さて、またまたロードバイクです(そんなものは嫌だという方はもちろん、お餅でも食べるか、スクワットか腕立てでもしていてくださいね)。
12月16日に引っ越して、二週間以上が経ったわけですが、やはりまだまだ慣れない。コンビニ店員をやって、空いている時間に筋トレをしてランニングをして料理をして(簡単なものですが)そして小説を書く、という流れを9年以上続けていたので、なかなか急に変わることは難しいのです。はい…。
それでもなおこの機会をポジティブに捉えようと思って、可能な限り時間を有効に使おうと、生活リズムを再構成しようとしているところです。しかしまずはゴミ出しの時間に起きられるようにならないといけない…。前のマンションは蓋付きのデカいゴミ出し用コンテナがあったので夜でもまあ大丈夫だったんですが、次の物件はない。燃えるゴミを夜に出しちゃうとたぶんカラスの餌食になるでしょう。最初の3回くらい寝過ごして、そのあとからアラームの力によってなんとか起きました。だいぶ夜型になってきていたからな…。これを機会に健康的な朝方人間になりたいです。はい。
運動量も調整の必要があって、前よりも肉体労働が減る分走る距離を増やす必要がある。ということで休みなしで一週間以上走り続けていました。多摩川沿いの道は広くて気持ち良いです。橋を渡って川崎側に行くのもまた景色がちょっと変わって、それはそれで悪くない。
そして窓が増える分カーテンを買ったり、ベランダが狭いせいで今まで使っていた突っ張り棒(竿受け付き)が使えなくなってしまったので、ネットで新たにベランダの手すりに取り付けられるやつを買って、頑張って設置しました。小さいネジとか下に落としそうで怖かったのですが、なんとか落とさずに設置できました。よかった…。
そして年末年始。この10年の間で(たぶん)初めてのまとまったお正月休みが取れたので――考えてみれば10年間ほとんど毎年お正月はバイトをしていた――迷った挙句帰省することにする。「迷った」というのはどちらかというと自分自身の問題で(家族に問題があるわけでなく)、やっぱり早く独立して生計を立てられるようになりたいので、空いている時間を小説書きにきっちりと当てるべきではないか、と思ったということです。引っ越し直後でバタバタしているし、ここで帰ってペースを乱したりせずに、自分の新しい生活リズムを築き上げるべきではないのか、と。
だけどこの間の引っ越しのときにロードバイクに乗ってここまでやって来て(八王子から50kmほどありましたが)、やっぱ自転車楽しいな、という気持ちが――10ヶ月間それはどこかに隠れていたのですが――戻ってきてしまったのです!
「そぞろ神に誘われて」旅に出たくなった、と松尾芭蕉は「奥の細道」の最初に書いていますが、まあ僕にもその気持ちは分かる。なんでこんなことしているんだ、と(実際に旅に出ると)思うこともあるけれど、やっぱりじっとしているとたまに遠くに行きたくなる。僕は特に普段あまり遠出をしない人間なので、見ている光景がどうしても一緒になってしまう、というところがある。今回は引っ越し直後なので少し事情は違いますが、とにかくまた自転車に乗って風を浴びながら遠くに行きたい、という思いが僕の大脳を支配してしまったのです。いやはや。
ということで計画を立てる。といっても今回は5日間で954km走った2月のときほどキツくしたくはない。もうあのコース(東京から宮城県栗原市の実家まで)は走ってしまって好奇心が満たされた、ということもあるし、プラス、あのキツさを身を持って知っているので(真夜中の寒さがキツい。もちろんお尻も膝も手も腰も痛くなる)もう少し楽に、楽しんで旅をしたい。かといって楽過ぎると全然つまらないしなあ…。ということで、とりあえず、今の部屋から福島県郡山市まで行き(大体240km)、そこから東北本線に乗って北上しようじゃないか、というところに落ち着いた。そうすれば郡山から北の寒い地域の雪・凍結リスクを回避できるし、距離もほどほどになる。とはいってもそれなりのカロリーは消費するので(20時間ほど走り続ける予定である)餅をたらふく食ってもそうは太らないだろう、という目算もあった。帰りはもし元気ならまた電車で(つまり輪行袋という袋に車輪を外したロードバイクを詰めるわけですが)南下し、今度は常磐線でいわき駅まで行ってそこから乗って帰ってこよう(予定だと225kmほど)という計画を立てた。その段階ではまあそんなにキツくないっしょ、という感じだったんですが…。
