奇妙な一週間

 勤務先のお店がコロナウィルスの感染者が出た影響で休業となり、その結果僕はとても奇妙な一週間を送ることになった。

 いや、最初はオリンピックだったのだ。酷暑の中開催された東京オリンピック。僕は最初の招致の段階から実は反対だったのだけれど(だって暑過ぎるって分かっていたじゃない・・・)、でももう決まってしまってからは、今さら中止するわけにもいかないだろう、と勝手に思っていました(責任というものがありますからね。はい)。だから無事開催されたことはとりあえずは良かったと思う。

 それに、何を隠そうスポーツを観戦するのが好きなので――特にマイナースポーツ――時間がいたときには(あまりかなかったのだけれど)、テレビで好きなものをちょくちょく観ていました。一番面白かったのは十種競技かな。二日間で屈強な男たちが様々な競技をこなす。100mから、走り幅跳びから、砲丸投げから、走り高跳びから、400mから、(ここから二日目)、100mハードルから、円盤投げから、棒高跳びから(棒高跳び!)、やり投げから、最後は1500mまで・・・。いやいや、書いているだけでも疲れてしまう。マラソンや競歩ももちろん体力的には相当きつい種目だけれど(選手のみなさんお疲れ様です。あの暑さの中。いくら札幌といったって・・・)、十種競技にはここにしかない独特のきつさがあるような気がする。実際にはやったことがないからもちろん分からないのだけれど、身体の様々な部位を、本当に繊細に動かしていかなくてはならない。最大出力を発揮するべき場面もあるし、むしろリラックスした方がいい場面もある。そしてあの暑さである・・・。いやはや。たしかにキングオブアスリートと呼ばれるだけのことはあります。

 その中でもカナダのワーナー選手は別格で、ほぼすべての競技で突出した成績を残していました。いやあ、すごいな、とか思いながら、感心して眺めていました。それでもそれ以外の選手たちも(たとえば東欧の選手が多いのが印象に残りました。エストニアとか、チェコとか、ベラルーシとかね)みな個性があって、この場面のために本当に血の(にじ)む努力を重ねてきたのだなということが(じか)に伝わってきて、順位とか関係なく楽しめました(思うんだけど練習が一番面白いのは十種なんじゃないだろうか? とにかく各競技で自己ベストを目指す。同じことだけじゃなくていろんなことに挑戦できる。もちろんそれだけ大変なわけですが・・・)。開催意義とか、感染対策とか、お金とか、放映権とか、いろんな問題は上の方にはたしかにいっぱいあるんだけど、それでも競技そのものは純粋で、熱くて、シンプルに面白いものなんだな、と実感しました。もちろんその功績は各選手たちにあります。メダルを数えてばかりいるメディアにはない。

 まあとにかく、ようやくオリンピックが終わった・・・と思ったところでコロナが爆発的に感染を拡大させてきました。たしかに今までが予行演習だったみたいに――まあ変異株の問題もあるのでしょうが――突然東京だけでも五千人とか・・・。身近にも感染者が出る結果となってしまいました(幸い軽症だったみたいですが)。なかなか心が落ち着きませんね。

 そのあたりで大雨が全国で相次ぎ(甲子園も順延を繰り返していますね)、急に涼しくなったと思ったらいつまでもどんよりと曇っているし・・・。そんな中一回目のワクチン接種に出かけ(ちょっと遠めの大学のキャンパスで受けました)、雨の中坂道を歩き(バスに乗ればよかったんだけど強情を張って乗らなかった・・・)、なんとか無事帰ってきました。それが先週の日曜日のことです。なんだか普段と違うことをしたせいで――ご存じの通り僕はかなり規則的な生活を送っている。ほとんど同じことしかしていない。ほとんど同じものしか食べていない・・・――身体がふわふわ浮いているみたいな、ちょっと違う相の現実に入り込んでしまったかのような、変な気分を味わっていました。でもまあまたアルバイト生活に戻れば一緒さ、と思っていたのですが、そこで休業です。突然仕事がなくなってしまった(まあ一週間ほどで再開する見込みですが)。

 これまでずっと「ああ、もっと時間があったらあれもやるのに、これもやるのに・・・」と忙しい頭の中で考えてはいたのですが、いざぽっかりと時間が空いてしまうと、なかなか思い通りには行動できないものです。それにこれは一時的な、何かの間違いでもたらされた、イレギュラーな空白に過ぎない、という思いが確実に僕の中にはあります。いいか? だから緊張を(ゆる)めてはいけないのだぞ、と僕は自分に言い聞かせている。またすぐに仕事が再開するのだからな? そのために意識を鋭敏に保っておかなければならないのだぞ、と。

