ということで長野県です。「どういうことなんだ?」と訊かれたらちょっと困ってしまうけれど、とにかく長野県です。標高が高いおかげで夏が涼しい(もちろん暑い日はあるけれど、東京に比べたらだいぶ涼しいです……)。
大田区に引っ越して7ヶ月くらいしか経っていないのに、いろいろとあって結局引っ越すことになりました。それで家賃の安い引っ越し先を探しているときに(当初は八王子や青梅 が候補だった)、なにも東京にこだわらずに、田舎で農業をやったらいいんじゃないか? という思いが湧いてきたのであります。
実を言えばこの考えは一年以上前から時折頭に浮かんできてはいました。でも引っ越しにもお金がかかるし、実際に農業をやるのって大変そうだしなあ……ということで二の足を踏んでいたのです。それが今回、いい機会だから実行してみよう、ということになり……ええ、実際に長野に移住することになったわけです。はい。
またコンビニ店員をやるという選択肢もあったのだけれど(バイトをしながら作家を目指すという基本スタンスは変わらないので)、それだと同じことの繰り返しでつまらないなあ、ということで、農業。外で働いて、たとえキツかったとしても精神的にはそれほど消耗しないのではないか、というのが当初の予想でした(その予想が当たるかどうかは……これから実際にたしかめてみます。はい)。自転車で生活するとなると……埼玉県の深谷市、本庄市あたりが候補かなあ、と思って最初は調べていたのですが、「ちょっと待てよ。別に関東じゃなくたっていいんだぞ」と思い、山梨、長野まで範囲を広げました。そして希望に合った農園さんを見つけ、採用してもらった、というのが流れです。
本当は自転車で身軽に生活したかったのだけれど、買い物や、職場(いろんな場所に圃場がある)への移動を考えると、やはり車が必要になってくる。僕が日常的に車に乗っていたのは10年前の宮城時代のことである。大丈夫かなあ……。中古車買って、急に故障したらどうしよう……とかいろいろと心配は多かったにせよ、ないと不便なので、買いました。つい先日納車され、恐る恐るそれで通勤しています(2012年製のスバルのプレオ。ダイハツ・ミラL275のOEM。要するにエンブレムと名前だけ違っていて、中身はミラである)。なぜかマニュアルシフト(笑)。でも面白いです。早速エンストしたけれど。
僕が10年前に乗っていたのがスズキラパンだったので、サイズ的には似たような感じ。なんだかあの頃を思い出すなあ、と思って運転していた。上り坂で全然パワーが足りなくて、最初は焦ったけれど、たぶんギアの選択が間違っていたんですね。4速で上ろうとしていた。3速とか、もっときつい坂は(山の上にハウスがあるので、そういう場所も通る)2速とか。そういう選択もだんだん覚えていければいいなあ、と思っている。
生活が変わるのは楽しいし、不安でもあるけれど、田園風景の中にいるとホッとします。それはたぶん僕が宮城県の田舎で育ったからなのだと思う。あの頃は「こんな田舎出て行ってやるぜ!」と思っていたけれど、今は「東京よりもこっちの方がしっくりくるよなあ」と思っている。東京にいて、秋に稲の匂いが嗅げないことをいつも寂しく思っていたから、精神的には「帰ってきた」という感じで、もしかしたらいい影響を受けるかもしれない。
とはいっても知らない土地なので、いろいろと驚くことはあります。佐久市というところに来たのだけれど、標高が700mくらいあるらしく、朝晩は驚くほど涼しい。33度くらい最高気温が上がる日でも、朝晩は結構下がります(21度とか)。大田区と試しに比べてみると、大体5度前後低い。それだけでも過ごしやすさは格段に変わります。扇風機があればあんまりエアコン使わなくていいもんな……。休憩時間の暑さをすごく心配していたのだけれど(なにしろ東京の暑さを基準に考えていたので)、日陰で風を浴びていればまあ大丈夫かな、という感じ。小さいカエルがいて、モンシロチョウが飛んでいて、蝉の声が聞こえていて……なかなか気持ちが良いです。はい。
引っ越しのときにちょうどいい機会だから、ということで、あえてロードバイクを車に積まず、乗っていきました。184kmくらい。この話をすると驚く人が結構いるけれど、まあ僕にとってはちょうどいい距離です(笑)。ゴールデンウィークは800km以上走ったし、あれに比べればウォーミングアップみたいなものです……と言いたいところだけれど、上りもあるし、それなりにキツかった。あのときよりも暑かったしなあ……。夕方に大田区を出発し、寝ずに一晩中漕いでいた。埼玉あたりから国道254号線に入り、北西に進み、群馬県に入り、藤岡から下仁田、そして内山トンネルを通って長野県へ。引っ越しに先駆けて乗っていったので、何もない部屋に到着しました。そしてガスの開栓手続き……(着いてすぐは当然使えないので、水シャワーを浴びた)。