いずれにせよ12月27日、土曜日の夜10時25分に出発する。どうしてこんな時間かというと栃木・福島間のあの標高が高くて寒い(夜に走ると恐ろしく寒い)峠をできるだけ暖かい時間帯に上りたかったからです。夜10時くらいに自宅を出れば、なんとか明るい時間帯にそこに辿り着けそうだった。まあ実際に何が起こるのかは分からないし、この計画だと夜通し関東南部を走り続けることになるわけですが…。
本当はもっと早く出る予定だったのですが、色々やっているうちに遅くなり(自分の着替えや、東京からのお土産を詰めた段ボールを宅急便で送ったりしていた。あとは筋トレ)22時25分になってしまう。いつも自分の計画性のなさに呆れるのですが…まあこればかりは仕方ない。頭の中でどれだけ完璧な計画を立てたところで現実は不確定要素の渦のような場所なので色々と起こる。まあそれを実際に体験する、というのも一つの醍醐味なわけで…とにかく起こってしまったことは可能な限りポジティブに受け止めようぜ、ということです。はい。なかなかできることではありませんが。
それで、この一週間は前よりもカロリー摂取量を抑えていたのですが(それでも案外大丈夫なことを発見した)出発前だけは別で、デカい米粉パンケーキを大量に食べる。フードファイターのように食べる。まあこれは毎週土日に長距離ランを走り切ったあとのご褒美としていつも食べているものなのですが(たまにそういうことをやらないと気持ちがげんなりしてしまう)、それよりもさらにサイズを大きくして、重くして、食べた。胃がパンパンになりましたね。良いのか悪いのか…。ちなみにこの日はお昼前に13kmのランニングをしている。そのあとでお土産を買いに少し離れた駅までママチャリも漕いでいる。ランニングは休もうかなとも思ったのですが、ルーティーンになっているし、僕の頭の中に住んでいる鬼軍曹が「そんなことで休んじゃいかん!」と言うので走りました。つまり出発前にかなり疲れていた、ということです。完全に自業自得なのですが…。
こういうとき自分がいかに習慣を欲しているか、というのを改めて認識します。この曜日のこの時間には何をやる、とか、このノルマをこなすまでは眠っちゃいけない、とか。性格には色々とあるけれど――そして他人のことは好き勝手に論評したりするのだけれど――自分に関してはそんなに簡単に分析はできない。というか「当たり前」だと思っていることが多過ぎて、もはや「ちょっとこれは特殊かも」とか「これはやり過ぎだよな」とか思わなくなってしまっている、ということです。でもこのときだけは少し自分ってこんなにルーティーンにしがみついていたんだな(しがみついていないと不安で仕方がないんだな)とふと客観視したような気がします。したところで変わるわけでもないのですが。はい…。
いずれにせよ出発。もちろん暗い。そして寒い。引越しの50kmを除けばほぼ10ヶ月ぶりの遠乗りなのでちょっと緊張する。でも乗っているうちにああ、こんな感じだったな、と思い出す。前傾姿勢とか、靴をペダルに嵌め込むときの「パチン」という感じとか。今回は前よりも荷物を減らすことを意識した。補給食は途中途中で買っていく。要らないものは持っていかない。といっても心配性なので、やはりそれなりの重さにはなってしまうのですが…。
今回の予定:240km先の郡山市にある安積永盛駅付近のネットカフェに、夜10時までには着きたいと考えていました。というのも前回それくらいの時間がかかっているから。その後朝までそこに滞在し、始発電車に乗って一路故郷を目指そう、という感じ。実はネットカフェに泊まったことはまだないので、使い方を事前に調べておいた。アプリもダウンロードしておいた。自転車ウェアを洗濯する際の着替えも(圧縮袋に入れて)持った。うん。大丈夫だ。予備のライトもモバイルバッテリーもあるし…。
意外だったのは都心が予想していたほどは寒くなかったこと。出発してすぐに暑くなって一枚脱いでしまった(それでも一番下から数えて5枚着込んでいるのですが)。計7枚カイロを貼っていたので(両手、両足、お腹1枚、背中2枚)それも関係していたかもしれない。まあとにかく寒くないのであれば問題はない。信号が多くて何度も足止めされながら、ビュンビュン飛ばすタクシーたちの横をせっせと漕いでいく。