 お金のこともあるのだけれど(調べたら政府の休業支援金が八割もらえるかもしれない。あとでちゃんと確認しよう・・・)、それだけでなく、やはり自分の権利で勝ち取った(たとえば有給休暇のような)休みではないから、生きていてもなかなか落ち着きません。太らないように毎日十キロ以上は走っているのですが(マスク付きで)、それでも前ほどお(なか)が減らなくてびっくりしています。ああ、アルバイトはあんなにエネルギーを消費していたんだな、と今さらながら実感しているところです。

 まあそれはそれとして、この時間を少しでも有効に使うためにずっと小説を書いていました。それもまたこれまでと同じといえば同じなのですが・・・。とりあえず、あんまり気張ろうとすると駄目みたいです。いいか? この休みを有効に使うのだぞ、とか言い聞かせていたのですが、力が入り過ぎると、なぜか意識が拒否反応を示すみたい。かなり反抗的にできているみたいです。僕の魂は・・・。

 とにかく僕が言いたかったのは、落ち着かないなりに、なんとかこの時間を有効活用しようと頑張っているということです。それでも五年と四カ月こうしてアルバイト生活を続けてきて、まとまった休みがある、という状態がまさに初めてなんだな、と思ってちょっとびっくりしています。たしかに年末年始も休みなしだし(まあフルタイムで働いているわけではないので、そこはしょうがないのですが・・・)、お盆も関係ない。というかこれまで一度も実家に帰っていません。コロナとか関係なく、自分にはこちらでやるべきことがあるから――つまり小説を書くということですが――帰っている暇なんかないんだ、と自分に何度も言い聞かせていた、ということがあります。それでもこんな風に突然空いた、奇妙な時間的空白の中で、あらためて自分の数年間の歩みを振り返ってみると、ほとんど何も考えずにがむしゃらに前に進んできたんだな、という印象しか抱きません。たしかにその都度その都度色々考えてはいたんだけど、なんというのかな、その考えをじっくり身に染み込ませるだけの時間を取ることができなかった。それよりもフィジカルに身体を動かして、飯を食っていくことを考えなければならなかった。良くも悪くも、それがこの数年間でした。何かを希望し、それが得られなくて失望し、なにもかも嫌になった、とか思いながらなぜか次の日には復活し・・・。そういうことを繰り返してきました。あまりにも精神的に未熟だった、という一言で尽きるのかもしれませんが、やはりそういう人間には深い思索よりも、実際に身体を動かして生きる、という行為の方が、重要な学習の機会となるみたいです。こっちに(つまり東京に)来る前の方がたくさん本を読んではいたのだけれど、精神的には決して安定していなかった。「どうして働かないのか」とか言われることを、心底恐れ続けていた(まあ正論なんですけどね・・・)。それがこっちに来て、何がなんだか分からない状態に置かれて――というか自分から身を置いて――アルバイトをしながら(お客さんに文句を言われながら、細かいミスをしながら)、なんとか生計を立ててきて・・・要するに言いたいのは、この日々は一種の筋トレみたいなものだったんだろうな、ということです。筋トレに関する本を読んでも、実際に筋肉は付きません。やってみるしかない(当たり前の話ですが)。まあそういうことだったのかもしれない。

 それで、じゃあお前は変わったのか? 人生について少しは一種の洞察を得たのか、と訊かれると・・・そこまではまだ言えないと思う。結局のところ僕はまだまだ未熟なのでしょう(それでもその事実に気付けた、という状態こそが重要であるような気もしている・・・)。あと少しで三十になってしまう、とか言っているけれど、もっと年上の人たちからすれば、まだまだひよっこだよ、ということになるんでしょう。でもまあ、それはそれとして、僕という個人のラインからすれば、この経験はやはり必要なものだったのでしょう。社会と実際に接するということ。自分に近い人だけでなく、全然別の価値観を持った人々と触れ合うこと。ごく純粋に失望すること。傷つくこと。くだらないことでくよくよすること。そしてそこから知らぬ間に復活すること・・・。

 それらの経験が僕という人間の基礎を形作っているのだと思います。というか現在進行形で(~ingですね)形作っているのです。自分が日々変形しているのが分かります。見た目には分からないかもしれないけれど、中身は変わっています。の度合いもちょっと変わってきている。もう前ほど強がらなくなってきている(なにしろ女々(めめ)しい男なので・・・)。しかしまあ、人生死ぬまで勉強なのでしょう。謙虚さを保っている限り、常に人は成長できるのではないか、と最近感じているところであります。

