痛みと悲しみの国で

私は心臓の鼓動を聞く

それは絶え間なく収縮と拡張を繰り返し

世界にリズムを与える

 

それは私の心臓ではないし

あなたの心臓でもない

それはどこか遠くの国の

どこか遠くの人々のための心臓だ

 

その心臓には血管が無い

だから

その心臓は何も送り出さない

それはただ

自分のためだけに鼓動を打つ

 

私はその心臓に手を伸ばし

なんとか触れようとする

でもそれに触れることはできない

私の手は届かない

それは遠くにある心臓だから

どこか遠くの国の

心臓だから

 

この痛みと悲しみの国において

毎朝私は目を覚ます

世界は薄暗く曇り

人々は嘆き悲しんでいる

 

私は起き上がることを放棄して

また夢の中に戻ろうとする

でも心臓がそれを許さない

心臓がそれを許さない

私は世界と向き合っている

 

私は外に出て

町を散歩する

町には

痛みと

悲しみが満ちている

 

私は道端でなにかを見つける

それは小さな眼球だ

生きている眼球

 

私は家にそれを持ち帰り

水の入ったグラスに入れて

じっと眺める

 

目玉はグラスの中でぐるりと動き

私を見つめる

私もまた目球を見つめる

 

目玉は

私の心の穴を見つめている

私にはそれが分かる

 

その穴は

どこまでも深く続き

果てというものがない

 

私はグラスを持ち上げ

目玉ごと水を飲み込む

目玉は私の心の穴に落ちていく

 

目玉が落ちると

そこから何かが湧き上がって来る

それは涙か

血液か

 

とにかく

私の心は

その液体に浸され

束の間の休息を味わう

 

でもそれも長くは続かない

ふと気付くと

私は涙を流している

たくさんの涙を

 

それが何のための涙なのか

私には

自分でもよく分からない

 

その目玉は

私の心の通路を通って

あの心臓のもとに行く

 

心臓は収縮と拡張を繰り返し

世界にしかるべきリズムを与える

 

目玉はぐるぐる回り

そのリズムに合わせて踊る

 

心臓が世界にリズムを与え

目玉はそれに合わせて踊る

 

私は生きている

おそらく

 

 

2 thoughts on - 『この痛みと悲しみの国で』

  • 村山さま
    引き続き、貴サイトを楽しませていただいております。
    この詩(翻訳された詩)を拝読し、「自分」と「世界」の繋がりについて思いを馳せたことが私自身は今まで少なかったなぁと感じ、新鮮な気分になりました。
    今回の詩で「自分」と「世界」について考えるきっかけをいただきました。
    原文などは、どこかで読むことは可能なのでしょうか。ご教示いただければ幸いです。

    読書ぶらく

  • 読書ぶらく様。コメントありがとうございます。

    「世界」という言葉をどういう意味で使っていらっしゃるのか僕にはちょっとよく分からないのですが、主観世界と客観世界ということでいえば、僕はその二つはそんなに簡単に分離できるものではないだろうと思っています。もし本当に客観的な世界があったとしても、それは主観的にしか知覚できないからです。僕ら(の大半)はこの世界を自明のものとして捉えていますが、それだって実は全体から自分にとって都合の良い部分だけを切り取っているのかもしれない。だから一度別の世界(つまりフィクションの世界ですが)に行ってまた戻って来ることができれば、それによってこの世界の見え方も変わるかもしれない。まあいずれにせよ重要なのは、自分がそこで何をするか、ということです。たぶん。

    この詩の原文は残念ながら現在絶版になっているようです。

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