準備はできています、主よ――レナード・コーエン――

“You Want It Darker” Leonard Cohen

僕が初めてこの曲を聴いたのは例によってピーターさんのラジオ番組だ。そのとき今年(2018年)のグラミー賞のことが話題になっていて、Best Rock Performance部門でこの曲が選ばれた、ということだった。

これはピーターさんも言っていたことだけど、たしかにこの曲をロックの範疇はんちゅうに収めることは少々無理があるかもしれない。しかしまあ、それはともかく――あるいは遺作となったこの作品に何かしらの賞を与えたい、という主催者側の思惑があったのかもしれない――曲の中身そのものはとても優れている。いや、優れている、なんてものじゃなく、何かもっと魂の暗部に根差したものがある。

“You Want It Darker” というタイトルからして(文字通り)暗いものなのだが、実際に歌詞の中身を見てみると、神と卑小ひしょうな語り手である「私」との対比が繰り返し出てくることが目にまる。そのような不十分な――あるいは不完全な――状況の中で生き続けてこなければならなかったことの苦しみが、神の栄光と比較されながら(むしろ淡々と)歌われている。そして最終的に”You” は世界がより暗くなることを望み、”We” はその意図を達成するために炎を消す。世界がその後どうなるのかは分からない・・・。その魔術的なまでのバスでこれを歌われると、ちょっと普通の人には出せないすごみが出てくる。

彼が途中で歌う”I’m ready, my Lord.” という歌詞は、すぐ先に迫った自らの死を念頭に置いているように僕には思える。彼は2016年に82歳で亡くなったわけだが、その直前にこの曲を含んだアルバムを制作していた。82歳か・・・。それはとても長い歳月に思えるのだが、あるいは実際にはそれほどでもないのかもしれない。むしろあっという間に過ぎ去ってしまうような年月なのかもしれない。でももちろん僕には想像することしかできない。年を取ったあとのことは--当然のことながら--年を取ったあとにしか分からない。しかし僕はどうしても考えてしまうのだ。彼はその死に際して一体何を思っていたのだろうか、と。

ちなみにこのビデオが公式のものであるかどうかはちょっと不明です。でもとにかくとてもいいビデオだと思う。そこに描かれているのは一種のカタストロフィーの場景だ。砂漠は崩れ、木々は燃えている。隕石のようなものも見える。そこを歩いている男が想起させるのは明らかにイエス・キリストの姿だ。周囲に生き物の姿はないが、あるいはすでに死滅してしまったのかもしれない(あとで確認したら鳥みたいなものが飛んでいました)。そのような状況の中で、彼は一人歩き続ける。一体どこに向かっているのだろう? そしてそこで何をするのだろう?(でももちろん僕には分からない)

ちなみにレナード・コーエン(Lenard Cohen)さんはユダヤ系カナダ人である。1934年、リトアニア移民の母親と、ポーランド系ユダヤ人の父親との間にモントリオールで生まれた(フランス語話者が多い地域だが、彼の家は英語話者のコミュニティに属していた)。彼の父親は大きな服飾店を経営しており、家はとても裕福だったらしいのだが、彼が9歳のときに父親は他界した、ということだった。ちなみに家族は正統派(Orthodox Judaism)に属する敬虔なユダヤ教徒だった。

その後マギル大学(McGill University)に進み、1950年代から60年代にかけては詩人及び小説家として活動していたらしい(何冊かの詩集と小説を発表している)。ミュージシャンとしてのキャリアが始まったのは1967年、なんと33歳のときのことである。こんなことを書いていると、そのうち自分も遅咲きのミュージシャンとしてデビューしたりして、とかつい想像してしまうことになる。でもまあそんなことはおそらく起こりっこなさそうなので、せっせと(誰も読みそうにない)自分の文章を書いています。

これは彼が歌う”Dance Me to the End of Love” という曲のミュージックビデオ。何組かのお歳を召したカップルが踊る様子がとても素敵です。

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

1件のコメント

  1. 聞き覚えがあると思ったらハービー・ハンコックがジョニ・ミッチェルの「The Jungle Line」をカバーしたときに歌ってた人だった.
    アルバム「possibility」に入ってます.
    印象的な声.

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