都心の道路自体はやはり走りやすい。あまりデコボコしていないし、自転車用の青い矢印もちゃんと引いてある。路駐している車を避けるときにちょっと注意が必要だけど、まあこれも慣れればなんとかなる。夜中なので交通量は日中よりは少ない。たまに酔って喧嘩している人の大声が聞こえてきたりはするけれど、基本的には(もちろん)みんな平和に歩いている。家に帰る人たちもいるのだろうし、飲み屋を探している人たちもいるのだろうと思う。こんな時間にランニングをしている人もいる。まあそれぞれの生活リズムがあるので、それがそんなにおかしいとは思わない。というか現に僕自身もこうやって真夜中に遠乗りをしているわけで…。まあお互い様か、と思いながら漕ぎ進めていく。
真夜中の都会をロードバイクで走るのは結構好きだと思う。寝静まった巨大なビル群の間を(といっても電気が点いている建物もたくさんあるけれど)魚のようにスーッと移動していく。夜の闇が水で、明かりがクラゲで、自分は今鰭を動かして泳いでいるんだ、と想像してみる。地面は平らで、身体もまだ元気で、滑るように進んでいくことができる。二人乗りのバイクが突然クラクションを鳴らし、挑発するように前を蛇行運転してきたときはさすがにイラッとしたけれど、彼らはあっという間に消えてしまった。ちょっとだけスピードを上げて追いかけて、すぐに冷静になって元のリズムに戻る。きっとほかにやることがないのさ、と僕は思っている。好きにすればいい。都会なんだからいろんな人が住んでいる。気にする必要はないさ。僕はただ、自分の目的地に向けて進んでいく……。
銀座のあたりはなんだか不思議だったな。よくテレビで見る通りが、闇夜にひっそりと佇んでいる。でも明かりは煌々と点いている。そんな中を魚の僕が――明らかに部外者の魚の僕が――スーッと通り抜けていく。歩いている人たちはそれぞれの人生を生きている……。昔は都心を歩いている「おしゃれな」人々とは自分は関係ないんだ、と感じたりしていたのだけれど、今はそうは思わない。というかそもそも「おしゃれじゃない」人たちだっていっぱいいるし、収入的にも自分とさほど変わらない人もいっぱいいるだろう。とにかく言いたいのは、人間の中にはやはり「共感を持てるポイント」のようなものがある、ということです。それを探り当てれば…あるいはお互いに少し理解し合えるかもしれない。「理解」まで行かなかったとしても、「敵対」しようという気持ちは薄れるかもしれない。いちいち立ち止まってしゃべったりはしないけれど、そういう可能性がある、というだけで少し心は暖まります。僕はそんなことを考えながら、自転車を漕いでいく。
今回のルートでは日本橋を通ることができる。前回は八王子スタートで、国道4号に入ったのが茨城県古河市だったので、これは嬉しい。本当の「スタート地点」という感じ。写真を撮って、また漕ぎ始める。ここからちょっと外れるところはあるけれど(プラス側道を通る区間もある)基本的にはずっと4号を北上する。
ひとまずの目的地として宇都宮を設定する。まずここまで頑張ろうぜ、という小目標地点である。そういうのを設定していかないと、長過ぎて気持ちが持たない。とはいってもそこまでもまだ100km以上ある。まあ…頑張ります。ひたすら脚を動かしていく。
前回の反省から膝を「押す」のではなく、腿を「上げる」イメージで進む。大臀筋を大きく動かすことを意識する。何万回も漕ぐわけだから、こういうちょっとした意識があとあと違いを生むことになる。ほかの部分の痛みはなんとか気合いで我慢できても、膝の痛みはちょっと辛い。だからその辺は結構気を使う。それでも知らぬ間に一生懸命漕いでしまうときがあって、そういうときはちょっと自重する。いいか? と自分に言い聞かせる。まだまだ先は長いんだ。ここで張り切って、途中で膝を痛めてみろ? それ以上進めなくなってしまうぞ? と。
それでもゆっくり漕ぎ過ぎると今度は寒い。だからバランスを取りながら、凍え死にしない程度に漕ぎ進めていく。東京都心のあたりでアウターを一枚脱いだのだけれど、夜が更けるにつれてかなり寒くなってきて、また着た。足立区から草加市に入るあたりで、国道4号線は東武伊勢崎の線路の上を通過する(谷塚駅の近く)。そこは自転車侵入禁止なので迂回します。ただ事前に作っておいたルートを逸れちゃって、時間ロス。ハンドルにスマホを固定しているのにね。いやはや。
