片側坊主

片側坊主:おおっ! これは! 片方だけの手袋。しめしめ。これはお宝だぞ。見たところ子供のもののようだ。(チラチラと左右を見る)。大丈夫、大丈夫。誰も見ってませんっと。(拾い上げて麻の袋に入れる)

片側刑事デカ:お前! 坊主ともあろうものがこんなことしやがって! 和尚おしょうさんに言いつけてやるぞ!

片側坊主:そんな! それだけはご勘弁を! 和尚さんは最近人生にフラストレーションを溜めていて、酒を飲んでは僕を菜箸さいばしつつくんです。痛い、やめてったら和尚さん! と僕は何度も叫びます。でもそのたびに、「ヒヒヒヒ。いやあ、面白いなあ。片側坊主いじめは。あ、ほら、菜箸が一本コロンと床に転がったぞ。どうだ。拾ってみい」。僕は本能的にそれを拾います。なにしろ片側坊主ですからね。片方だけの物が何か落ちていると、どうしても拾わないわけにはいかないんですよ。これは本能と言いますかね。しかしその隙に、ふところから別の菜箸を出して、またあの人は僕をつつくんです。それが延々と朝から晩まで続くんです。もう僕のお尻と脇腹は限界ですよ。内出血だらけです。昨日労働基準監督署に電話しようかと悩んで、結局はビールを三本飲んで寝たんでした。僕がいったい何をしたというんですか? これは前世の因縁だな。きっと。僕はたぶんすごい悪人だったんですよ。例えば人を何人も殺したりとか。そうじゃなきゃこんな不幸が起こるわけがない。

片側刑事:いや、俺の見たところお前は嘘をついている。和尚さんはお前をいじめていないな。ほら、さっきの内出血のあとを見せてみろ! これはマッキーで塗っているだけじゃないか! 俺を騙せると思うなよ! 虚偽の説明をした罪で強制労働5年だぞ!

片側坊主:ひいい。それだけはご勘弁を。たしかにマッキーで塗ったものもありますが三割ほどは本物のアザでございます。和尚さんは人生の不毛さに悩んでいるんですよ。おきょうも助けにならないみたいで。僕は良いカウンセラーを紹介したんですが…。あ! 和尚さんだ! ドクロのマークの帽子に、ダブダブの服。金のネックレス。サングラス。タトゥーまで! 和尚さん! どうしたんですか? 気でも狂ったんですか!

和尚さん:いやいや、片側坊主。お前がタウンページで探してくれたカウンセラーは本物じゃった。いや、じゃったよ。あの女性は私の心を包み込み、眠っていた本当の自我を解放してくれたんじゃ。いゃあ。ここに来るまで75年かかったわい。わしは本当はラッパーになりたかったんじゃ!

片側刑事:ラ、ラッパーに! (そこで突然服を脱ぎ始める。上半身裸になり、下もパンツ一丁になる。可愛らしいクマのぬいぐるみのがらのパンツである) 和尚さん! 私は実は子供の頃からずっと、ラッパーの横で踊る、あの、何て呼んだらいいのか分からない人になりたかったんです。踊ってもいいですか?

和尚さん:おう! 踊れ! 人生は短い。踊れるうちに踊らにゃ損だ! ダンスをするんだボーイ!(Boy!)タンスに隠したトーイ(Toy!)これがおいらのジョーイ(Joy!)美味おいしいお豆はソーイ(Soy!)

片側坊主:おお! なんと低レベルなラップなんだ。こんなことで救われる自我って・・・結局はその程度のものだったということじゃないのか? 俺はいったいどんな人のもとに修行に来たのか・・・。は! さっきのラップに合わせて、片側刑事がものすごいダンスを踊っている。逆立ちをして、頭を中心に回った! 回った! 回った! いったい何回転しているんだ? だんだん目が回ってくる・・・。

和尚さん:回れ! ほら回れ! そら回れ! 心配したって仕方がない(ない!) 何が起こるか分からない(ない!) それが世界の常じゃない?(ない?) なんでもいいから踊りたい(たい!) ほら回れ! そら回れ! 行け、回れ!

片側刑事:俺は今までずっと自分をいつわって生きてきたんだ。もうずっとこうやって回っていたい。それ以外のことはなんにもやりたくない・・・。

片側坊主:ああ。片側刑事の髪の毛が擦り減り、頭皮のしわに、石ころが当たって、まるでレコードみたいに音を再生している。ザラザラとした音だが・・・頑張って聞いてみよう。ちょっと! 和尚! うるさいですよ!

和尚さん:うるさいなんてことはない(ない!) 愛し愛される素敵なナイト(Night!) 俺は今から世間とファイト(Fight!)ヘイ、ベイビー、ホールド・ミー・タイト(Tight!)

片側坊主:まったく。あのじいさんがうるさいせいで貴重な音が聞き取れないぜ。あ! でも今何かの言葉が聞こえたみたいだぞ。刑事デカ! 頑張れ! もっと速く! 皮膚が燃え尽きてしまうほど速く!

