モロヘイヤ夫人

「モ、モロヘイヤ夫人!」と僕は言った。彼女に会うのは実に30年ぶりのことだった。当時僕はまだ生後六ヶ月くらいの小さな赤ん坊だったのだが、彼女はペースト状にしたモロヘイヤを無理矢理(ミルクに混ぜて、だが)僕に飲ませようとし...

一人の盲目の詩人が

一人の盲目の詩人があちらの世界へと移動するのだが 彼はその事実に気付かない あちらの世界とは死者の世界だ 黒い太陽が地表を照らし 死んだ風が吹き渡る 海は澱(よど)み 川は流れない 時計塔は 同じ時刻を指し続けている 盲...

今ここにいる俺は

今ここにいる俺は 昨日の俺とは違っている それがたぶん 結構重要なこと 今ここにある夢は 昨日の夢とは違っている それもたぶん それなりに重要なこと 君はそういえば 昨日 ほとんど生きる意味がない、って言っていたけど 「...

君はあの夕空を見たか

君はあの夕空を見たか 夏の高い空間にモクモクと雲が湧き上がって その奥から太陽が 我々を照らしている あの光景を見たか? 雲の下には影があり 雲の奥には空気の渦(うず)があり その下に鳥が飛び 我々がいる その光景を見た...

梅雨寒刑事

「やあ、私は梅雨(つゆ)寒(ざむ)刑事(デカ)だ。お察しの通り」とその男は言った。がっしりした体格の、五十前後の男だった。警視庁の制服を着ていたが・・・僕にはどうしても彼が本物の警察官には見えなかった。というのも・・・あ...