まあでもさほどのロスでもない。またすぐに4号に復帰する。たしか埼玉の途中から「側道」というものが現れてきて、そこはかなり走りやすい。これは宇都宮あたりまで続いている。右手に高速道路と化した4号を見ながら、こちらはひたすら自分のペースで走り続けていく。でもこのあたりは予想以上に寒かった。前回この時間帯(午前2時〜4時)に栃木・福島県境を移動していたときよりはもちろんましだけれど、それでも十分に寒かった。手袋を三重にする。途中のコンビニで温かい飲み物を飲む。はちみつレモンの顆粒スティックを買って、水筒にお湯を入れて混ぜ、かなり寒い場所で止まったときに飲んだのだけれど、勢いよく吸い込み過ぎて口の中を火傷した。いやはや。まあでも脚はちゃんと動くので(まだ胃もたれもしていない)、自分にうんざりしながらも、移動を再開する。というか長く止まっていると寒過ぎて身の危険を感じるので、こうするしか選択肢がないのだ。車はそれなりに走っている。もちろんみんな結構飛ばす。僕は側道にいるのでほとんど関係ないのですが……。
長い長い夜を抜け、ようやく東の空が白んでくる。あの嬉しさは実際に夜を越えないとなかなか分からないと思う。あまりにも嬉しくて写真を撮った。そしていよいよ例の県境へ。
そうそう、大田原市に入って、国道461号→県道72号→同342号→同34号→国道294号、というルートに逸れる。そちらの方が交通量が少なくて走りやすいという情報があったので。正直なところ「峠」とはいっても長い距離をかけて徐々に上がっていく、という感じなのであまり峠感はない。それでも疲労が溜まってくる頃なので、なんとか意識して脚を大きく動かしていく。そういえばその少し前に中間地点の120kmを越えて、かなり嬉しくなる。さああと半分! と自分を鼓舞しながら進む。バイク乗りたちの姿も見える。天気の良い日曜日の午後。
実はその少し前から気付いていたのだけれど、予定していたよりもだいぶペースが速い。膝も順調に動いてくれている。徹夜で漕いでいたせいでときどき眠くなるけれど、それを別にすれば身体に不具合はあまり出ていない。お尻や手や腰はちょっと痛むけれど、まだ耐え難いほど、というわけではない。もしそうすると……。
そう、夕方6時前に郡山に着きそうだぞ、と頭の中で計算する。そして休憩のときに急いでスマホで電車の時間を調べる。あった。どうもネットカフェに泊まらずとも、今日中に実家に帰れるかもしれないぞ、と思う。これはなかなか嬉しい。お金もかけなくて済むし、ネットカフェの狭い個室じゃなくて、実家でぐっすりと眠ることができる。連絡をするのはもう少し近くなってからでいいだろう、と思う(あまり早く連絡するとなんか途中でパンクとかしそうで怖かったので)。「あんまり急がなくていいや」と思っていたのを、「急げば電車に間に合うかもよ」というマインドセットにシフトする。だらだらと続く上り坂は下半身に地味にダメージを与え続けているのだけれど、なんとか頑張って回していく。あまり休憩で休み過ぎずに、ひたすら脚を回してさえいれば、計算上は夕方6時に――上手くいけば5時前に——着くはずだった。ほら、頑張れ! 腿上げ隊長!
「腿上げ隊長」は長い自分探しの旅に出ていたのだけれど、僕の要請を受けて戻ってきてくれる。まあ面倒くさいけど君の頼みなら仕方ないなあ、という感じで。それでも気温が高い、というだけで前回とはかなり違う。え? もう終わり、という感じで県境の看板が現れる。いやあよかった。いよいよここから福島県が始まる。ここから郡山まではおおむね下り基調である。休憩し過ぎはよくないけど、さすがにエネルギー不足で頭がフラフラしてきたので、コンビニに寄る。あまり食べ過ぎないようにしようと思いつつも、食べ始めるとついたくさん食べてしまう。胃薬も一応飲む。眠いけど――お尻もヒリヒリするけれど――まだ大丈夫だ。時計を見る。うん。なんとか間に合いそうだ。パンクさえしなければ。
道路の状態はところどころ突然悪化したりして、結構ヒヤヒヤする。だから目線はいつも前に向けていなければならない。背後から来る車の音にも注意する。路肩が狭いところで大型トラックが来たりするとかなり危険だ。そういうときに尖った障害物とか(壊れた車の部品などが)落ちていると危険なんだよね……。なんとか意識を集中して、前に進んでいく。天気は良いし、風もあまりない。コンディションとしてはかなり良かった……と思う。
それでも200kmを越えると、ロングライドが久々、ということもあって、身体が悲鳴を上げ始める。上半身を支える腕も、手も、座っているお尻も、リュックを支える腰も、痛い。腿には疲労が溜まっている。膝にたまに怪しい痛み(の予感)のようなものが走るときがある。そんな中無理矢理漕いでいると、ふっと意識が抜ける瞬間がある。自分が今夢を見ているのか、それとも現実の中にいるのか、よく分からなくなってくるのだ。少し上から自分を見ているような感じ。自分が脚に命令を出している、という感じがしない。誰かが勝手に「自動モード」に切り替えちゃって、勝手に脚がぐるぐる回っているような感じなのだ。僕はただそれを見下ろしている。あれはちょっと不思議な感じだった。でもさほど長くは続かない。「マニュアルモード」に戻るわけだ。そうなると僕は自分の意識で「嫌だ! もう休みたい! なんでこんなことしなくちゃいけないんだ! お前はアホだ!」と言っている腿の筋肉を動かしていく。人間はたまにはアホなこともしなくちゃいけないんだよ、と言い聞かせながら……(その理由は自分でもよく分かってはいない)。