片側刑事:うぉぉりゃぁぁぁ! 頑張ってやろう。なにしろ今までくだらない仕事をしてきたんだから。

そのとき刑事デカの頭から謎の人物の言葉が再生される。それはこう言っていた。もう片方を探しなさい、と。

片側刑事:燃え尽きた・・・ぜ。もう駄目だ。母さんによろしく。俺は勇敢に戦ったと伝えてほしい・・・。

片側坊主:(さっき拾った手袋を見て)このもう片方を探せということなのだろうか? 俺は今まで完全なものにはまったく興味を惹かれないで生きてきたんだ。両方揃った手袋。靴下。そこに何の価値がある? 道に片方だけ落ちているのが素敵なんじゃないか? それを見ると・・・俺はもう我慢ができなくなってしまうのだった。それに触れて、匂いを嗅ぐ。そしてもう片方がどんな状態にあるのか想像するんだ。それが俺にとっての一種の補償行為だったんだ。人生の不毛さから目を逸らすための・・・。

和尚さん:(今ではパンツ一丁になって)まだ分からないのか? もう片方とは、お前の双子の兄弟のことじゃ。今まで知らなかったみたいじゃが、お前は双子だったのじゃ。だからこそ片方だけのものに惹かれていたんじゃ。自分の境遇と重ね合わせているためじゃ。わしはそのことを見抜いておった。だからこんな演技をしていたんじゃ。

片側坊主:え? じゃあ、これは全部・・・。

和尚さん:そうじゃ。仕組まれていたことじゃ。もっとも片側刑事がヘッドスピンをしたのは予想外じゃったが。彼はただのクレイジーガイじゃ。わしは関係ない。だから何の責任も負えん。

片側坊主:でもだとしたらやっぱりあの頭から発せられた音声は人為的なものじゃなく・・・。

片側刑事:だ。(彼は今では何事もなかったかのように立ち上がっている。頭皮のしわはなくなり、ツルツルに光っている。もうまぶしくて気が狂いそうになるくらい)。俺はそれを知っている。いいか? もう片方の自分を探すんだ。Googleを使うのはルール違反だからな。自分の足を使って、探しに行くんだ。そうしないと意味がないからだ。

片側坊主:どうして?

片側刑事:そう決まっているんだよ。ほら、その手袋をはめて、先に進みなさい。和尚さんのもとでの修行は終わりだ。これはイニシエーションだったんだよ。分かるか? お前はただの変態小僧だった。人の落とした衣類を拾い集め、ニヤニヤしながら匂いを嗅いでいたんだ。でもここから進化するんだよ。魂の救いの探究者だ。もう一人のお前が、きっと答えを持っているはずだ。そいつに真理を見せてもらうがいい。

片側坊主:あ! いた! もう一人の俺! (たしかに彼にそっくりの男がニヤニヤしながら走り去っていく。手には片方だけ手袋をはめていた) 待て! ねえ、真理を教えてよ! ほら! ねえってば・・・。

和尚さん:あいつもようやく巣立っていったか。最初はどうなることかと思っておったんだが。

片側刑事:明らかに今までで最も出来の悪い弟子でしたね。

和尚さん:彼は両親に捨てられたんじゃ。可哀想にな。夜中に自作のハードロックの曲を大声で歌い出すという理由で。でもまだ二歳じゃった。まったく。段ボールに入れられていたのをわしが引き取ったんじゃ。毎日散歩させ、水も替えてやり、サンスクリット語も手取り足取り教えて・・・。グスン。いかん。当時を思い出すと涙が・・・。

片側刑事:そうでしたか。しかし出来の悪い割には目が輝いていましたな。あるいは地上における「優秀さ」というものは本当はさほど価値のないものなのかもしれない。だってみんな死にますからな。彼のような素朴さをずっと持ち続けている方が重要なのかもしれない。

片側坊主:はあはあ・・・。なんでもう一人の自分はあんなに足が速いんだろう。ウサイン・ボルト並みだ。しかもスタミナが切れないときている。いっそピストルで撃ち殺しちまったら・・・。あ! ここに片側刑事が脱ぎ落とした服がある。その下に・・・ほら、政府支給のピストルちゃんだ。はっは。もうあいつも逃げられないぜ。ほら、フリイィィィズ! あ! ちゃんと止まった。しめしめ。と思ったらこっちに銃口を向けている。ニヤニヤ笑って・・・。(パン! と銃口が鳴る。どちらが撃ったのか・・・)。

片側刑事:あ! 坊主が撃たれた! 馬鹿なやつめ。俺の拳銃を持っていながら・・・。

片側坊主:ひたいに、穴が・・・。穴が・・・。

和尚さん:うん、これは穴じゃな。たしかに。しかし血が出ておらんぞ。坊主! お前は生きてはいなかったんじゃ! それに気付かなかっただけで。

片側坊主:(すっくと立ち上がって) え? じゃあ、僕は今までいったい・・・。

そのとき風が片側坊主のひたいの穴を通り抜けていく。不思議な笛のような音を立てながら。もう一人の片側坊主はニヤニヤしながら走り去っていった。パン! と空中に向けてまた撃った。

片側刑事:この坊主は聖霊だったんだ。きっと。俺はそれに気付かずに。いや、失礼した。私をあなたの弟子にしてください。なんでもあげますから。

片側坊主:そうか、僕は聖霊だったんだ。それに気付くともうなんにも要らなくなってきたな。ゲームキューブも64(ロクヨン)も、スマッシュブラザーズも全部どうでもよくなってきた。すべては過ぎ去る。風の如く。さあ旅に出よう。まずはどこに行こうかな。チベットか、それともサンティアゴ・デ・コンポステーラか・・・。

和尚さん:思うまま進め。人生は短い。それもまた風が伝えていることじゃ。フォッフォッフォ。

片側刑事:フォッフォッフォ。

片側坊主:フォッフォッフォ。

以上、現場から中継でした。

手袋を落とした男の子:僕の手袋はどこに行っちゃったんだろう・・・。

もう一人の片側坊主:おばあちゃんに買ってもらいな!(パン! と空に向けてまた撃つ)

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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