眼鏡

散歩をしている途中で眼鏡を拾った。何ということはないごく普通の眼鏡だ。特におしゃれというわけではないし、かといって時代遅れというわけでもない。いつもだったらそんなもの気にも留とめなかったろう。でもその時僕はひどく疲れてい...

少年と蛇

彼は孤児だった。誰も彼を助けてはくれないし、彼の方も誰かを助けようとは思わなかった。彼はもう十二歳にはなっていたはずだが、栄養が足りなかったせいで見た目には九歳くらいにしか見えなかった。彼は市場の売り物を盗んだり、ゴミを...

水分を摂ること

それは仕事を辞めてすぐの頃だった。僕は大学を卒業したあと大手の銀行に勤めたのだが、一年で仕事を辞めてしまった。銀行そのものに問題があったわけではない。給料も良かった。しかし僕はそこにどのような未来をも見い出すことができな...

私は風だ。いつから風だったのか、そしていつまで風のままでいるのか、私自身にも分からない。しかしとにかく私は風なのだし、カラスでもなければイボイノシシでもない。それは――少なくとも私には――幸運なことのように思える。そして...

ドーナッツ泥棒

最近ドーナッツ泥棒が出現しているらしい。地元の新聞でその記事を読んだ。それはこういう記事だ。 『ドーナッツ泥棒現る!』 ここ数日、東京都H市において、ドーナッツ泥棒が出現している。その男は暗闇に潜み――目撃情報から推測し...

接続詞の森

その時僕は接続詞の森を通り抜けようとしていた。固有名詞の丘を登った先にある叔母の家を訪ねるためだ。叔母は最近健康がすぐれず、ベッドに寝たきりになっていた。僕は自分で焼いたバタークッキーを持って、彼女のお見舞いに行くことに...

湖面の月

一 僕はそのとき北海道と共に見渡す限りの草原を歩いていた。北海道は図体こそでかいが、心が広く、おおらかなところがある。細かいことでくよくよしたりはしない。腹いっぱい食べて、ぐっすり眠れば次の日にはけろっとしている。でも僕...