白河市で4号に戻り、泉崎村、矢吹町、鏡石町(ここで前回は夜明けを見た)、須賀川市……ときて、ようやく郡山に入る。このあたりでは青い案内標識の「郡山 ◯km」という数字を減らすことだけが喜びの奇妙な「動物」と化していた。元々の目的地は安積永盛駅だったのだけれど、結局予定変更でそこからさらに5kmほど進んだ場所にある郡山駅に向かうことにする。その結果総距離は245kmになる。最後の5kmがなかなか辛い。考えてみれば一年前はこれよりさらに100km以上長いロングライドも複数回こなしていたわけで、そりゃあ膝も痛めるわな、と変に納得してしまう。もっとも今回はこれで十分である(数日実家で休んだあとで、またいわきから東京に帰るつもりだし)。さすがに「小説家修行」という観点からいえば文句は言われないのではないかと自分に言い聞かせる(いったい誰が文句を言うのかは分からないけれど……)。とにかく、キツかった、ということです。キツイけど、ここまで来ると変なアドレナリンが出ていてそこまで苦痛ではない。むしろゴールできる喜びが勝っている。
そして……ゴール! 駅前は今まで一度も来たことがなかったけれど、結構栄えている。なんだ意外に都会じゃん、と思う(ごめんなさい郡山市民の方々……)。イルミネーションがピカピカ光っている裏で、せっせと自転車を分解する。「分解」とはいっても、前輪と後輪を外すだけなのですが。しかし輪行が初めてなので、手間取ってしまう。一年前に部屋で練習して、今回はやり方をYoutubeで確認してはいたのですが、細かいところ(たとえば自転車を保護するために「エンド金具」というものを付けなくてはいけない)で分からなくなってしまって、急いでスマホで確認する。手はチェーンの油で黒くなっている(ウェアにも付いた。まったく……)。今日中に帰れるかも、と連絡を入れる。電車だとここから4時間ほどの道のりだ。さあ急がないと電車に乗り遅れるぞ、と思う。でもそう思うとより焦って失敗してしまう。なんとか袋に入れたけれど、チャックが閉まらない。いろんなところを伸ばして、無理矢理引っ張って、かろうじて閉める。いざ持ってみると予想よりだいぶ重い(たぶん安い自転車だから、ということもあるのだけれど)。それを担いでなんとか駅構内へ。人にぶつからないようにしながら、急いで乗り場へ向かう。でも寝不足とエネルギー不足で頭がフラフラしていて(プラス胃もたれ)、すぐには判断できない。あれ? どこに行けばいいんだ?
ようやく理解して辿り着いたときにはすでに電車はいなかった。あれ? これから来るのか? と思う。電光掲示板を見るとあと30分後だと表示されている。まったく。遅れた。そのせいで実家に着くのは(ほかの乗り換え便の関係で)1時間遅れることになる。仕方ない。ホームはすごく冷える。ずっと漕いできて、汗をかいたところで風が吹いてくると、ものすごく寒い。やばいなあこれは、と思っていたら、次が郡山始発の便なので早めに来てくれた。ありがたいありがたい。ほかの乗客さんたちに申し訳ないな、と思いながら(年末のこの時間なので混んではいなかったけれど)座る。幸い車内は暖かかった。すぐに眠気がやって来る。でも寝過ごすのが怖いのでなんとか起きている。そうやって福島駅に行き、そこで仙台行きに乗り換える。仙台でまた一関行きに乗り換える。普通の格好をしている人たちに対し、サイクルウェアを着てデカい荷物を持っている自分はなんだか異質だなあと思いながらうつらうつらしていた(それでもなんとか意識は保っていたと思う)。そしてようやく駅に着いたものの、改札がない! 僕はその駅が無人駅だということを全然知らなかったのだ(注:あるいは昼間は有人なのかもしれない)。どこでも今はSuicaが使えるのだと思っていた。どうしたらいいのか分からないので、そのまま出る。これは無賃乗車だよなあ、と思う。それでも寒いので、連絡は明日以降にしようと思う(JRのお問い合わせセンターも業務を終了している時間だった)。遅いのに、家族が迎えに来てくれる(すみません……)。ということで無事到着。パンクもせず、膝も爆発せず、テロリストにも熊にも遭遇しなかった。まあ上々というところじゃないだろうか、と思う。お風呂に入って食事をして……寝た。いつまでも寝ていよう、と思っていたのに、朝になると目覚めてしまう。当然寝不足である。でもまあ仕方ない。ちょっとだけ散歩して(脚が疲れ切っているので)戻ってきて、朝食を取った。いやあ疲れたなあ。