バイトのウェブ面接とか、引っ越し準備とか(いつものごとく荷物が多い……)、車をどうするかとか、任意保険はどうするかとか、農業の作業服はどうするかとか、慣れない作業は大丈夫かとか、住所変更の手続きとか……いろいろとやること(心配事)が多くて非常にバタバタしていました。でもようやくちょっと落ち着いてきたかな、というところでこの文章を書いています。
新しい環境で身体を動かして働くのはなかなか楽しいです。もちろんこれから気持ちがどう変化していくのかは分かりませんが……。いずれにせよ生活のためには働かなくてはいけない。コンビニ時代はどうしても本部の指示通りに動かなくてはならなくて(オーナー店でもやはり常に本部の意向は気にしなければならない)それが結構ストレスだったのだけれど、より小さい組織で働く(しかも基本的には外で働く)場合にはそれが少ない。巨大なシステムの「都合の良い駒」になっているという感覚はあまりない、ということです。もしかしてその方が自分には合っているのかな、という気が最近はしている。もちろん最終的な目標は自分の文章で生計を立てていく、ということなのですが……。
「農業を勉強していずれ独立する!」と言えれば立派なのかもしれませんが……そこまでの覚悟は僕にはまだない。とりあえず外で働き、生活の糧を得る。それが以前よりもストレスが少ないものであれば……その方がいいじゃないか、という感じ。後々 どう気持ちが変化していくのかはこれから観察していかなくてはなりませんが。
34にもなってこうやって一所 に落ち着かずにフラフラしているのもなあ、と思うこともあるけれど、まあ仕方ない。できるだけ自分に正直にならないとすぐに病んでしまうから。それはよく分かっている。もしかしたらそのうち「きちんと就職しよう」と思うかもれないし、そのときはそのときで就職しようと思っている。でも今のところはそう感じていない。とりあえずなんとか生活を安定させて、日常的に書ける状況を作ること。「文章」あるいは「小説」という枠組みの中で、以前よりも自分を自由にできるように努力すること。それが収入に結びつけばもちろん言うことはないのですが……。
正直なところ東京にいる頃には「東京で暮らす」ことが一つの目的となっていた節 があります。都内にいたって結局はバイト暮らしをして運動をして小説を書いていただけなので、大した経験もしていないのですが、最初になぜか「東京に出て行くんだ! そこで成功して、ビッグになるんだ!」と決意してしまったせいで、その呪縛に囚われていた、というところもあったと思います。でも今のところ、今回このように長野に出てきてよかったんじゃないか、と思っている。結局どこにいても小説は書けるわけで、「東京にいなくちゃ」という形式的呪縛から逃れられたことで、もう少し自分自身に近付けたような気がしている。特に僕は田舎出身だし。
車が届くまでは(注文してから納車までに2週間ほど時間がかかった)自転車で通勤していたのだけれど、そのときに地元の高校生たちとよくすれ違った。なんか昔を思い出すなあ、と思う。中古車を取りにJR小海 線に乗ったときも部活帰りの高校生たちがいっぱいいた。彼らの目に僕はどう映っているんだろうな、と僕は思う。汗だくで、汚れていて、農作業の格好をしていて……。たぶん見慣れているからなんとも思っていないと思うのだけれど(彼らだって忙しい)、昔の僕だったら俺はこんな風になりたくないぜ! 都会に行ってもっとスマートな、稼げる仕事をするぜ! とか思っていたかもしれない。というか実際に地元の工場に通う人たちを見て(その人たちが狭い道で車を飛ばすんだ。これが……)こうはなりたくないぜ、とか生意気にも思っていた。彼らの気持ちも考えずに。でも実際にこの歳になっちゃって、意図的に田舎に移り住んできて……やはり考え方は変わっている。ここにいることに(そして肉体労働をしていることに)卑屈な気持ちは抱いていない。むしろ昔は分からなかった農業の良さとか、田舎の美しさとか、そういうものに気付けるようになった変化が嬉しい。
