近況など

どうもこんにちは(というかこんばんはか・・・)。ようやく9月になりましたが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか?

僕は今日一日(アルバイトが休みだったので)、9月になったらやろうとしていた部屋の掃除をしていました。カーペットを洗濯し、洗濯機の洗浄をし、浴槽を磨き・・・。その前にランニングもしたのですが(20キロ走った・・・)、今日はなかなか暑かった。8月の蒸し暑さがまだきちんと残っています。本格的な秋がやってくるのはもう少し先だ、ということでしょうか。

とりあえず最近は――ようやくのことで――書くことに意識を集中できています。もちろんまだ「十分」というほどではありませんが、できる範囲では集中しようと努めています。アルバイトがなければもっと自由に時間が使えるのにな、とも思いますが、まあそれは仕方のないことですね。現実はそううまくはいかないものですから。

。そう、まさにそうなのです。僕が八王子にり出してからというもの、早くも今年で4年になろうとしています。溜まった書類を整理していて、こっちに来たばかりの頃のメモを見つけたりすると、俺も結構可愛いところあったんだな、とか思ってしまうほどです。何がなんだか分からなかった。とにかくその一言に尽きます。おそらく自分には作家になるしか選択肢がないのだろう、という感覚は持っていました(たぶん今でも持っています)。しかし何を書いたらいいのかも分からないし、どう書いたらいいのかも分からなかった。どう生きたらいいのかも分からなかった。

なぜかは知らないけれど、とにかく必死になって走っていたのを覚えています。しがみつくようにして川沿いを走っていた。この行為が自分にとって――理屈は分からないけれど――とにかく必要なのだ、と思っていた。

その感覚が正しかったのかどうかは分かりませんが、とりあえず今でも走り続けています。そういえば大学生の頃、自分が何をしたらいいのか分からなくなった時期があって(というか大体いつもそんな感じだったのですが)、なぜかふと道路を走り出したのを覚えています。仙台の外れの、それでいて結構交通量が多い道路の脇を、せっせと走っていた。最初はランニングシューズもなくて、たしかコンバースのスニーカーで走っていました(当然足が痛くなった)。当時は週に何回か走る、という程度だったんですが、それから走る時期があり、走らない時期があったりして、結局はまだその習慣は続いています。

ついこの間までは、あたかもそれが自分にとっての最優先事項であるかのごとく走り続けていたのですが(半年間ほぼ一日も休まなかった。多いときは月に450キロ以上走っていました)、先月の終わりぐらいから、なんかもういいか、という感じになってきました。暑くなってきて、さすがに命の危険がある、ということだけでなく、そろそろ次の段階に進んでもいいかな、という気になったのです。それはおそらくアルバイトをしながら小説を書き(賞は取れませんが)、そしてなぜか謎の音楽を作り始め(もうやめよう、と思うとまた頭にベースラインが浮かんでくる・・・)、そのビデオを作ったりしているうちに(もう踊り疲れました・・・)、さすがに時間の絶対量が足りなくなってきた、ということがあります。それとエネルギー。

でもまあ、それは正直なところ自分にとっては悪くない変化です。相変わらず具体的な成果には結び付いていないものの、少しずつやりたいことが増えてきました。メインは小説だとは思っているのですが、それでも自分に関して、これまでまったく気付かなかった新たな側面に気付くことができる――そしてやり方次第ではどんどん発展させていくことができる――と感じられるのはとても素晴らしいことです。

おそらく僕は今まで自分に十分な自信を持つことができなかったのだと思います。まあ今でもそういう傾向は――ある程度は――残っているわけですが、それでも少しずつ少しずつ前に進んでくることができた。他人と比べたら大したことのない変化ですが、自分にとっては確実な変化です。そしてその過程はおそらく(単なる「文章技術」というだけではない)「生きる」という行為の本質と結び付いているような気がするのです。

この間ロサンゼルス・エンジェルスのタイラー・スキャッグス投手が亡くなりました。27歳でした(僕と同い年です)。僕はそれによって大いにショックを受けたわけですが(よくそのピッチングをテレビで観ていたので)、一方で世の中にはそういうことも起こり得るのだ、とある程度納得している自分もいました。我々は常に死と隣り合わせで生きているのだ、と。しかしそれは単なる一般論であり、もしそこに死があるとすれば、それらはすべて個別的なものでしかありません。個別的な死は人々の心に――あるいはそのに――個別的な穴を残していきます。我々はある程度まではそれを別のもので埋めることができる。しかしある程度から先は決して埋めることができない・・・。

僕は何を言いたいのだろう? そう、おそらく言いたいのは、世界はそういった個別性に満ちている、ということです。それが最近僕が強く感じていることです。たとえば(思いがけず)八王子に来て、(仕方なく)アルバイトをすることになり、(偶然)誰かと出会うことになる。そこにいるのは当然ごく普通の人たちです。優れた面もあれば、あまり優れていない面もある(もちろん僕にしても同じです)。しかしそこには必ずどこか奇妙な点があります。「個性」というほど立派なものではないかもしれない。あるいはそれは「歪み」に近いネガティブなものかもしれない。しかしその奥には確実に、その人をその人たらしめている「何か」が存在しています。

たぶん僕がすべきなのはその何かを収集し、そして自分の中にせっせと溜め込んでいくことです。うまくいけばそれは別の形を取って、小説の中に出てくるかもしれない。あるいはそうでなかったとしても、たぶん僕の心を底の方で温めてくれます。なんとなくそんな気がするのです。もちろんそこにあるのはポジティブなものだけではありません。人が生きるという行為は、おそらくはそんなに生半可なことではないでしょう。非常にダークな部分が――たとえどれだけ否定したとしても――そこには確実に含まれています。