その後連絡をしてみると、JR小牛田駅を最後にしてSuicaは使えなくなってしまうそうなのだ。だから僕は郡山駅の時点で本当は切符を買わなくてはならなかった。そんなこと知らないから普通にモバイルSuicaで入場してしまった。次にSuicaに対応している駅に行ったときにその旨駅員に話してもらって、正しい額で精算してください、とオペレーターさんに言われた。はい、そうします、と言って電話を切る。まあこれで電車の乗り方も分かった。お正月は餅を食って、文章を書いて、腕立て伏せと懸垂をやって(ウェイトができないので)綺麗な空気を肺いっぱいに吸い込んで、またあのゴミゴミした東京に帰ろう、と思う。もっともその「ゴミゴミ」も最近は悪いことばかりじゃないよな、とか思うようになっている。あまり根拠はないのだけれど、こういった田舎で育った自分があの東京になんとか適応しようと努力するところに新しいものが生まれるのではないか、という気もしているのだ。まあ場所なんて場所さ、と僕の中の「クール」担当の部分が言っている。「そこで何をやるのかが問題なのさ」と。もっとも僕の中の「ノスタルジック」担当の部分は田舎の景色を見て、いちいち昔のことを思い出している。ほら、君が初めて自転車に(一人で)乗れた場所だよ。ほら、ここでリフティングの練習をしていた。ほら、ここでばあちゃんとヨモギを摘んだ。ここで……。
僕の中にいろんな要素が住んでいる。そのどれか一つがずっと優位でい続ける、ということはないような、気が、なんとなくしている。僕の中の「眠気」担当は早く寝ろと叫んでいる。僕の中の「反抗」担当はそれに反抗しろと言っている。僕の中の「哲学」担当は哲学書片手に思索に耽っている。僕の中の「筋トレ」担当は……。
そして休みはあっという間に過ぎてしまい——どうしてこんなに早く過ぎ去ってしまうんだろう?——帰りである。お正月料理を食べても太らないように、三日連続で10km以上(後半二日は12km)走った。腕立てと懸垂と腹筋もやった。まあこれくらいやれば大丈夫だろう……ということで、1月2日午前11時42分に、登米市迫町にあるお蕎麦屋さんから出発する(その少し前に津島神社というところに行っておみくじを引いた。中吉だった。多少不安でも新しいことに挑戦しなさい、というようなことが書いてあった。なるほど……)。
帰りの予定としては、18時半くらいまでに福島県の新地町にある新地駅に辿り着き、そこから輪行で茨城県の石岡駅まで行き(0時4分到着予定の最終便)、夜な夜な寝ずに漕いで、午前10時までには東京の自宅に着こう、と考えていた。なぜこんな中途半端なことになったかというと、当初は瀬峰駅(あるいは新田駅)からいわき駅まで電車で移動し、そこから225kmほどを寝ずに漕いでいこうと考えていたのだけれど、天気予報によればその時間帯(18〜22時の間)いわき・日立・水戸方面が「雨・または雪」マークになっている! いくら気合とやる気に満ち満ちていても、雨(または雪)を浴びて真冬の夜に漕ぎ続けるというのは現実的ではない(低体温症の危険がある)。ということは——となんとか考える——晴れ予報のうちに宮城から福島北部まで移動し(予定では110kmほど)ちょうど天気が崩れる時間帯を電車でパスしてしまおう。電車移動そのものは4時間半くらいかかるから、予報が当たればそこさえ通過してしまえば雨に打たれる心配はなくなる。敢えて石岡駅から再出発しようと思ったのは、ちょうどそこから100kmくらいで自宅だったからです。はい(正確には104.3km)。合わせて214km。うん、これくらい乗れば自分を鍛えることもできるだろう、ということで、一応そのつもりで出発した。