北には浅間山が見え(正確には浅間連峰)、水田が広がり、千曲 川が流れ……。人ももちろん東京よりは少なくて、なかなか過ごしやすいです。引っ越しのときトヨタハイエースを借りて都内を運転したけれど、あの車の多さときたら……。環状八号線は渋滞でちょっとずつしか進まないし(しかもものすごく暑い)、首都高を通ったときは右から合流してきたり、突然真ん中に柱が現れたり、ここも渋滞したりでカオスだった……(結局二往復した)。
ただもし文章で飯を食えるようになったらまた東京に戻るかもしれないし、そこはオープンです。何が起こるのかは分からない。とにかく希望としては早く仕事に慣れて(早速失敗もしましたが……)、その中でより自分に正直な文章を書きたい。その行為から透明な——しかししっかりと自分に根差した——喜びを得たい。そういうことを考えています。思い返してみればこの10年、ずっと自分の書いているものに本当の自信を持つことができなかった。「自分なんて……」という感じ。あるいは田舎者だからかもしれないけれど、なんとなく引け目を感じてしまう。でもどこかで腹を括 らないと真にオリジナルな作品は書けない。そういう気がしています。はい。
新しいランニングコースも発掘しなければならない。ということで、暑い中いろいろと走り回ってみました。千曲川沿いはどうかな、と思ったけれど……少なくとも佐久市内においてはさほど整備されているわけではなさそう(そりゃそうだよな。車優先だもんな……)。でもその代わり、田んぼの間にある農道(アスファルト舗装されている)なら交通量も少ないし、走りやすい。できるだけ信号に捕まらないルートを探し、週に2回休みの日に走っています。ちなみに東京にいる最後の頃はかなり夜更かし型になっていたのだけれど(3時4時に寝るのが当たり前だった)、こっちに来てからはほぼ強制的に朝型に変わりました(笑)。5時半とかに起きている。弁当(といっても日の丸弁当と魚肉ソーセージ)を準備して……。
山の中の圃場で風を浴びながら(ヒラヒラ舞うモンシロチョウを眺めながら)食べる弁当はなかなか美味 しいです。なんだか毎日ピクニックに来ている感じ。まあこれから慣れて、これが当たり前の光景になってきたら感じ方も変わるのかもしれませんが……。
日本は広く、別に東京での生活だけがデフォルトじゃない。当たり前なのだけれど、あらためてそう感じている今日この頃です。大事なのは場所じゃなく自分がそこで 何をするのかだ。よりそういった考えがシャープになってきている、という感覚があります。肉体的にはもちろんキツくはなるけれど、よりシンプルに生きられるのではないか、と僕は考えている。その中で自分と向き合うこと。うん。
ちなみにJR小海線はディーゼルで走っているそうです(ハイブリッドもあり)。最初に見たとき上のパンタグラフがないので驚いた(電車の上のあの菱形の装置です)。無人駅もあり、運賃を払うときも人がいなくて降車駅の箱に入れるだけだったり……東京から来ると驚くことが多いです(Suicaはもちろん使えない)。でもそれもなかなか素敵です。風情があるというか……。
P.S. 最近は食事時に古い映画を観ていた。引っ越し前はひたすら黒澤明の映画を観たり(年代順にたぶん全部観たと思う。評判のあまり良くない『續 姿三四郎』とか『白痴』とかも意外に面白かった)、小津安二郎の白黒映画を観たり(『一人息子』『風の中の牝雞 』)……。マルセル・カルネの『悪魔が夜来る』とか、ジャン=ピエール・メルヴィルの『恐るべき子供たち』とか。イングマール・ベルイマンの『不良少女モニカ』とか。あとはそうだな、この間亡くなったハンガリーの映画監督、タル・ベーラの作品とか。タル・ベーラ監督の作品はかなり変わっていて、商業主義の反対を突き進んでいきます。『ニーチェの馬』とかほとんどセリフがないし、『サタンタンゴ』に至っては上映時間が7時間を超える。でもあの世界観が好きです。荒涼としているというか。しかしその中で人間の汚さとか美しさとか本能とか、そういうものがくっきり現れてくるというか……。初期の『ファミリー・ネスト』も良かったし、『ヴェルクマイスター・ハーモニー』も良かった。きっと説明がないのがいいんだろうな。あと大抵が白黒。ハンガリーの田舎というとどうしてもアゴタ・クリストフを思い出してしまうけれど、東欧という土地もなかなか心惹かれるものがあります。経済的にはあまりうまく行っていないという印象が強いけれど、人々はどういう生活をしているんだろう? 『ニーチェの馬』に至っては神話的な色彩さえある。神話においては場所も人種も言葉もあまり関係なくて、その人間の生と死が直接目の前に迫ってくる。逃げたくても、逃げることはできない。時間は残酷に進み続ける……。なんとなくそんなことを考えながら観ていました(あとは登場人物たちが謎の演説をぶつのだけれど、結構それが好きです。筋が通っているような通っていないような……。翻訳するの大変だろうなと思いながら観ていた)。