だからこそ可能な限りそれを公平な立場から観察することが大事なのでしょう。言葉にするとややこしいみたいだけど、ずっと昔から「作家」と呼ばれてきた人たちはそれをやろうと試みてきました。なぜなら、たぶんそれが人間の心にとって必要なことだからです。生きるという行為の目的の部分に関与していることだからです。

大学を出て、何をしたいのかまったく分からず、仕事もせずに実家にいさせてもらっていた時期がありました。その頃に必死になって村上春樹さんが地下鉄サリン事件の被害者の方々にインタビューした『アンダーグラウンド』という本を読んでいた記憶があります。僕は当時非常に加害者側(つまりオウム真理教側)に近い精神状態に置かれていました。つまり、この(いわゆる)正常な社会にどんな意味があるのだ、と。人々はあたかも自分がまともであるかのごとく振る舞っている。でもそんなことはないのだ、と。硬直化したシステムに無批判に順応し、それによって自由な魂を――あるいは魂の自由を――踏みにじっているだけなのだ、と。

あの本の中で村上さんが収集したのはごく普通の人たちのボイスです。ある意味では「正常な社会」の中で「順応して」生きている人たちだといってもいい。しかしその「順応」の中にもさまざまなレベルがあり――プラス個人的な経緯や屈折があったりして――とても一言で一般化できるようなものではありませんでした。そしてさらに重要だったのが、彼らが一人一人違う顔を持った個人だった、ということです。村上さんの優れた文章能力によってその固有のボイスは立体的に、生き生きと再現されています。正直なところ最もおもしろいのはあまり事件には関係のない部分です。どんな人間で、どんな希望を持って生きてきたのか。どんな仕事をしているのか。どんな考えを持って日々暮らしているのか。そういった一つ一つの細部が、生きて呼吸をしている生身の人間の姿を、ひどく鮮明に立ち上がらせていきます。

僕はその本を繰り返し読みながら、必死になってこう自分に言い聞かせていました。「この世界には生きるだけの価値があるのだ。この世界には生きるだけの価値があるのだ」と。実際にそれだけの価値があるのか、僕には正直なところ、いまだによく分かりません。簡単に答えを出してしまうことは、性格上もうできなくなっています。生きることはイコール善ではない。それは僕という人間の一つの前提条件ともなっています。生きることはただの生きることです。それ以上でもなければそれ以下でもない。しかしによっては、その先に何かが生まれるかもしれない。自分でも想像すらしていなかった何かです。それはあるいは、考えようによっては悪くないかもしれない。ときどきそう思うのです。

あの頃の八方塞がりの状態をよく思い出します。僕は23とか4で、まわりの同年代の人々はとっくに就職している。しかし自分にはどうしても働くことが正しいことだとは思えない。というか生きるという行為自体が正しいことだとも思えない。そんな人間に一体何ができる?

でもおそらくは当時からうすうす気付いてはいたのですが、僕はたぶん自分独自の道を進まなければならなかったのでしょう。本を読むことや音楽を聴くこと、映画を観ることなんかは好きだったのですが(そういえばオペラのDVDなんかも観ていたな。『サロメ』はおっかなかった・・・)、まさか自分がそれを作る側に回るとは思ってもいなかった。そもそもそんな資格はないと思っていたのです。しかし良くも悪くもこういう方向に進んできてしまった。いまだに結果は出ていないにせよ、少なくとも――ありがたいことに――自分の文章を好きになり始めてはいます。

あの時期をなんとか生き延びることができたのは、おそらくそれでも自分への希望を失っていなかったからだと思います。決して目立つことが好きな人間ではなかったけれど、当時から多少不敵なところはあったような気がする。怯えていて、しょっちゅう人目を気にしていて、梅干しが嫌いで、基本的には冷めていて・・・。しかしそれでもなお自分のやっていること――あるいはやっていることの――の中にはそれなりの正当性があるのだ、と確信していました。いい歳をして働かない息子を持ってしまった両親には非常に申し訳なかったけれども、あと少し時間が経てば、なんとか動き出せるときがくるのではないか、と思っていました。そうなれば、自分はもっと自分らしく、むしろ生き生きと生きることができるのではないか、と。

さて、それから三年半ほど経って、今に至るわけです。本来の計画によればすでに職業的作家になっているはずだったのですが、なかなかそううまくはいかないらしい。まあしかしそれも勉強です。僕はいつも思うのです。こんなのはレイモンド・カーヴァーが経験したことに比べれば――彼は若い時期その才能が世間に認められず、いくつものブルーカラーの仕事を渡り歩かなくてはならなかった。のちにようやくホワイトカラーの職を得たものの、二度破産し、アルコール中毒になった――ピクニックみたいなものじゃないか、と。

それでもまあ、だからといってそこから抜け出す努力をしていないわけではありません。今ではさすがに作家になれたところでなにもかもがうまく行くはずだ、とは信じていませんが、それでもそろそろスタート地点に立ちたい、と思っていることは事実です。最近は多少肩の力を抜いて書くことができるようになってきました。結果的にくだらないものも書くけれど、まあそれもおそらくは自分にとって必要なことなんだと思います。なにしろ道筋なんてあってないようなものですからね。手探りでやっていくしかない。

だからまあ、これからもできる範囲で、できることをコツコツとやっていきたいと思っています。なんかいつも同じことを言っているみたいだな。でも仕方ないですね。それ以外できることがないんだから。それでは。失礼。

2019年9月1日、日曜日。八王子にて。

村山亮
1991年宮城県生まれ。好きな都市はボストン。好きな惑星は海王星。好きな海はインド洋です。嫌いなイノシシはイボイノシシで、好きなクジラはシロナガスクジラです。好きな版画家は棟方志功です。どうかよろしくお願いします。

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