この日の宮城県内は晴れ渡っていて、とても気持ち良かった。気温は低いけれど、低過ぎるということはない。行きで真夜中に氷点下を経験しているので、これくらいはパラダイスみたいなものである。帰りに関しては国道4号(あるいは6号)ではなくて、それよりもさらに海沿いにある県道10号や、38号を通った。それなりに交通量はあったけれど、お正月ということもあってきっと普段よりは少なかったんだと思う。たぶん名取か岩沼のあたりで、別の自転車乗りの男性とすれ違った際、頭を下げて挨拶をしてくれた。僕もまた頭を下げた。寒い冬の東北とあって、自転車乗りの姿を見かけることは多くない。仲間を見かけるとなんとなく勇気づけられるところがある。いずれにせよ亘理、山本とかなり快適に進んでいたと思う。膝にテーピングをするのを忘れていたけれど、まあ痛みもなく動く。これならかなり早く着きそうだな、と頭の中で計算する。
結局新地駅付近に予定より早く着いて、これならここから31kmほど先にある南相馬市の原ノ町駅に、最終電車が出るまでに着けそうだな、と思う。調べてみると最終は20時14分発、とある。これを逃すともう次はない。輪行に時間がかかることを考えると(まだあまり慣れていないので)30分ほど前には着きたい。ということで結構頑張って漕いでいく。このあたりから国道6号線を通り(およそ10ヶ月前の2月にまさにここを通っていたのだけれど)最後の方はなんとなく県道120号を通った(地図で見ているときは分からなかったのだけれど、意外に坂道があってくたびれた。でも鍛えられた、とにかく)。腿を大きく動かすことを意識する。すでに日は暮れている。何が楽しくてこんなことをやっているんだろうな、と思うけれど、まあ仕方ない。そういう性格なのだから。……ということで、原ノ町駅に着いた。19時18分。うん、やった。目標よりも早く着いたぞ。ということで、コンビニで食料を調達し、急いで輪行の準備をする。もたもたしているうちにあっという間に発車時刻がやって来てしまう。重い自転車を肩から提げて、階段を上り(なぜかエレベーターは使わない)、なんとか間に合った。ふう。車内は空いている。ああ、よかった……。
電車に揺られ、乗り換えをミスらないように気を付けながら、半分眠り込む。はっと目覚める。危ない危ない。まあほぼ終点まで行って、そこで乗り換える電車だったから眠ったってよかったのだけれど、一応意識は保っておきたい。いわきや日立あたりで飲み会帰りと思しき若者や、おじさんおばさんたちが乗り込んでくる。彼らの会話を聞くともなく聞きながら、半分うつらうつらしながら、徐々に南下していく。いろんな場所にいろんな人々の生活があるんだな、と思う。当たり前のことだけれど、自分の目で(耳で、鼻で、皮膚で)それを知覚することが結構大事な気が、なぜかしている。ベトナム人の技能実習生らしき女性のグループが楽しそうにおしゃべりをしている。もしかしたらタイ人かカンボジア人かもしれないけれど、とにかく彼らの故郷よりはずっと寒いだろうなあ、と思う。どんな希望があり計画があるんだろう、と思う。そして……乗り換え。
土浦行きの最終便に乗り込む。でも土浦の少し前の石岡駅で降りる。電車内は意外に暑くて上着を一枚脱いでいた。でもホームに降り立つと一気に冷える。トイレに行って、ベンチのあるところで食料を食べて(柿の種を齧っているときにひどく舌を噛んでしまう。血が出てくる。まったくもう……いつもこうなんだから)、自販機で温かいミルクティーを買う。外に出る。タクシー運転手のおじさんたちが茨城訛りでおしゃべりをしている。お正月も仕事なんだな、彼らは、と思う。でも結構楽しそうだった。その脇で、輪行袋から自転車を出し、組み立て直す。急いでやらないとどんどん身体が冷えていってしまう。でもまあ、これくらいなら大丈夫だろう、と思う。せいぜい1度か0度くらいさ。去年の甲府の帰りの柳沢峠ほどじゃない(マイナス4度)。去年の2月の白河の峠ほどじゃない(あのときもたしかマイナス4度くらい)。あれを経験しているから、これくらいはだいぶましだと感じられるようになっている。感覚が麻痺しているのかもしれないけれど。まあとにかく。
午前1時5分に出発する。幸いすでに雨(あるいは雪)はやんでいた。道路には少しだけ雪が積もっていたと記憶している。でも走るのに支障になるほどじゃない。まあこれくらいなら大丈夫っしょ、と思いながら走っていく。当然人通りは少ない。お正月の真夜中に自転車を黙々と漕いでいる人は、世の中ではマイノリティーに属するみたいだ。マイノリティー結構、と僕は思う。とりあえず自分が楽しめることをやろうじゃないか。他人がなんと言おうとも……。
寒さはそれほど問題はない。眠気は結構あるけれど、脚を動かしている限り、大丈夫だと思える。去年の2月の眠気に比べたらかなりましだ、と思いながら僕は走っている。これくらい耐えられなきゃ男じゃないぜ。ほら、どんどん進め。まだまだ大丈夫だ。腿を動かせ! 腿上げ隊長!