そしてワールドカップがあり……(結構楽しんで観ていた。スペイン、強かったですね。録画したあと結果を見ないようにするために一日ニュースから自分を遠ざけていた。これが意外に大変なんだ。本当に……)、また古い映画。NHKのBSで録画した罪のないジョン・ウェイン主演の西部劇とか結構いいです。もしかしてこれを観ても人格的に向上はしないのかもしれないけれど……まあそれでもいいじゃんと思えば楽しめる。「そんなのはただの娯楽だ!」という人もいるかもしれないけれど、まあ人には時に娯楽も必要でしょう。『アラスカ魂』とか『戦う幌馬車』とか観ました。サミュエル・フラー監督の『最前線物語』も面白かった。1980年の映画で、原題は『The Big Red One』。これはつまりアメリカ陸軍の第1歩兵師団を意味している(その肩章が赤い大きな「1」だから)。監督自身の経験が反映されているとあって、なかなかリアルです。弱い、経験の浅い新参兵が次々に戦死していく。敵からしたら殺しやすい相手を殺すのは当然のことですからね。でもその「敵」だって上官の命令に従っている生身の人間たちです。時代や場所が違えば自分だってこうなっていた可能性は十分にある(徴兵されていった当時の日本の若者たちみたいに)。フラー監督はゴダールの『気狂 いピエロ』に本人役で出演していて、「映画とは何か」と訊かれて「映画とは、戦場のようなものだ。愛、憎しみ、アクション、暴力、そして死。要するに、エモーションだ」と答えている。その映画を見たときからこの人の作品を観なきゃな、と思っていたのに、機会がなくてあまり観ていなかった(『地獄への挑戦』だけ観たかな。たしか……)。ヒッチコックの『ハリーの災難』もコミカルで面白かった。死体を見ているのに全然驚かない登場人物たち……。1955年の作品でありながら、鮮やかなカラー。森の紅葉が美しいです。あまり世評の高くない作品(あるいは忘れられてしまった作品)を自分なりに楽しめたりするとなかなか嬉しいです。自分だけの掘り出し物、というか……。
まあまた飽きたら非娯楽系の作品を観ることになるかもしれませんが、これはこれで楽しいです。はい。
ということで、引っ越し前は不安で不安で仕方なくて、どうなることかと思っていたのですが、来てみると案外なんとかなりそうです。熱中症に気をつけて(東京より涼しいとはいえ、暑い日はやはり暑い。でも長野とか松本とかよりも涼しい。軽井沢ほどではないけれど)、事故を起こさないように気をつけて、なんとか先に進んでいきたいと思います。気持ちがどう変わるのか(また都会に戻りたいと思うのか、ここに長くいたいと思うのか、プロレスラーになりたいと思うのか、エトセトラ、エトセトラ……)見極めながら。この10年で成長したのかどうかは分からないけれど、とにかく歳を取ってしまったのだし、過ぎた歳月を嘆いても仕方がない。「小説家になる!」という観点からいえば結果は出ていないけれど、小説を書くための「材料」としての経験は嫌でもしてきたのかもしれない、と思っています。さあこれからだぞ。やるべきことをやって……。
ということで、皆様、お元気で。夏は暑いですが、青い空をバックにした積乱雲は綺麗です。モクモクと発達していって……。僕にはゴジラかソフトクリームにしか見えませんが。
部屋のドアの上の方にツバメの巣が残されていました。なんでも鳥獣保護管理法で一度作られちゃうと撤去してはいけないことになっているそうです(雛がいる場合)。別の場所にはまだ雛たちがいて、ピーピー鳴いて「餌を持ってきてくれろ!」と親に懇願しています。親たちは零戦 みたいにビュンビュン飛んでいる。この写真のものは空の巣になっています。雛たちはちゃんと独り立ちしたのだろうか? 鷹 とか鳶 に襲われていないだろうか? まあ襲われたとしても自然の摂理だから仕方ないといえば仕方ないのですが……。
僕も独り立ちできるように頑張ります。そう、世の中は戦場のようなものだから……。