さて、いつの間にか新年も一ヶ月が過ぎてしまいましたね。時の経つのは恐ろしく速いものです。赤ん坊は大人になり、大人たちは老人になり、老人は……。いや、やめておきましょう。私も老人の一人として、この先のことを考えないわけではないのです。しかし今ここを生きること以上に大事なことがあるでしょうか？　時は当たり前のものではありません。でもそのことは、あまりにも「近すぎる」が故（ゆえ）に、忘れられてしまいます。まあある程度は仕方のないことなのですが。はい。
そういえば子供の頃、近所の山に偏屈なじいさんが住んでいました。ろくに下界に下りて来ず、ほとんどの時間を一人で過ごしていました。聖人だという人もいれば、頭がおかしいのさ、という人もいました。私は好奇心で彼に会いに行ってみました。「行ってはいけない」と言われていたにもかかわらず、です。その頃から反抗的だったんですね。いやはや……。
いずれにせよ山道をずっとずうっと歩いていくと、彼の小屋が見えました。自分で建てた粗末なものでしたが、なんだかホッとする外観をしていました。足るを知るというか。俺っちはこれで十分なんだもんね、というか……。彼はいませんでしたが、近くで待っているとやがて薪を持ってやって来ました。少し驚いたみたいでしたが、私を中に入れてくれました。彼は野草のお茶を淹れてくれて、私はそれを飲みました。イノシシの肉ももらいました。なかなかワイルドな味がしたなあ。そのあとで一緒に沢に行きました。すごく綺麗な水が流れていました。彼はほとんどしゃべりませんでしたが、私たちは心を通わせたのだと思います。「おじさん寂しくないの？」と私は最後に訊きました。「寂しいときもあるさ」と彼は言いました。その目はどこか遠くを見つめていました。鳥が奇妙な声で鳴いていました。「でもな、寂しいってのも悪くないぞ。大人になれば分かるがな」。「ふうん」と七歳くらいの私は言いました。そして日が暮れる前に帰って来ました。なぜか最近あのときのことを鮮明に思い出すのです。彼は今の私と同じくらいの歳でした。白髪で、痩せていて、獣のような臭いがして……。でもたぶん先のことなんか考えていませんでした。その時その時を、ただ自然と共に生きていたのです。それが「幸福」だったのかどうか、私には分かりません。なんとなく影のようなものがありましたから。あるいは彼もまた、過去の何かを思い出していたのかもしれませんね。たとえば幼少期に見た光景とか。今の私と同じように。我々は「現在」を把握するために、いろいろな比較対象を必要とするみたいです。ただ把握したところで幸福になれるのかどうかはよく分かりませんが……。
と、答えのない疑問をもてあそんでいる今日この頃です。節分の日には鬼と一緒にコーヒーを飲みました。ブルマンしか飲まないらしいです。赤鬼は。赤鬼なのにね。ブルーって。って言ったら怒って殴ってきました。殴り返してやりましたが。ということで、皆様。お元気で。くれぐれも鬼には気をつけて。では。