半分以上の54kmだったかな、それくらい走ったところですき家に寄る(たしか千葉県松戸市)。お正月の真夜中でも営業している素晴らしい店である(バイトの人は大変だろうけど)。そういえば僕もお正月はいつもバイトだったなと思い出す。まあ稼げるからいい、という面もあったのだけれど。ここで大盛のカレーのあとにさらに大盛の牛丼を食べるというミスを犯し(だって異常に空腹だったんだもの……)胃もたれの中再出発。一度暖かい店内に入ったあとに外に出ると、地獄のように寒い。しかも食べ過ぎたせいで前傾姿勢になるのが辛い。自業自得とはこのことか……と思いながら脚を動かしていく(この時点で午前5時くらい。あたりはまだ真っ暗である)。
ただ一つ問題があって、路面の雪と凍結がどんどんひどくなっていく。取手のあたりからすでに凍結はひどかったのだけれど、まあ東京に近づくにつれてましになるはずだ、と信じて進んでいた。歩道を進めるときは歩道を行くけれど、車が来ないタイミングを見計らって、車道の乾いた部分を進む(車道の方がおそらくは融雪剤のおかげでだいぶ乾いていたから)。でも大型トラックが来たりすると危ないから歩道に逃げる。歩道は雪が全然溶けていなくて、足跡とか自転車の轍がカチカチに凍って、危ないことこの上ない。そのあたりで車道を走っているときに一度ツルッと転んだ。ヒヤッとしたけれど、膝を打ったくらいで済んだ。右から落ちたけど、自転車の変速機も壊れていない。ふう。ちょうど車が来ていなかったからよかったけれど、もし真後ろに車がいるときだったら……と思うとさすがに怖くなってくる。予想に反してその先は良くなるどころか路面の状態はますます悪くなっていく。どうしようかな、と思う。あと40kmほど。車が来ていないタイミングで車道を進めばなんとか進めないことはないけれど……そこだって完全に乾いているとは言い難い。またさっきみたいに転んだら……(打った右膝も結構痛んでいる……)。
なんとか千葉を越えて東京に入る。そのときに渡った新葛飾橋の歩道はちょっと自転車では進めないくらいにガチガチに凍っていた。車道を行く、という手ももちろんあるけれど、お正月とはいえ、日が上り、だんだん交通量が増えてくるはずだった。その中をリスクを犯して進む必要があるかというと(転んだら命に関わる)……ない、というのが僕の答えだった。ここまで石岡駅から64km進んできている。昨日の142.59km(登米→南相馬)と合わせればすでに200kmは越えているわけだ。まあこれくらいでよしとしようじゃないか、と思う。まさか東京が(東北はともかく)こんなに凍っているとは思わなかったな……ということで、スマホで最寄りの駅を探す(あった。金町駅)。そこまでなんとかとぼとぼと歩いて(歩きながらもスリップして転びかけた。自転車用シューズは滑りやすいのだ)、不本意ながらも電車に乗って帰ってきた。
二度目の輪行。ライトやサイコンを外し、サドルバッグを外し、前後輪を外して……フレームに結わえ付け、袋に入れて、なんとかチャックを閉めて……。面倒くさいけど、これをやらないと帰れない。かいた汗がどんどん冷えていく。お正月の早朝だけれど、結構たくさんの人が駅に入っていき、ちょっと心配になってくる。こんなデカい荷物を持って電車に乗って、顰蹙を買うんじゃないか……。
でもそれは杞憂に終わった(僕はいつも要らない心配をしてしまう)。実際に乗ってみるとかなりスカスカで、自転車を支えながら座ることもできた。凍りついた東京の街並みを眺める。何度か乗り換えをして、やっと自宅近くの駅に辿り着く。脇を通り過ぎる人々の視線をチラチラと感じながら(この人はお正月のこんな時間に何をしているんだ?)、またまた自転車を組み立て直す。眠気で意識が朦朧としているけれど、ここを頑張らないと帰れない。……ということで、最後の道のりをなんとか漕いで進み(幸いそこはもうほとんど凍っていなかった。よかった……)、引っ越したばかりのマンションに辿り着いた。時刻は……たしか午前9時前くらいだったかな。箱根駅伝の復路はすでにスタートしていた。急いで洗濯をしたり、自転車にこびりついた泥を落としたりしているうちに、あっという間に時間は過ぎ去ってしまう。シャワーを浴びて、洗濯を干して……寝た。意識が——肉体が——睡眠を強く要求していた。カーテンを閉め切って、アイマスクまでして、二時間泥のように眠る。一瞬自分がどこにいるのか分からなくなったけれど、ああ、部屋に帰ってきたんだ、と思い出す。さて、ここからまた日常に復帰していかなければならないぞ、と思う。全然文章書けていなかったからな。自転車ばかり乗っているわけにはいかないんだ。これはあくまで自分にとって必要な「半分」に過ぎないのだから。あとの半分は……そう、意識を動かすことである。
ということで結局行き245km、帰り(日中と深夜合わせて)208kmロードバイクで走った。プラスお正月は実家近くの道を34kmほどランニングし(三日間合計)、東京に戻ってきた翌日に13km走った。これくらい動けば食べ過ぎても太らないだろう、と思う。噛んだ舌も幸いもうあまり痛まない。運動という観点でいえばかなりよくやったとは思うけれど、ちょっとやり過ぎかも、という気もしなくもない。何事もバランスが大事なのだろう(今さらいうまでもないことだけれど……)。時間は有限なので、はい、ある程度優先順位を付けてやっていかなくてはならないな、と思っている今日この頃です。しばらく自転車には乗らないような気がするけれど、乗るとしたらもっと暖かい季節にしよう。うん。それがいい。凍えるのはもう嫌だもんな……。
以上、報告でした。皆さんも凍結した路面を自転車で走るときはくれぐれもお気を付けください。そもそもそういうときは自転車に乗らないのが一番なのですが。とにかく。
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実家まで自転車すごいな!