擦り減った靴に寄せる賛歌

僕は今日靴を買った

ランニングシューズと普段履くためのスニーカー

よって

今まで履いていた二足の靴を

(ほうむ)ることになる

僕は彼らに感謝しなければならない

ミズノの黒いランニングシューズ

及び

トップサイダーの紺色(今は色が薄くなっている)のスニーカー

毎日毎日僕に履かれて(さぞや重かっただろう)

毎日毎日擦り減り(さぞや辛かっただろう)

毎日毎日同じ場所に帰ってくる(さぞや退屈だっただろう)

ミズノの方には穴が開き(メッシュの部分)

底は擦り減り

見るからに疲弊している

トップサイダーの方には油が染み付き(アルバイトのせいだ)

底は擦り減り

かつての面影はもうない

でももう大丈夫、と僕は彼らに声をかけたい

あなたたちは役目をまっとうし、これからもっと良い場所に行くのだ、と

それはどこか?

おそらくは靴の養老院のような場所だ

広い芝生の庭があり

好きなときに散歩できる

ウッドデッキには白いテーブルと椅子が置かれ

人々が――靴々(くつぐつ)が――かつての思い出話に花を咲かせている

革靴もいれば

サンダルもいる

女性もののハイヒールもいれば

下駄もいる

でもみんな一緒だ

もう無理に歩かされなくてもいいのだ

空は青く晴れ渡り

自由な風が吹いてくる

さて、そこに僕のミズノとトップサイダーは仲間入りすることになる

彼らは何をするんだろうな?

将棋とか、指すのかな

あるいは時代劇を観るのかもしれない

ヌーヴェルバーグはやらないかな

いずれにせよ、僕はそこを訪ねていくだろう

新しい靴を履いて

やあ、と僕は声をかける

どんな具合だい?

まあ、快適だよ、とミズノは言う

あんなアルバイト生活よりもね、とトップサイダーが言う

あの頃は大変だったよな、と僕は言う

毎日おんなじことの繰り返しだ

雨の日も走ったし、とミズノは言う

雪の日も走った

あんたは執拗な精神を持っていた

どうもありがとう、と僕は言う

ワイヤレスイヤフォンの方は雨にやられて

早々そうそうに墓場行きになったがね

我々三人は、そこで死んだワイヤレスイヤフォンのために黙祷もくとうを捧げる

誰かが歌を歌っているのが聞こえる

今ではもう誰も知らない歌を

ところでまだあのバイトやってるのか? とトップサイダーが言う

君はいつも動き回ってばかりいたな

そういう性格なんです、と僕は言う

ええ、今でもやってますよ

そのうち辞めますがね

いつだよ? とトップサイダーは言う

いつ辞めるんだよ?

職業的小説家になったら、と僕は言う

そうなったら、履き潰した靴のために詩を書くんです

彼らの魂の平安を祈って

おいおい、俺たちまだ死んじゃいないぜ、とミズノは言う

まあ正直にいえば、死んだも同然だがな、と現実主義者のトップサイダーが言う

いずれにせよ、と僕は仕切り直す

あなた方にはとても感謝しています

僕はそれを伝えたかったんです

どうもありがとう、とミズノは言う

わざわざこんなところまで

どうやって来たんだ? とトップサイダーは言う

ええと、まず西東京バスに乗って・・・と僕は説明する

やがて行かなくてはならない時間がやって来る

匿名的な白いサンダルを履いた女性のスタッフが

にこやかな笑みを浮かべてこちらにやって来る

そして言う

そろそろお時間が・・・

僕ら三人は握手をして別れる

もちろん彼らには手がないから

紐を掴んで

ボロボロになった紐を

最後にミズノが言う

あんた少し変わったよな

え? どこが? と僕は言う

でも彼はにこにことして、何も答えてはくれない

彼が言いたいのはさ、とそこで現実的なトップサイダーが言う

あんたは俺たちといたときよりも、少しだけ前に進んだ、ということなんだ

そうだろ?

まあどうかな

別に俺はなんにも言っちゃいないぜ、とミズノは言葉を濁す

僕は別れを告げ

靴の養老院をあとにする

新しい靴を履きながら

ふと空を見上げると

もう夕方になっている

僕はバスに乗って

家に帰る

彼らがいた場所には

今では新しい靴が収まっている

僕は

少しだけ切ない気分になって

明日を生きるだろう

でもそれもすぐ過去になる

当然のことながら

スマホのランニングアプリによれば、僕はこの靴で6566km走ったそうです・・・。まあ穴も開くよな。
村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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