 しかし、問題はこの強制された空白において――まさにコロナに強制されたわけですが――実感しているのは、、やはり俺はアルバイトをしていたくない、ということです。そこから学べることはあるにせよ、やはり本当にやりたいことで生計を立てていきたい。人生は短いものです(僕なんか言うのもなんですが)。だとしたら少しでも自分に関係のある仕事をして、飯を食っていった方が良いに決まっています。そのためになんとかアルバイトで生き続けてきたわけですが――つまり正社員にならずに、作家を目指し続けてきた、という意味ですが――そろそろここから抜け出したいと思っていることは事実です。まあ本音です。それでもあまりそっちの方に傾くと、アルバイトが再開したときに辛くなるので、この辺で我慢しておきます。今は辛抱強く一日一日を生きて、それをきちんと身に染み込ませる時期なのでしょう。きっと「生き方」という形になって――つまるところ「文体」という形になって――結果的に、自然に、現れてくるはずだと思うのです。そのときに初めて僕はもっと自由になり、真にオリジナルな作品が書けるのではないか・・・。そう思っている今日この頃であります。

P.S. よく考えてみれば、これまで休業にならなかったことの方が不思議なくらいだったのです。だから感染してしまった人を責めることなんか決してできない。僕だったとしても――PCR検査をしたら陰性でした。綿棒を鼻の奥にグリグリやられて、涙が出ました。あんなに奥に入れないと駄目なのかな・・・――何もおかしくはない。そういう観点でいえば、きっともっと(つら)い状況に置かれている方々もたくさんおられるでしょう。政府の支援が届けばいいのですが・・・。

 いずれにせよ、たしかに仕事が完全になくなってしまったら――僕の場合は再開する見込みがあるわけですが――精神的にはかなり落ち込むかもしれない。その辺の同情が今まで足りなかったかもしれない、と反省しているところであります。災難というのは、自分に振りかかってみないと、それがどういうことなのかなかなか想像しづらい。コロナも身近に感染者が出て、初めて、ああ、すぐそこまで来ていたんだな、と実感したくらいです。それくらい人間の想像力というものは限定されているものらしい。もっとも安定を求める気持ちもよく分かるのです。毎日毎日シリアスになっていたら、きっと身が持ちませんからね。それでも一人できつい状況に立たされている人が、心の闇の中にずんずんと沈んでいってしまわないことを祈ります(若い女性の自殺が増えているみたいですね・・・)。誰かと適当なおしゃべりをするだけでも結構救われるものなんですよね。あとは道端で日向(ひなた)ぼっこをしている猫を眺めるとか・・・。

 まったく関係ないのですが、最近はすごく小さなことが大事なのだと感じ始めてきました。僕がやっていることなんて――ことなんて――社会的に見ればほとんどゼロに等しいものです。お金も稼げていないし、そもそも賞も取れていない。文章のレベルはまだまだです(テクニックというだけではなく、より精神的な意味合いにおいて)。それでも僕は何かを得ようとして頑張って生きてきましたし、それはたぶん形を持たないものだと思うのです。普通の三十歳の人は――たぶん――そんなことは考えないと思う。みんなきっともっと稼いでいるのだと思う。もちろんそれだけではないはずだけれど――人間はいろんなパースペクティブの下で生きているのだから。決して一つだけの価値観の下で生きているわけではない――しかし、実際に身を持って、形のない何かを探し求めている人はそれほど多くない気がするのです。だからこそ、僕は自分のやっていることをさらに奥の方まで追求したい。結局鬱々(うつうつ)としていた大学生の頃からこの道が用意されていたんじゃないか、と思えるくらいです。お前は一般的な道じゃなくて、こっちの薄暗くて、わけが分からなくて、みんなに馬鹿にされて、お金にもならない道を進まなければならないんだぞ。今さら嫌とか言うなよ。もう決まっちゃったんだから。ほら、進め!(誰がそんなこと言っていたんだろう?)

 いずれにせよ、その道を一歩一歩進んできたんだという実感があります。たまに後退したかもしれないけれど、長い目で見ればどこかに進んでいると思う。それを目に見える形にするというのが、これからの課題なのですが・・・まあなんとか頑張ってみようと思います。この強制された空白の中で。

 それでは。お元気で。お身体に気を付けてください。僕も気をつけます。

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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