墨田川 3

(『墨田川 2』の続き)

 

その1週間後、また彼が僕の部屋にやって来た。時刻は午前3時だった。彼はまたしても海水パンツにシュノーケル付きのゴーグルという格好だった。僕はひどく眠かったものの、今度は自分から彼の部屋へと行った。あの酔っぱらいがどうなったのか、ものすごく気になっていたからだ。

 

 

彼はワープロソフトを開き、その続きを書いた。僕は横から、じっとそれを見つめていた。

 

 

「我らが酔っぱらいの顛末てんまつ」と彼は1行目に書いた。

 

 

「我らが酔っぱらいは、そのうずの中に消えていった

そこは酔っぱらいが入り込む地獄だった

安酒のプールがぐつぐつと煮立っていて

その中に酔っぱらって死んだ人々が浸かっていた

 

 

彼らはその酒を飲もうとするのだが、どうしても顔を浸けることができない

というのも彼らは身体の自由を奪われているからだ

その水位はときどき変わり、彼らのあごのあたりまでのぼってくることもあった

彼らは目に狂ったような懇願の色を浮かべながら

鼻をくんくんいわせ、ただすぐ下にある酒の匂いだけを嗅いでいた

 

 

我らが酔っぱらいはそのすぐ脇で――つまりプールサイドだ――その光景を眺めていた

すると水位調整係の悪魔が言った

おい、あんた新入りだろ? ちょっとこれ頼むよ、と

そして水位を調整するレバーを彼に明け渡した

どうやら彼は、その酔っぱらいのことを悪魔だと勘違いしたらしかった

 

 

我らが酔っぱらいは試しにその水位を下げてみた

すると人々のあごの下にあった酒はどんどん少なくなっていった

そのあと試しに水位を上げてみた

酒はどんどん上がり、やがて人々の口のところにまで達した

彼らはそれを一気に呑み込み、凶暴な酔っぱらいとなった

 

 

酔った人々はなぜか身体の自由を回復し、周囲にいた悪魔たちを殴り殺しにかかった

でも酔っぱらっていて、そんなパンチはまったく当たらない

むしろ酔っぱらい同士、お互いを殴り合っていたくらいだ

 

 

そのとき地獄のずっと下のほうから、悪魔大王がやって来て、その暴動を一瞬でしずめた

彼がさっと手を一振りすると、酔っぱらいたちは途端に伸びて床に寝転んでしまった

 

 

彼は我らが酔っぱらいに言った

なあ、あんた、ちょっとこっちに来なさい

そして地獄のずっと底の方に連れていった

 

 

彼はそこで地獄のエッセンスともいうべき酒をグラスに注いでくれた

そして言った

なあ、私たちは実は酔っぱらいの扱いに苦慮しているんだ

というのも彼らはまったくの悪人というわけではないからだ

最近地獄の人権委員会から文句がきている

彼らは丁重に扱わなくてはならない、と

 

 

実際のところ良い酔っぱらいだっていることはいる

でも彼らだって天国にいると迷惑だから、ここに送られてくるんだ

天使をナンパしたり、急に踊り出したりな

なあ、あんただったらどうする?

 

 

でも我らが酔っぱらいは、その地獄のエッセンスともいうべき酒を飲んだせいで、これまでにないくらい酔っぱらっていた

だから何も考えることはできなかった

彼の頭にあったのは、ずっとこれを飲んでいたいということだけだった

 

私なら、と彼は深く考えもせず言った

みんな海の底に沈めてやりますがね

 

 

悪魔大王はそれを聞き届け、人々を地獄から解放し、太平洋の底深くに沈めた

多くの酔っぱらいたちはすでに死んでいたので、これ以上死ぬこともなく、ただ酔っぱらったまま世界中に散らばっていった

酒臭い息を吐きながら

 

 

我らが酔っぱらいはあの地獄のエッセンスともいうべき酒の味を忘れられずにいたのだが

やがて気持ちよくなってそのことも忘れてしまった

そしてカリフォルニアの海岸に泳ぎ着き

別の女の子――といってももう38歳だったが――とくっついて

またナパワインを飲んだ

 

 

ときどき日本や、ハワイや、天国や、地獄のことを考えたが

そんなことは全部酔っぱらい的記憶の渦の中に消えていった

あるのはただ、今この瞬間の気持ちよさだけだった」

 

 

 

 

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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